2月に入り、僕の心は珍しく浮き足立っている。
クリスマスにお正月という冬の二大イベントを共に過ごしただけでなく、大好きな大路君の誕生日まで一緒にお祝いしたのだ。
そこにやってくる恋人たちのための特大イベント、『バレンタインデー』。
人々がチョコに踊り、踊らされるこの季節。……少し前にコールドスリープした女性ユニットのバレンタインをテーマにしたあの楽曲を、本当の意味で理解したような気がする。
しかも僕は『スイーツの魔法使い りとる』として、多少は名の知れたレシピ動画の配信者なのだ。
そして僕の恋人となったばかりの大路君は、カレシであるのと同時に僕推しの強火ヲタクでもある。
そのため彼もまだ2月の頭に入ったばかりだというのにそわそわと、バレンタインを気にしている様子なのに実は少し前から気付いていた。
なので僕自身彼がチョコを受け取ってくれた時の反応が楽しみではあるものの、少しプレッシャーのようなものも感じているというのが現状だ。
なので過去のレシピをまとめたノートとにらめっこしながら、プレゼントは何がいいかと真剣に考える。
その至福の時間が、最近の僕の眠る前の日課となっている。
ちなみに幼なじみの太陽に相談したところ、何をやっても喜ぶんじゃないか、なので味見役は俺に任せろという図々しい答えが返ってきた。
たしかに太陽の言う通り何をあげても大路君は喜んでくれるかもしれないとは思うものの、これではなんの解決にもならない。
……本当に、まったく参考にならない回答である。
「チョコレートが好きなのは、分かってるんだけど。出来れば未公開の、彼がめちゃくちゃ喜んでくれるレシピがいいよなぁ……」
僕が作ったスイーツを口にした時の、彼の幸せそうな笑顔を脳裏に思い浮かべる。
たったそれだけのことで、僕も自然と笑顔になっていた。
***
「おい、大丈夫か? 理人」
材料の買い出しのため向かった、スーパー中西。
ちょうどレジに入っていた太陽に、ドン引きした様子で聞かれた。
「へ……? 大丈夫って、何が?」
その意味が分からず、聞き返す。すると太陽は、呆れたように笑って答えた。
「無自覚かよ! どうせスイーツ絡みのことだとは思うけど、寝不足なんじゃね? クマ、スゲェぞ」
太陽の言葉にハッとし、目の下に指で触れた。
「熱心なのは、いいことだけどさ。さすがにそんだけ寝ずにレシピ考えるのは、やり過ぎだ。また王子様に怒られても、知らねぇぞ?」
思わず、グッと口ごもる。すると太陽は、ニヤニヤと感じ悪く笑った。
「ま、気持ちも分からんでもないがな。バレンタインも、近いことだしぃ?」
そんなことまでこの男には、なんでバレてしまうのだろう……?
そしてそのことに驚き、言葉をなくしていることにすらも気付いた様子の太陽は、僕の額をコツンと指先で軽く小突いた。
「全部お見通しだっつーの! 何年の付き合いだと思ってんの? まぁ、いいや。けど、ほどほどにしとけよ。大路を喜ばせたいのにそれで倒れたりしたら、マジで本末転倒過ぎるだろうが」
「……分かった、気をつけるよ」
素直に頷くと、太陽は満足そうにニッと笑った。
「分かったなら、よし! お買い上げ、ありがとうございました」
笑顔のまま暗にそろそろレジの前から退けと言われ、慌てて離れる。
するとタイミングをうかがっていたらしい女性がすぐに列へと並んだため、小さく頭を下げてそそくさと店を出た。
家族にも叱られるのだが、僕はスイーツのレシピを考えていると、寝るのを忘れてしまうことがよくある。
太陽もそんな僕の事情をよく知っているから、あのように注意をしてくれたのだろう。
そして実際に大路君からも注意や心配をされることがあるから、本当に目に見えて酷い顔を僕がしているということなのだと思うし。
「うーん……。何を作ろうかな」
レシピを考えながら歩いていたら、気付くと自宅に到着していた。
だからそのまま自室に戻り、今日もまたいそいそとレシピノートを開く。
でもそこで、ふと思い出した。チョコを使うとしても、それがメインである必要は全くないのでは?
