■断片資料C|神主日誌抄(昭和三十四年)
六月朔日
例祭近づく。里の者ら、供物を納めに来たり。表向きは五穀豊穣を祈る神楽。実のところは古式の祀りを欠かさず。
村長より「今年も蓋は清家より出す」と耳打ちされる。幼き娘を見送りし家族は、笑顔を保ちしが声なき涙を隠しおる。
六月七日
供物の準備整ふ。赤黒き瓶、香甘く鼻を刺す。製法は社家にのみ伝わり、余も由来を知らず。
里人、蓋を囲みて三度笑ふ。これを「三笑」と称す。泣くこと、嘆くことを厳しく戒む。
六月八日 夜
井戸の辺にて祝詞を奏す。風なく、木々の葉すら揺れぬ。
やがて水面に白き指のごときもの浮かび、ゆるりと沈むを見た。蓋の娘の姿は、翌朝には痕もなし。
六月九日
社前に供肉の残りすら無く、ただ湿りたる土の匂い漂う。里人は「神が召された」と笑む。
その笑顔、皆同じ形に見え、ふと我が目を疑う。
六月十日
夜、寝所に囁きを聞く。「おかあさん」とも「ふたをせよ」とも取れる声。
筆を執りて記すが、墨にじみ判然とせず。
(以下、数頁にわたり墨で塗りつぶされ、判読不能)
六月朔日
例祭近づく。里の者ら、供物を納めに来たり。表向きは五穀豊穣を祈る神楽。実のところは古式の祀りを欠かさず。
村長より「今年も蓋は清家より出す」と耳打ちされる。幼き娘を見送りし家族は、笑顔を保ちしが声なき涙を隠しおる。
六月七日
供物の準備整ふ。赤黒き瓶、香甘く鼻を刺す。製法は社家にのみ伝わり、余も由来を知らず。
里人、蓋を囲みて三度笑ふ。これを「三笑」と称す。泣くこと、嘆くことを厳しく戒む。
六月八日 夜
井戸の辺にて祝詞を奏す。風なく、木々の葉すら揺れぬ。
やがて水面に白き指のごときもの浮かび、ゆるりと沈むを見た。蓋の娘の姿は、翌朝には痕もなし。
六月九日
社前に供肉の残りすら無く、ただ湿りたる土の匂い漂う。里人は「神が召された」と笑む。
その笑顔、皆同じ形に見え、ふと我が目を疑う。
六月十日
夜、寝所に囁きを聞く。「おかあさん」とも「ふたをせよ」とも取れる声。
筆を執りて記すが、墨にじみ判然とせず。
(以下、数頁にわたり墨で塗りつぶされ、判読不能)
