にくゑ-断片

■断片18|井戸端で
【メモ帳より】
 清音と一緒に帰ってる途中、道を外れた。

「そっちはダメ!」
 清音がそう言って、私を引き留める。

 かまわず進んでいくと、古い井戸があった。
 石組みが崩れかけてて、金属の蓋で塞がれてる。
「危険・立入禁止」の札が風に揺れてた。

「昔の井戸?」
「……そう。でももう使ってない」

 清音の声が急に小さくなった。

 近づくと、蓋の隙間から水の音が聞こえた。
 ごぼ、ごぼ……小さく泡が弾けるような音。
 でも水は動いてないはず。

 井戸の周りだけ、空気が冷たい。
 夏なのに、手の甲が震えるほど。

「何が入ってるの?」
「見ちゃだめ」

 清音の声に、初めて感情が混じった。
 恐怖? それとも悲しみ?

 でも気づいたら、蓋の縁に手をかけてた。

「やめて」
 清音が私の手首を掴む。
 氷みたいに冷たい指。

「見たら、あなたも●●になる」
「●●って?」
「……」

 その時、井戸の中から音がした。
 水が動く音じゃない。
 何かが、浮かび上がってくる音。

 蓋の隙間から、細い指が一本出てきた。
 人間の指じゃない。
 関節が多すぎて、爪の代わりに小さな口がついてる。

 私は清音の手を振りほどいて、後ずさった。

「あれは何?」
「変わりきれなかった●●ち」清音が小さくつぶやいた。
「なれなかった●●が、みんなあそこに」

 指がゆっくりと引っ込んでいく。
 水面が静かになる。

「村の人は、みんな知ってるの?」
「知らないふりをしてる。なかったことにされるの」

 清音の声が震えてる。

「私も、もし……」
「嫌だ」
 思わず言った。
「清音をあんなところに入れたくない」

 清音が驚いたような顔をした。
 そして、初めて本当の笑顔を見せた。

「ありがとう。でも、これが定めだから」

 帰り道、清音はずっと黙ってた。
 でも時々、私の手をぎゅっと握った。

【メモ帳の隅に走り書き】
 何かの墓場だったんだ
 清音を救う方法、絶対にある