もちろん材料にチョコレートは必要だと思うが、僕と彼にとって特別なスイーツ。
そんなものは、ひとつしか浮かばない。
「シュークリーム!!」
思わず、大きな声が出た。
そのため何事かと言う感じで、母親がノックもせずに勢いよくドアを開けた。
「どうしたの、理人! なんかあった!?」
だから僕は、ブンブンと左右に大きく首を振って答えた。
「う、ううん。何もないよ! ……大きな声を出して、ごめん」
するとお母さんはちょっと呆れたように笑い、言った。
「ならいいんだけど」
そのまま彼女は部屋を出ていこうとしたから、アドバイスを求めるために慌てて引き止めた。
「ねぇ、お母さん。バレンタインの動画用に、チョコレートを使ったシュークリームを作りたいんだけど。特別な感じのアレンジって、なんかあるかな?」
するとお母さんはちょっと考えて、それからポンと手を打った。
「そういえば、子供の頃に食べた、スワン型のシュークリーム。あれにはお母さん、すっごくワクワクしたっけ」
その言葉を聞き、そういえばと思う。
少しレトロな雰囲気も、ビジュアル的にかなり映える。
そして何より、大路にとっても似合う。スワンの頭には、絶対にチョコレートの王冠を被せよう!
「ありがとう、お母さん。それ、採用!」
すると彼女はニッと笑って、親指を上げた。
だから僕もお母さんの真似をして、親指をあげた。
だけどそこからは完全に意識がレシピ作りに向いてしまったから、いつの間に彼女が部屋を出たのか、全然気が付かなかった。
***
過去に作ったことがある、カスタードクリームたっぷりのシュークリーム。
そのレシピは大路君の一番のお気に入りなので、これまで何回か作って食べてもらった。
だけどせっかくの、ふたりで過ごす初めてのバレンタインなのだ。これまで通りのものを手渡したとしてもきっと彼は喜んでくれると思うけれど、僕は出来れば彼をあっと驚かせたい。
でもそれには、ビジュアルを変えるだけではちょっと足りないような気がする。
うーん、うーんと悩み、考えること丸一晩。
ようやく僕はその最適解を見つけたような気がする。
「よし、絶対に喜ばせてみせる!」
その翌朝。通学途中の道で太陽に遭遇するなり、ドン引きしたような顔で言われてしまった。
「おはよう、理人。……えっと、お前はなんかの呪いでも受けたのか? 死相が出てんぞ」
「おはよう、太陽。違うよ、本当に失礼なんだから。でも、そうだね。強いて言うなら……。恋の呪い的な?」
寝不足のせいで変なテンションだったこともあり、ちょっとふざけて答えると、太陽はなんとも言えない微妙な顔をした。
「うっさ!! リア充、爆ぜろ!」
「爆ぜないよ! それにもし僕が爆ぜちゃったら、君は今後僕の作るスイーツを食べられなくなるよ?」
笑顔で告げると、太陽はすぐさま態度を変えた。
「冗談です、ひとる様! りとる様には、これからも健康に長生きして頂きたく思う所存に……」
彼が、言い終わるより早く、僕はちょっと呆れながら答えた。
「……そこまでのおべっかは、求めてないから。あと今は誰もいないとは言え、その呼び方は本当にやめてよね。……身バレ、本当に怖過ぎるから」
すると太陽は、慌てて自分の口元を両手のひらで覆った。
それを見てプッと噴き出した僕は、ゴソゴソとリュックを漁りながら続けた。
「とりあえず試作品が出来たから、持ってきたよ」
クリスマスにお正月という冬の二大イベントを共に過ごしただけでなく、大好きな大路君の誕生日まで一緒にお祝いしたのだ。
そこにやってくる恋人たちのための特大イベント、『バレンタインデー』。
