鬼の国【神月(かみつき)】に船が辿り着いたのは私が船に乗ってから3日経った昼過ぎ頃だった。

「とうとう来てしまったわ……」

 船から降りた私は目の前の鬼の国【神月(かみつき)】の港の風景を見つめながら呟く。
  
 港はざわめきに満ち、まるでひとつの巨大な市場のように活気づいていた。
 赤や紫、漆黒の布を張った露店(ろてん)が所狭しと軒を連ね、香辛料のような刺激的な香りと焼いた肉の匂いが風に乗って漂ってくる。

 和太鼓と笛の音がどこからともなく響き、商人や頭に角を2本生やした老若男女が行き交う鬼人達の声が飛び交っていた。

 建物は石と木と金属が奇妙に組み合わされてできていて、屋根には竜や獣の彫像が飾られている。窓という窓には色とりどりの布が下がり、まるで港そのものが生き物のように脈動しているようだった。


 そんな鬼の国の港【神月(かみつき)】の空気を感じながら、私は事前に陛下から言われた鬼の国の王城まで同行してくれる者が来るというお迎え場所へと向かう為に鬼の国【神月(かみつき)】の港を歩き始めた。



 鬼の国の王城まで同行してくれる者が迎えに来るという場所(王都)にある公園前まで辿り着いた私は辺りを見回してまだ来ていないかを確認する。

「まだ来てなさそうね」

 そう呟いてから数秒後、こちらに向かって金髪に紫色の瞳をした青年が走ってくる。

「はぁ、はぁ、大変申し訳ございません。お待たせしてしまいまして。えっと、神坂美月様ですよね?」

 金髪に紫色の瞳をした青年は私の前へと来るなり、息を切らしながらそう問い掛けてくる。

「はい、神坂美月と申します」

 私がそう返すと金髪の青年はやっと息の荒さが落ち着いてきたのか、余裕ある笑みを溢していた。

「では、美月様、陛下がいる王城まで案内致します」

 金髪の青年の言葉に私は頷き返して、金髪の青年の後ろをついて歩き始めた。


 王城までの同行者である金髪の青年と共に王城へと向かい歩き始めてから数十分が経過したであろう頃、私は鬼の国の王城へと辿り着いた。

「此処が鬼の国の王城……」

 私の目の前に聳え立つ、鬼の国の王城。
 赤黒の瓦を重ねた十層の楼閣(ろうかく)が、濃霧(のうむ)の中にそびえ立っていた。

 王城――鬼の国を治める覇王(はおう)の居城は、天を衝くような 高楼(こうろう)と、幾重(いくえ)にも巡らされた石壁(いしかべ)に守られている。
 その造りは中原(ちゅうげん)の宮殿建築に似ていながらもどこか異様だ。

 獣の頭を模した 棟飾り(むなかざり) 赤銅(しゃくどう) 燈籠(とうろう)に灯る青白い火、風に揺れる黒い 幔幕(まんまく)には、古代文字で呪が縫い込まれていた。

 正門には(つの)を持つ鬼兵である青年の二人が槍を構え、無言で立ち並ぶ。
 その瞳は 紅玉(こうぎょく)のように冷たく、ただ命令のままに動く人形めいていた。

「門が開くので少しお下がりくださいませ」
「わかりました」

 低く唸るような音とともに、鋼鉄ごとき黒の正門が鬼兵二名の青年の手によってゆっくりと開かれ始めた。
 厚さ 数尺(すうしゃく)ある鉄の扉が、重力に逆らうように(きし)みながら内側へと引かれていく。

 その隙間から滲み出すのは、血と 硫黄(いおう)の混じったような異界の気配。
 冷たい風が外へ吹き出し、城下の空気を一瞬にして凍らせた。

「では、玉座の間までご案内致しますので、ついて来てください」
「はい」

 私は青年と共に正門を潜り抜けて、鬼の王がいる玉座の間へと向かい再び歩き出したのであった。