君に捧げる魔法のレシピ〜さえない動画配信者の僕が、クラスの王子様的男子に恋をした結果〜

「ねぇ、大路君。シュークリームの隠し味、何か分かった?」

「うーん……、なんだろ? クリームの中に仕込んである刻んだビターチョコレートは分かるんだけど、この甘酸っぱいのが……」

 真剣な表情のまま、ああでもないこうでもないと考え悩む大路君。唇の端についたクリームを舐め取る時の、ちょっと少年っぽさを多分に残した仕草にキュンとさせられた。

 彼のこういうところ、本当に可愛くて好きだなと思う。
 あと僕が作ってきたスイーツを食べて、幸せそうに笑う表情も。
 とはいえ僕が可愛いと思っているだなんて、絶対に彼には言えないけれど。

 待つこと、数十秒。早く答えを伝えたくて、彼が正解を導き出すよりも早く僕は口を開いた。

「フフッ、正解は……」

 すると大路君は、慌てた様子でそれを止めた。

「待って! もう少しだけ、考えさせて! 後ちょっとで、答えが出そうだから!」

 まさか止められるとは思わなかったから、一瞬また馬鹿みたいに大口を開けたまま彼の顔を見つめてしまった。
 だけど理解した瞬間我慢出来ずにプッと噴き出して、そのままクスクスと笑い出してしまった。
 付き合い始めてから知った、意外と負けず嫌いな一面。そんなところまでも、やっぱり愛おしいなと思ってしまう。

 そして更にその数秒後。彼はポンと手を打ち、満面の笑みで告げた。

「いちごジャム!」

 だけど、惜しい! ジャムはジャムだけど、僕が使ったのはそれじゃない。

「残念でした、ラズベリージャムです。けど、惜しかったね?」

 クスクスと笑いながら正解を口にすると、彼はちょっと悔しそうに口をとがらせた。

 いつもは彼からキスをされることの方が俄然多いけれど、この時僕は『大好き』と思う気持ちが限界突破してしまっていたらしい。
 そのためとがったままの彼の唇に自らの唇を寄せ、軽く口付けた。

 それはまるで子供同士がするような、つたないキス。小鳥が餌をついばむみたいに何度もキスをしたら彼は驚いた様子で瞳を見開き、それから艶っぽく笑った。

「……不正解だったのに、ちゃんとご褒美くれるんだ?」

 一気に大人っぽい雰囲気に変わった大路君に、怯む僕。
 
「へ……? ご褒美って、そんなつもりじゃな……。んんっ!?」

 慌てて彼から距離を取ろうとしたのだけれど、時既に遅し。
 大路君は僕を逃すことなく強く抱き寄せ、貪るみたいに激しく口付けた。

 こうなるといつものことだけれど、もう完全に大路君のペースで。主導権を奪われた僕は慣れないキスに翻弄され、息を乱しながらただ彼にすがりつくみたいに強く抱き着いた。

「理人、舌出して?」

 こんな風にねだられたのは初めてのことだったけれど、今日はバレンタインなのだ。
 恥ずかしかったけれど、可能な限り彼の要望には応えてあげたい。
 ……とはいえ世の恋人たちが本当にこんなことをしているのかなんて、恋愛経験のまったくない僕には見当もつかないけれど。
 
 それでも僕はぎゅっと目を閉じたまま口を開き、舌先を彼に向かい差し出した。

 すると僕の舌はあっさり彼に絡め取られ、激しく貪られた。
 舌を吸われたり、歯列を舌先でなぞられると、ゾクゾクと未知の感覚が背中から這い上がってくるような気がする。
 だけどやっぱり嫌じゃなくて、むしろ気持ちよかったし幸せだったから、大路君にされるがまま身を任せた。

 ハァハァと、乱れていく呼吸。
 こうして与えられる感覚に溺れ、うっとりとしながら彼の顔を見上げたら彼はフゥと息を吐き、僕から唇を離した。

「ホントお前、凶悪過ぎ。……なるべく大事にするつもりだけど、限界は近いかも。だから、覚悟しといて?」

 またしても恨みがましい瞳を僕に向け、責めるように言われたけれど、本当になぜ!?
 それに、覚悟というのはいったい……。
 本気で困惑し、涙目で大路君の顔を見上げたら、彼はちょっと困ったように微笑んだ。