人々がチョコに踊り、踊らされるこの季節。……少し前にコールドスリープした女性ユニットのバレンタインをテーマにしたあの楽曲を、本当の意味で理解したような気がする。
しかも僕は『スイーツの魔法使い りとる』として、多少は名の知れたレシピ動画の配信者なのだ。
そして僕の恋人となったばかりの大路君は、カレシであるのと同時に僕推しの強火ヲタクでもある。
そのため彼もまだ2月の頭に入ったばかりだというのにそわそわと、バレンタインを気にしている様子なのに実は少し前から気付いていた。
なので僕自身彼がチョコを受け取ってくれた時の反応が楽しみではあるものの、少しプレッシャーのようなものも感じているというのが現状だ。
なので過去のレシピをまとめたノートとにらめっこしながら、プレゼントは何がいいかと真剣に考える。
その至福の時間が、最近の僕の眠る前の日課となっている。
ちなみに幼なじみの太陽に相談したところ、何をやっても喜ぶんじゃないか、なので味見役は俺に任せろという図々しい答えが返ってきた。
たしかに太陽の言う通り何をあげても大路君は喜んでくれるかもしれないとは思うものの、これではなんの解決にもならない。
……本当に、まったく参考にならない回答である。
「チョコレートが好きなのは、分かってるんだけど。出来れば未公開の、彼がめちゃくちゃ喜んでくれるレシピがいいよなぁ……」
僕が作ったスイーツを口にした時の、彼の幸せそうな笑顔を脳裏に思い浮かべる。
たったそれだけのことで、僕も自然と笑顔になっていた。
***
「おい、大丈夫か? 理人」
材料の買い出しのため向かった、スーパー中西。
ちょうどレジに入っていた太陽に、ドン引きした様子で聞かれた。
「へ……? 大丈夫って、何が?」
その意味が分からず、聞き返す。すると太陽は、呆れたように笑って答えた。
「無自覚かよ! どうせスイーツ絡みのことだとは思うけど、寝不足なんじゃね? クマ、スゲェぞ」
太陽の言葉にハッとし、目の下に指で触れた。
「熱心なのは、いいことだけどさ。さすがにそんだけ寝ずにレシピ考えるのは、やり過ぎだ。また王子様に怒られても、知らねぇぞ?」
思わず、グッと口ごもる。すると太陽は、ニヤニヤと感じ悪く笑った。
「ま、気持ちも分からんでもないがな。バレンタインも、近いことだしぃ?」
そんなことまでこの男には、なんでバレてしまうのだろう……?
そしてそのことに驚き、言葉をなくしていることにすらも気付いた様子の太陽は、僕の額をコツンと指先で軽く小突いた。
「全部お見通しだっつーの! 何年の付き合いだと思ってんの? まぁ、いいや。けど、ほどほどにしとけよ。大路を喜ばせたいのにそれで倒れたりしたら、マジで本末転倒過ぎるだろうが」
「……分かった、気をつけるよ」
素直に頷くと、太陽は満足そうにニッと笑った。
「分かったなら、よし! お買い上げ、ありがとうございました」
笑顔のまま暗にそろそろレジの前から退けと言われ、慌てて離れる。
するとタイミングをうかがっていたらしい女性がすぐに列へと並んだため、小さく頭を下げてそそくさと店を出た。
家族にも叱られるのだが、僕はスイーツのレシピを考えていると、寝るのを忘れてしまうことがよくある。
太陽もそんな僕の事情をよく知っているから、あのように注意をしてくれたのだろう。
そして実際に大路君からも注意や心配をされることがあるから、本当に目に見えて酷い顔を僕がしているということなのだと思うし。
「うーん……。何を作ろうかな」
レシピを考えながら歩いていたら、気付くと自宅に到着していた。
だからそのまま自室に戻り、今日もまたいそいそとレシピノートを開く。
でもそこで、ふと思い出した。チョコを使うとしても、それがメインである必要は全くないのでは?
