「心春ちゃんと飲みに行きたいなって、ずっと思ってたんだ」
彼の言葉に、心臓がどくんと跳ねた。舞い上がるってこういうことをいうんだ、と思う。表情筋がだらしなく緩みそうになって、慌てて平静を装った。
「ええ? 本当ですか?」
「本当だよ」
「うそだぁ」
「え、なんで」
「だって、そんなに話したことないじゃないですか」
「えー、そう? そんなこともないでしょ」
彼はひとつ上の先輩で、大学のサークルで出会った。彼はいつも大きな輪の中心にいた。明るくて面白くて優しくて、同級生も先輩も後輩も、みんなすぐ彼のことを好きになる。内気で目立たないモブの私とは正反対。出会ってから一年が経って、ようやくこうして飲みに行けるくらいの仲……身の丈に合わない恋をしてることはわかってはいるけど、彼と話すとそのことを改めて実感してしまって、とてつもなく虚しくなった。コップに手を伸ばし、ぐいっと体内に流し込む。
「てか心春ちゃん、ハイボールとか飲むんだ」
「え、どうしてですか?」
「いや、心春ちゃんて服とか髪とかいつも可愛い感じだし、なんていうか……オーラがふわふわしてるからさ、酒とか弱いイメージだった」
可愛いと言われた嬉しさと、やっぱり私のこと、なにも知らないんだという寂しさに襲われる。
「……ギャップがあっていいでしょう?」
「だね」
彼が私のことを知らないのは、当然だと思う。でも、こんな私を知ってもらいたくて今日誘ったんだ。これからを変えたくて来たんだ。言わなきゃ。この機会を逃したら、意気地ない私はずっと言えないかもしれない。
もうすでに頭がぐらんぐらんするが、今日だけはお酒の力を限界まで借りなければ。大きくもう一口ハイボールを流し込み、そのままの勢いで彼に言う。
「あの! 先輩ーー」
「明日花はさ」
私の言葉に先輩の声が被って、お酒に借りた勢いが死んだ。一瞬、スンと静まり返って、気まずさを覚える。
「あ、ごめんね。心春ちゃんどうぞ」
「あ……い、いいんです。なんでもありません。先輩どうぞ……」
「いやぁ……」
首を傾げ、頭を掻きながら恥ずかしそうに言う。
「明日花は酒弱いよねって、ただそれだけなんだけど……」
彼は笑っている。だけど、今までの、屈託のない子どもみたいな笑顔ではなくて、もっと大人っぽい、優しい顔。胸がじんわりと痛む。
「あ、はい。明日花は……そうですね」
「心春ちゃん、明日花と仲いいよね」
「……はい」
同明日花とは学部もコースもサークルも一緒で、入学してからずっと仲良しだ。決して自分からぐいぐい人と関わるタイプではないけれど、それでも人当たりが良くて姉御肌で、周りをよく見てるーーそんな彼女だから、私にたくさん話しかけてくれて、私たちはいつのまにかいつでも一緒にいる、親友と呼べる仲にまでなることができたのだけれど、彼の口からその名が出ることは耐え難かった。
「明日花が酒弱いって意外だよね。むしろガンガンいきそうな感じなのに、二、三杯飲むとすぐ顔真っ赤になってさ。だから最近はジンジャーエールしか飲んでないっていう」
「そうですね……」
「前に二人で飲んだときはさー」
「えっ」
思わず声が漏れる。私と先輩の仲を一番応援してくれていたのは、明日花だったから……今日飲みに誘えたのも、彼女が背中を押してくれたからなのに……。
「ん? どした?」
「あっいや……二人で飲むこともあるんですね」
「え? ああ、つっても二、三ヶ月前のことなんだけどね。何回か誘ったけどずっとやんわりかわされてて、その一回だけ、付き合ってくれたんだ」
「あ、そう、なんですか」
黒い感情が沸々と湧き上がる。
先輩がずっとアプローチしてたんだ。羨ましい。ずるい。なに話したんだろう。明日花がお酒飲めないとか、飲み会でなにを飲んでるとか、そういうのは、ちゃんと見てるんだ。
