私が鬼の国【神月(かみつき)】の王である永和(とわ)の元へと嫁いで来てから3日目。

 今日の夜。
 永和様と私の婚儀が行われる。
 
 その為あって、朝から城内は慌ただしい空気で満ちていた。
 私は特にやることもなく、部屋で自国から持参していたお気に入りの書物を読んでいた。
 
「あの、美月様。何をお読みになっておられるのですか?」

 共に部屋にいた黒髪を後ろで一つに束ねている若い侍女の一人から尋ねられ、私は読んでいた書物から顔を上げた。

「小説ですよ。ロマンス小説です」
「ロマンス小説とはなんですか?」
「恋愛をテーマにした小説のことですよ」
「なるほど」

 鬼の角を生やした侍女は理解したのか頷いていた。
 私はそんな侍女を見てふと笑みを溢してから、また書物に目を戻したのであった。


 あっという間に時間は流れ、空が暗くなり始めた頃、私は事前に用意された婚儀に着る花嫁衣装を侍女に着付けられ、婚儀が行われる場所へと向かう為に侍女と共に部屋を後にした。

 夜の静かさが漂う城内の通路を歩いて数分。
 私は婚儀が行われる部屋へとたどり着いた。

「失礼致します」

 私は中にいる者に向かって、一声そう告げてから閉められた障子を開ける。
 障子を開けて、先に部屋に来ていた永遠様に顔を向けると目が合った。
 私は少し恥ずかしさを感じながら顔を逸らして、部屋へと侍女と共に入る。

「永和様、どうですか? 美月様、お綺麗でしょう?」
 
 今日一日中、私についてくれていた侍女は私の隣で永和様に問い掛けた。
 侍女からの問いに目の前にいる永和様は私に再び目を向けてから口を開く。

「ああ、とても綺麗だ」
「ありがとうございます。永和様もとても素敵です」
「そうか、ありがとう」

 そんな私と永和様のやり取りを横でニコニコしながら聞いていた侍女は私を見て優しく笑いかけてくる。

「よかったですね、美月様」
「はい……!」
「では、美月様、私はこれで失礼致しますね」
「ええ、今日はありがとうごさいました。あ、あのお名前は何ていうのですか?」

 私は今日、一日中私についてくれていた侍女の名前をまだ知らないことに気付き慌てて問い掛ける。

「大変申し訳ございません。名乗っていませんでしたね、私の名前は紺野雫と申します」
「雫さん、改めて今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ美月様と一緒に一日を過ごせて大変嬉しく思いました。では、失礼致しますね」

 雫さんは私にぺこりと頭を下げてから、部屋から出て行く。
 雫さんがいなくなり、部屋には私と永和様の二人だけになった。
 シーンと静かな空気が流れる中、私は永和様が座っている隣に置かれている黒い座布団がある場所まで歩み寄り、座布団の上に正座して座る。

「美月、私は気持ちが表情に出ずらいらしいからか、周りにいる者達から誤解されたりすることが多いんだ。だが、美月のことは政略的な結婚ではあるが、愛したいと思っている」
「永和様……」

 思ってもみなかった永和様の言葉に私は隣に座る永和様に顔を向けると永和様は私を見ていた。永和様の青い瞳が私を捉えている。
 
「私も、永和様のことを愛したいと思っております。改めてこれからよろしくお願いしますね。
永遠様」
「ああ、こちらこそだ」

  そう言った永和様の顔はとても優しくて、私も自然と笑みが溢れた。