麗らかな昼過ぎ頃。
 私は王城の中庭を護衛であり、幼い頃からの付き合いである幼なじみである黒髪の青年。
  春日千明(かすがちあき)と共に歩いていた。

「姫さま、いよいよ明日、行ってしまわれるよですね……」
「ええ、こうして貴方と他愛のない会話をしたりすることも出来なくなると思うと寂しく感じるわ」
「そうですね、私も姫さまと同じ気持ちです」

 千明はそう言い寂しげな笑みを溢す。
 幼い頃からずっと護衛として私のことを守ってくれて、幼なじみとしては側にいてくれた。私の大切な人。

 私はそんな千明のことが好きだった。
 鬼の国の王の元に嫁ぐのはなく、ずっと隣に居てくれた幼なじみであり、私の護衛である千明の元に嫁ぎたかった。

 でも、それは叶うことはない。
 私はこの国の姫であるのだから。

「千明、これまで私のことを守ってくれて、側にいてくれてありがとう」

 隣にいる千明にそう伝えると、千明は真剣な眼差しで私のことを見てくる。

「はい、あの、姫さま。一つ約束して欲しいことがあるんですけど、いいですか?」
「ええ、何かしら?」
「何か辛いことや、逃げ出したくなるようなこと、寂しくなることがあったら、俺のことを思い出すことを約束して欲しく思います。俺は離れていても、姫さまの味方ですから」

 千明から言われた言葉に私は強く頷いた。

「ええ、約束するわ。ありがとう、千明」


 その夜。
 私は中々、寝付けず自室の部屋のベランダに出て、夜風に当たりながら星々が瞬く夜の空を見上げていた。

「綺麗な夜空ね」

 もう、凛蘭王国からこの夜空を見ることもできないのだなと思うと寂しい気持ちが湧き上がってくる。

 鬼の国である【神月(かみつき)】はどんな国なのだろうか。
 私は鬼の国で上手くやっていけるのだろうか?

 沢山の不安を抱えながら、私は星が瞬く夜空に背を向けて、部屋の中へと入ったのであった。


         ❀❀❀

 翌日の朝。
 私は陛下にお兄様。護衛の千明に見送られて、王城の正門に止まっていた馬車へと乗り込んだ。

 私が馬車へと乗り込んだのを御者の中年の男は確認し、数秒後、馬車はゆっくりと動き始めた。

 ガタン、ガタン、という馬車の車輪の音と共に私を乗せた馬車は王城の正門を潜り、王城を出た。

 私は振り返り、馬車の後ろの窓から見える陛下やお兄様。千明の姿を見つめる。
 徐々に遠くなっていく家族と大切な幼なじみの姿を自身の緑の瞳に映しながら、私は泣きそうになるのを堪えた。


 王城を出てから少し経った頃、私はようやく心の落ち着きを取り戻し、馬車の窓から見える空を見上げた。

「今日は曇りね……」

 空は薄暗く、今にも雨が降りそうである。
 私はそんな曇った空から目を背けた。