言いたいことは、山ほど浮かんだ。でも、一番確かめたいのはーー。
「好きなんですか? 明日花のこと」
先輩が、ふっと私の目を見る。
そして、困ったように笑って、言った。
「ふられちゃったんだ」
ときめきとは違う衝撃。今までみたいにどくんと跳ねるような、そういう、衝撃を受ける感じじゃない。胸が重い。鼓動は加速しない。思いのほか驚いてはいないということに、私は自分に呆れてしまう。
先輩の悲しそうな笑顔。
わかっていたんだ。本当はずっと。彼の口から明日花の名前が出るたび、彼が私のことなんて見ていないって。自覚するのが怖かったんだ。
それからーー明日花のことも。
「……今日はどうして、私と飲みに来てくれたんですか?」
「え? ああ、明日花が、今度心春ちゃんと飲みに行きなよってすごい勧めてくるから」
……そうだよね。明日花は、そういう子だよね。友達思いで優しい子。ずっと知ってた。明日花も優しさと、それからーー私に遠慮して、気持ちを押し込めようとしてることも。
「あ! 別に、そう言われたからってだけじゃないよ! 本当に前々から飲みにいきたいって思ってたから!」
先輩が、手をぶんぶん振りながら言う。
優しい。先輩も、優しい。そんなところが私はーー。
「明日花も、好きだと思います」
「え?」
「先輩のこと」
「いや、それはない。嫌いとまで言われちゃったもん」
「それ、たぶん嘘です」
「……どゆこと?」
「明日花は……天邪鬼なんですよ。恥ずかしくて、思ってもないこと言っちゃったんだと思います!」
ジャッキ残りを一気に胃に流し込み、通りかかった店員さんを捕まえる。
「すみません! ハイボールもうひとつお願いします」
「ちょ、顔真っ赤だけど、大丈夫?」
「全然平気です! だって先輩ーー」
「私、お酒は強いほうなんです」完。
彼の言葉に、心臓がどくんと跳ねた。舞い上がるってこういうことをいうんだ、と思う。表情筋がだらしなく緩みそうになって、慌てて平静を装った。
「ええ? 本当ですか?」
「本当だよ」
「うそだぁ」
「え、なんで」
「だって、そんなに話したことないじゃないですか」
「えー、そう? そんなこともないでしょ」
彼はひとつ上の先輩で、大学のサークルで出会った。彼はいつも大きな輪の中心にいた。明るくて面白くて優しくて、同級生も先輩も後輩も、みんなすぐ彼のことを好きになる。内気で目立たないモブの私とは正反対。出会ってから一年が経って、ようやくこうして飲みに行けるくらいの仲……身の丈に合わない恋をしてることはわかってはいるけど、彼と話すとそのことを改めて実感してしまって、とてつもなく虚しくなった。コップに手を伸ばし、ぐいっと体内に流し込む。
「てか心春ちゃん、ハイボールとか飲むんだ」
「え、どうしてですか?」
「いや、心春ちゃんて服とか髪とかいつも可愛い感じだし、なんていうか……オーラがふわふわしてるからさ、酒とか弱いイメージだった」
可愛いと言われた嬉しさと、やっぱり私のこと、なにも知らないんだという寂しさに襲われる。
「……ギャップがあっていいでしょう?」
「だね」
彼が私のことを知らないのは、当然だと思う。でも、こんな私を知ってもらいたくて今日誘ったんだ。これからを変えたくて来たんだ。言わなきゃ。この機会を逃したら、意気地ない私はずっと言えないかもしれない。
もうすでに頭がぐらんぐらんするが、今日だけはお酒の力を限界まで借りなければ。大きくもう一口ハイボールを流し込み、そのままの勢いで彼に言う。
「あの! 先輩ーー」
「明日花はさ」
私の言葉に先輩の声が被って、お酒に借りた勢いが死んだ。一瞬、スンと静まり返って、気まずさを覚える。