もちろん材料にチョコレートは必要だと思うが、僕と彼にとって特別なスイーツ。
そんなものは、ひとつしか浮かばない。
「シュークリーム!!」
思わず、大きな声が出た。
そのため何事かと言う感じで、母親がノックもせずに勢いよくドアを開けた。
「どうしたの、理人! なんかあった!?」
だから僕は、ブンブンと左右に大きく首を振って答えた。
「う、ううん。何もないよ! ……大きな声を出して、ごめん」
するとお母さんはちょっと呆れたように笑い、言った。
「ならいいんだけど」
そのまま彼女は部屋を出ていこうとしたから、アドバイスを求めるために慌てて引き止めた。
「ねぇ、お母さん。バレンタインの動画用に、チョコレートを使ったシュークリームを作りたいんだけど。特別な感じのアレンジって、なんかあるかな?」
するとお母さんはちょっと考えて、それからポンと手を打った。
「そういえば、子供の頃に食べた、スワン型のシュークリーム。あれにはお母さん、すっごくワクワクしたっけ」
その言葉を聞き、そういえばと思う。
少しレトロな雰囲気も、ビジュアル的にかなり映える。
そして何より、大路にとっても似合う。スワンの頭には、絶対にチョコレートの王冠を被せよう!
「ありがとう、お母さん。それ、採用!」
すると彼女はニッと笑って、親指を上げた。
だから僕もお母さんの真似をして、親指をあげた。
だけどそこからは完全に意識がレシピ作りに向いてしまったから、いつの間に彼女が部屋を出たのか、全然気が付かなかった。
***
過去に作ったことがある、カスタードクリームたっぷりのシュークリーム。
そのレシピは大路君の一番のお気に入りなので、これまで何回か作って食べてもらった。
だけどせっかくの、ふたりで過ごす初めてのバレンタインなのだ。これまで通りのものを手渡したとしてもきっと彼は喜んでくれると思うけれど、僕は出来れば彼をあっと驚かせたい。
でもそれには、ビジュアルを変えるだけではちょっと足りないような気がする。
うーん、うーんと悩み、考えること丸一晩。
ようやく僕はその最適解を見つけたような気がする。
「よし、絶対に喜ばせてみせる!」
その翌朝。通学途中の道で太陽に遭遇するなり、ドン引きしたような顔で言われてしまった。
「おはよう、理人。……えっと、お前はなんかの呪いでも受けたのか? 死相が出てんぞ」
「おはよう、太陽。違うよ、本当に失礼なんだから。でも、そうだね。強いて言うなら……。恋の呪い的な?」
寝不足のせいで変なテンションだったこともあり、ちょっとふざけて答えると、太陽はなんとも言えない微妙な顔をした。
「うっさ!! リア充、爆ぜろ!」
「爆ぜないよ! それにもし僕が爆ぜちゃったら、君は今後僕の作るスイーツを食べられなくなるよ?」
笑顔で告げると、太陽はすぐさま態度を変えた。
「冗談です、ひとる様! りとる様には、これからも健康に長生きして頂きたく思う所存に……」
彼が、言い終わるより早く、僕はちょっと呆れながら答えた。
「……そこまでのおべっかは、求めてないから。あと今は誰もいないとは言え、その呼び方は本当にやめてよね。……身バレ、本当に怖過ぎるから」
すると太陽は、慌てて自分の口元を両手のひらで覆った。
それを見てプッと噴き出した僕は、ゴソゴソとリュックを漁りながら続けた。
「とりあえず試作品が出来たから、持ってきたよ」


