にくゑ-断片

■断片1|村が燃えた夜
【メモ帳より】
【同封されていた役場の書類】
 昭和××年 〇月〇日
 △△県△△村において大規模火災発生。
 被害戸数 二十余棟 全焼。
 死傷者 調査中(多数と推測)
 ──△△郡役場・災害報告

【同封されていたメモの断片】

 火が、赤くない。
 ──肉の色だ。
 脂が焼ける匂い、皮膚が破れる音。
 煙に混じって、甘い花の香りが鼻に突き刺さる。吐き気と酩酊が同時に押し寄せる。

 屋根が崩れる。柱が折れる。
 だが耳に届くのは轟音ではなく、笑い声だ。
 ひゅうひゅうと肺の奥で燃える空気が、声になって、炎に混じって爆ぜる。

 人が立ったまま燃えている。
 髪が燃える匂い、皮膚が縮む音。
 眼窩から黒い液が垂れて、笑いながら口の端からこぼれ落ちていく。
 笑っている。歯が炭になっても、笑い声だけは消えない。

 熱い。
 なのに冷たい。
 炎が頬に触れるたび、皮膚の下を氷の爪でえぐられるみたいに痺れる。
 焼け爛れた指で私はノートを握っている。紙が焦げても手を離せない。

 清音がいた。
 炎の向こうで、唇を開かずに、笑っていた。
 白い歯が炎の色を反射する。
 笑みは人のものではなく、神が人を真似している仮面のようだった。

 ──火が食うのは木でも家でもない。
 声だ。
 声が焼かれて煙になり、笑いに変わって空に溶ける。
 無数の笑いが夜空を覆っていく。

 吉川先生が隣で掠れるような音で言った。

「……これで……終わりです」

 その吉川先生も炎に包まれている。

 にくゑが、やっと静かになった。
 燃えて、笑って、あの声が、あの──

(以降の行は黒く焦げ、判読不能)

【注釈】
 残された紙の縁は完全に炭化しており、これ以上の解読は不可能だった。
 だが、笑い声を記した行だけは、かろうじて最後まで濃く残っている。


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