「あ、ごめんね。心春ちゃんどうぞ」
「あ……い、いいんです。なんでもありません。先輩どうぞ……」
「いやぁ……」
首を傾げ、頭を掻きながら恥ずかしそうに言う。
「明日花は酒弱いよねって、ただそれだけなんだけど……」
彼は笑っている。だけど、今までの、屈託のない子どもみたいな笑顔ではなくて、もっと大人っぽい、優しい顔。胸がじんわりと痛む。
「あ、はい。明日花は……そうですね」
「心春ちゃん、明日花と仲いいよね」
「……はい」
同明日花とは学部もコースもサークルも一緒で、入学してからずっと仲良しだ。決して自分からぐいぐい人と関わるタイプではないけれど、それでも人当たりが良くて姉御肌で、周りをよく見てるーーそんな彼女だから、私にたくさん話しかけてくれて、私たちはいつのまにかいつでも一緒にいる、親友と呼べる仲にまでなることができたのだけれど、彼の口からその名が出ることは耐え難かった。
「明日花が酒弱いって意外だよね。むしろガンガンいきそうな感じなのに、二、三杯飲むとすぐ顔真っ赤になってさ。だから最近はジンジャーエールしか飲んでないっていう」
「そうですね……」
「前に二人で飲んだときはさー」
「えっ」
思わず声が漏れる。私と先輩の仲を一番応援してくれていたのは、明日花だったから……今日飲みに誘えたのも、彼女が背中を押してくれたからなのに……。
「ん? どした?」
「あっいや……二人で飲むこともあるんですね」
「え? ああ、つっても二、三ヶ月前のことなんだけどね。何回か誘ったけどずっとやんわりかわされてて、その一回だけ、付き合ってくれたんだ」
「あ、そう、なんですか」
黒い感情が沸々と湧き上がる。
先輩がずっとアプローチしてたんだ。羨ましい。ずるい。なに話したんだろう。明日花がお酒飲めないとか、飲み会でなにを飲んでるとか、そういうのは、ちゃんと見てるんだ。
言いたいことは、山ほど浮かんだ。でも、一番確かめたいのはーー。
「好きなんですか? 明日花のこと」
先輩が、ふっと私の目を見る。
そして、困ったように笑って、言った。
「ふられちゃったんだ」
ときめきとは違う衝撃。今までみたいにどくんと跳ねるような、そういう、衝撃を受ける感じじゃない。胸が重い。鼓動は加速しない。思いのほか驚いてはいないということに、私は自分に呆れてしまう。
先輩の悲しそうな笑顔。
わかっていたんだ。本当はずっと。彼の口から明日花の名前が出るたび、彼が私のことなんて見ていないって。自覚するのが怖かったんだ。
それからーー明日花のことも。
「……今日はどうして、私と飲みに来てくれたんですか?」
「え? ああ、明日花が、今度心春ちゃんと飲みに行きなよってすごい勧めてくるから」
……そうだよね。明日花は、そういう子だよね。友達思いで優しい子。ずっと知ってた。明日花も優しさと、それからーー私に遠慮して、気持ちを押し込めようとしてることも。
「あ! 別に、そう言われたからってだけじゃないよ! 本当に前々から飲みにいきたいって思ってたから!」
先輩が、手をぶんぶん振りながら言う。
優しい。先輩も、優しい。そんなところが私はーー。
「明日花も、好きだと思います」
「え?」
「先輩のこと」
「いや、それはない。嫌いとまで言われちゃったもん」
「それ、たぶん嘘です」
「……どゆこと?」
「明日花は……天邪鬼なんですよ。恥ずかしくて、思ってもないこと言っちゃったんだと思います!」
ジャッキ残りを一気に胃に流し込み、通りかかった店員さんを捕まえる。
「すみません! ハイボールもうひとつお願いします」
「ちょ、顔真っ赤だけど、大丈夫?」
「全然平気です! だって先輩ーー」
「私、お酒は強いほうなんです」完。



