玉座の間の重々しい扉が金髪の青年の手によって開かれる。
そこに現れたのは、淡い緊張を纏った小柄な少女──人の国から嫁いできた姫。
神坂美月だった。
「蒼史よ、此処までの案内ご苦労であった。下がれ」
私は彼女の背後に控える蒼史へと声をかけた。
彼は恭しく頭を下げ、「承知致しました。では、失礼致します」と答えると、扉を静かに閉めて部屋を後にした。
広間には私と姫。二人だけが残る。
私は玉座に腰を掛けたまま、彼女をじっと見つめた。
「もう少しこちらに来い」
「わかりました」
小さく返事をして、彼女はぎこちない足取りで歩み寄ってくる。
緊張と不安を隠し切れていないのは一目でわかった。やがて、私の眼前に立った姫に問う。
「名は何という?」
「神坂美月と申します」
「神坂美月か。良い名前だな。……私の名前は永和という」
私が名乗ると、彼女は深く頭を下げた。
その動作一つにさえ、必死に心を奮い立たせようとしている気配があった。
──政略のための婚姻。
互いにとって重荷でしかない縁だ。
そう割り切るはずだった。
だが、青い瞳で彼女を見下ろしたとき私は彼女の心の震えを確かに感じ取ってしまった。
そして彼女が、自分は歓迎されていないと悟ったことも。
本心を悟らせまいと私は表情を変えなかった。だが、胸の奥では言いようのないざわめきが生じていた。
「私は何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「永和でいい」
「わかりました。では、永和様と呼びますね」
「ああ、私は美月と呼ばせてもらう」
「わかりました。では、これから何卒、よろしくお願い致します」
彼女は小さな肩を震わせながらも、深々と頭を下げた。恐怖と不安を押し殺して、それでも立ち向かおうとする姿。
その強さは、かつての私自身を思い出させるようで──妙に胸を衝かれた。
「ああ、こちらこそ」
言葉を返し、私は彼女の顔を見つめた。
私の青い瞳と彼女の緑の瞳が交わる。
私は表情は崩さず、ただ彼女の視線を受け止めた。
この少女は弱さを隠して強さに変えようとしている。ならば、私も王として、夫としてその強さに寄り添える器を持とう。私はそう強く思った。
❀❀❀
夜の静けさに包まれた城内の通路を抜け、私は婚儀の場となる部屋で美月を待っていた。
やがて障子の外から澄んだ声が響く。
「失礼致します」
障子が開かれ、彼女が姿を現す。
緊張と恥じらいを帯びた表情でこちらに目を向けてすぐに視線を逸らした。
白い衣装に身を包んだ美月は初めて目にしたとき以上に儚げで、それでいて芯の強さを秘めているように見える。
「永和様、どうですか? 美月様、お綺麗でしょう?」
彼女に付き添ってきた侍女が、嬉しそうに問いかけてきた。私は視線をもう一度、美月に向ける。
「ああ、とても綺麗だ」
正直にそう告げると美月は少し頬を赤らめて控えめに微笑んだ。
「ありがとうございます。永和様もとても素敵です」
「そうか、ありがとう」
侍女がにこにこと笑みを浮かべ、彼女に向かって優しく声を掛ける。
そのやりとりを見つめながら、私は胸の奥に不思議な温かさを覚えていた。
やがて侍女は名を「葉月」と名乗り、丁寧に頭を下げて部屋を後にした。
障子が閉じられ、室内に残ったのは私と美月、二人きり。
静寂の中、美月はそっと歩み寄り、私の隣の座布団に正座して腰を下ろす。
その姿を見つめながら、私は口を開いた。
「美月、私は気持ちが表情に出づらいらしいからか、周りにいる者達から誤解されることが多いんだ。だが、美月のことは政略的な結婚ではあるが、愛したいと思っている」
「永和様……」
驚いたように顔を向ける美月。
美月の緑の瞳がまっすぐに私を見つめ返してくる。
「私も、永和様のことを愛したいと思っております。改めてこれからよろしくお願いしますね。永和様」
「ああ、こちらこそだ」
その瞬間、自然と笑みがこぼれた。
これまで幾度となく笑みを浮かべてきたつもりだが、今ほど心からのものはなかっただろう。
隣に座る美月もまた、柔らかな笑みを浮かべていた。


