■断片14|祭りの準備
【日記より】
村は祭りの準備で浮き足立っている。
皆が同じ調子で「今年は特別じゃ」と口を揃える。
笑い声は賑やかなはずなのに、耳の奥で軋んで響く。
俊夫は……もう私の知っている夫ではない。
顔に抑揚がなく、作りものの笑みを貼りつけている。
声も、心が抜け落ちた人形のようで。
何を見ても感じてもいない。
陽太の名を呼びそうになって、筆を止める。
もういないのだと分かっているのに、
ふと気づくと隣に気配を探してしまう。
炊事場の影から覗く小さな足音が、確かに聞こえる気がする。
幻だとわかっている。けれど、どうしても。
お腹の奥で、小さな動きがある。
それだけが確かだ。
この子だけはまだ生きている。
抱きしめられなかった陽太の代わりに、
この命だけは守らなければ。
集会所では大鍋が煮え、甘く生臭い匂いが立ちのぼっている。
村人たちは「神に供えるため」と笑い、赤黒い汁をかき混ぜている。
私は吐き気を堪えながら、その輪の中に立たされていた。
――母の勘が警鐘を鳴らしている。
これは祭りじゃない。
陽太を喰ったあの夜から、すべては続いているのだ。
でも、もう戻れない。
私の役目は、この子を抱いたまま、あの炎の中に立つことなのだろう。
(筆跡は震え、行間に濃い染みが広がっている)
【日記より】
村は祭りの準備で浮き足立っている。
皆が同じ調子で「今年は特別じゃ」と口を揃える。
笑い声は賑やかなはずなのに、耳の奥で軋んで響く。
俊夫は……もう私の知っている夫ではない。
顔に抑揚がなく、作りものの笑みを貼りつけている。
声も、心が抜け落ちた人形のようで。
何を見ても感じてもいない。
陽太の名を呼びそうになって、筆を止める。
もういないのだと分かっているのに、
ふと気づくと隣に気配を探してしまう。
炊事場の影から覗く小さな足音が、確かに聞こえる気がする。
幻だとわかっている。けれど、どうしても。
お腹の奥で、小さな動きがある。
それだけが確かだ。
この子だけはまだ生きている。
抱きしめられなかった陽太の代わりに、
この命だけは守らなければ。
集会所では大鍋が煮え、甘く生臭い匂いが立ちのぼっている。
村人たちは「神に供えるため」と笑い、赤黒い汁をかき混ぜている。
私は吐き気を堪えながら、その輪の中に立たされていた。
――母の勘が警鐘を鳴らしている。
これは祭りじゃない。
陽太を喰ったあの夜から、すべては続いているのだ。
でも、もう戻れない。
私の役目は、この子を抱いたまま、あの炎の中に立つことなのだろう。
(筆跡は震え、行間に濃い染みが広がっている)