 だからその意味を詳しく聞こうとしたら、彼はそのままソファーから立ち上がり、いつもみたいにキラキラとまばゆい爽やかな笑顔で聞いた。

「なんか、飲み物入れるわ。理人はコーヒーと紅茶だと、紅茶派だったよな?」

 そのためそれ以上聞くことが出来ず、彼が何に対して限界を感じているのかは、分からないまま有耶無耶にされてしまった。

「おーい、理人。ちゃんと、聞いてる?」

 名前を呼ばれ、慌てて答えた。

「あっ、うん! 紅茶でお願いします」

「……だから、なんでそのですます口調?」

 ククッと笑うその表情はさっきまでの妙に大人っぽい大路君ではなく、いつもの感じに戻っていた。
 だからそれにホッとして、にへらと笑って答えた。

「なんでとかは、別にないんだけど。なんとなく出ちゃうんだよ、大路君」

 するとその返事を聞き、大路君はちょっと不満そうに眉根を寄せた。
 もしや何か彼のご機嫌を損ねるような発言をしてしまっただろうかと、途端に不安になる僕。
 だけど彼は電気ポットの電源を入れると、再び僕の隣に笑顔で腰を下ろした。

「ねぇ、理人」

 肩を抱き、ねだるように僕の顔を見下ろす大路君。
 ……それに激しく動揺しながらも、彼の美しい瞳から目をそらすことが出来ない。

「えっと……。なぁに? 大路君」

 すると彼は、再び僕のほっぺをぐにっと軽く引っ張った。

「ほへ……?」

 またしても僕の口から零れ出た、間抜けな声。
 でも彼は笑うことなく、まっすぐに僕を見つめたまま告げた。

「俺ら付き合い始めて、もう1ヶ月半になるよな?」

 コクコクと、赤い顔のまま頷く。
 すると彼は、今度は優しくふにふにと僕の頬を弄びながら告げた。

「なのでそろそろ大路君じゃなく、名前で呼んでくんない?」

 拗ねたようなその表情も、とても可愛いなと思う。
 だけど大好きな彼にこんな顔をさせるのは、嫌だった。

 だから勇気を振り絞り、ぎゅっと目を閉じて初めて彼を名前で呼んだ。

「う、うん。そ……、そうだよね。清雅……君!」

 一瞬の沈黙。恐る恐る目を開けると、そこには珍しく赤い顔で少し動揺した様子の大路君の姿があった。

「……可愛い、大路君」

 思わず零れ出てしまった、僕の本音。
 それを聞いた彼は、不満そうに唇をとがらせて言った。

「それは、どうも。だけど大路君じゃなくて、これからは清雅な!」

 そう言って彼は仏頂面のまま、荒々しく僕の唇に口付けた。
 だけど、清雅君。……やっぱり君、可愛過ぎるよ。

「アハハ、そうだね清雅君」

「笑い事じゃないから。……まったく、ホントそういうとこぉ」

 不満そうに、ツッコミを入れる彼。
 でも正直なところ、何がそういうところなのか、まったく分からない。

「清雅君、ハッピーバレンタイン! シュークリーム、喜んでくれた?」

「うん、もちろん。今日は本当に、ありがと。めちゃくちゃ嬉しい!」

 クスクスと笑いながら彼の背中に腕を回して、しばし甘いキスに溺れた。

 ……そして彼の言った『限界』という言葉の意味を無知な僕が知るのは、このおよそ一ヶ月後のこととなるわけだが、その話はあまりにも恥ずかしいのでこの場では割愛させていただこうと思う。
 
***
 
「本日もご視聴いただき、ありがとうございました。また来週も、よろしくお願いします!」

 いつものように締めの言葉を口にして、撮影停止のボタンを押す。
 するとそれまでその様子をすぐそばで楽しそうに見ていた清雅君が、ソファーから立ち上がった。

「配信、お疲れ様! 今日のも、すげぇうまそう。……理人、もう食べていい?」

 出来たてのパンプディングを前にきゅるんと青い瞳を輝かせ、僕の愛しい恋人が問う。
 だから僕はいつもみたいに、クスクスと笑いながら答えた。

「もちろん! 清雅君、あったかいうちに食べよ」

 あれからいくつもの季節が流れ、僕らは大学生になった。
 だけどこの夢のような魔法は、今でも続いている。
 そしてこれからもきっと、ずっと、永遠に……。

                   【了】