にくゑ-断片

■断片10|新しい生活
【日記より】

 △△村での生活、3日目。

 朝起きたら、玄関に野菜の詰め合わせが置いてあった。
 大根、人参、白菜。どれも立派で新鮮。
 でも、誰が置いたのかわからない。

「田舎の人は親切だなあ」と俊夫は喜んでいる。
 陽太も「お野菜いっぱい!」とはしゃいでいる。

 でも私は少し気になった。
 玄関に鍵をかけて寝たのに、野菜は玄関の内側に置いてあった。

 昼間、近所の方にお礼を言って回った。
 みなさん口を揃えて「そんなことしてないわよ」と言う。
 でも、みんな同じような笑顔で。
 まるで練習したような。

 高校生の女の子に声をかけられた。
 梓ちゃんという子。色白で細くて、本をよく読んでいそうな知的な雰囲気。

「沙織さん、ですよね」
「はい。あなたは?」
「梓です。村のこと、慣れましたか?」

 とても大人びた話し方をする子だった。
 移住の大変さや、陽太の様子を気にかけてくれて。

「みなさん親切で、助かってます」と私が答えると、
 梓ちゃんは少し考え込むような表情をした。

「そうですね。でも...」
 言いかけて、梓ちゃんは周りを見回した。

「もし、何か変だなと思うことがあったら、気のせいだと思わないでください」
「え?」
「この村の人たち、確かに親切なんです。でも、みんな同じなんです」

 梓ちゃんの目が、急に真剣になった。

「特にお祭りの時は注意してください」
「俊夫さんも陽太くんも、絶対に一人にしないで」
「子どもが...子どもが一番危ないんです」

 最後の言葉は、ほとんど囁くようだった。
 そして梓ちゃんは「失礼します」と言って、足早に去っていった。

 何を伝えようとしてくれたのだろう。

 何を?

 夜、陽太が寝言を言った。
「おじちゃんたち、お腹すいてる」って。
「みんなでご飯食べる」って。

 誰のことを言ってるんだろう。
 この村に、陽太の知り合いなんていないのに。

 それから、変な匂いがする。
 甘くて、重くて、少し生臭い匂い。
 家の中にいても、時々ふわっと漂ってくる。

 俊夫は「田舎の匂いだよ」と言うけれど。
 
 本当に、ただの田舎の匂いなのかしら。

【日記の隅に小さく】
 梓ちゃんの言葉が気になる
 でも俊夫には言えない
 きっと心配性なのね、私