「今日も俺の両親、遅くなるってさ。だから、いっぱい一緒に居られるな?」
向きを変え、リビングに向かって歩きながら軽い口調で告げた。
いつもならここで理人はただ頷くだけだが、今日はまったく異なる反応が返ってきた。
「う、うん。そっか。……嬉しい」
それに驚いて反射的に後ろを振り返り、彼の表情を確認する。
すると理人ははにかんだように微笑み、俺の顔を見上げた。
マジでなんなの? コイツ。可愛いが、過ぎるんだが!?
完全にキャパオーバーした様子だったからさっきは解放してやったけれど、本音では全然足りない。
……もっと理人とイチャイチャしたいし、キスも、それ以上のことも俺はホントはしたい。
とはいえ彼の限界は、せいぜい舌を軽く絡ませ合う程度のちょっとだけディープなキス。
それが分かっているし、何より彼のことを大切にしたいから、それ以上手出しを出来ないでいるというのが今の俺の現状だ。
「……そういうとこだぞ」
恨みがましい視線を向けて、ぐにと彼の柔らかなほっぺを軽く引っ張る。
すると絶望的なまでに滑舌の悪くなった彼は、本気で意味が分からないとでも言うように『ほぇ?』とだけ言った。
これまで付き合ってきた女の子が相手であれば、これは誘われていると考えてほぼ間違いないはずだった。
でも相手はどうやって育ったらこんな男子高校生が生まれるのかと不思議に思えるほど純粋無垢な、可愛い可愛い俺の理人なのだ。……天然天使、マジでこわい。
なのでうっかり手を出して、振られてしまっては目も当てられない。
とはいえたとえ振られたとしても、今さら逃がしてやるつもりは毛頭ないわけだが。
……どちらかというと恋愛関係は割とドライな考え方だったはずなのに、理人が相手だとまったく勝手が分からない。
既に手を出していると言えなくもないが、キスくらいはさすがにセーフということにして欲しい。思春期真っ只中の、健康な男子なのだから。
それに理人も、さっき唇が離れる時、少しだけ名残惜しそうにしてくれていたし。
時間にすると、コンマ数秒。心頭滅却すれば、火もまた涼し。
少し冷静さを取り戻した俺は彼の頬からパッと手を離し、にっこりと微笑んだ。
ソファーに腰を下ろして、ポンポンと隣を手のひらで軽く叩く。
「理人、おいで」
両手を広げて誘うと、彼は少しだけ恥ずかしがるような素振りを見せたものの俺の言葉に素直に従い、腕にぽすんと飛び込んできた。
よしよしと頭を撫でてやると、普段はあまり動かない彼の表情筋が、嬉しそうにふにゃりと少しだけ緩む。
こういう顔を知るのは本当に親しい人間だけなのだろうと思うと、今日も謎の優越感が俺の心を満たしていった。
……我ながら、さすがにちょっと拗らせすぎな気もするけれど。
でもそこで彼はハッとしたように顔を上げ、ずっと手にしたままになっていた紙箱を俺に向かい差し出した。
おそらくこれは、バレンタインのプレゼントとして俺のために用意してくれたチョコレートだろう。
大人しくて物静かな理人の、もうひとつの顔である人気配信者『りとる』。
ずっと推してきた憧れのスイーツの魔法使いが理人なのだと知った時は、本当に驚いた。
でも今は、思うのだ。きっとこれは、運命だったんだって。
とはいえこんなのはさすがに恥ずかし過ぎるので、彼に言うつもりはないけれど。
彼の華奢で小柄な体から手を離して、少しだけ不安そうな表情を浮かべる理人に聞いた。
「ありがと、理人。これって、バレンタインのプレゼントだよね?」
コクリと小さく頷く理人。その仕草は俺の庇護欲だけでなく、嗜虐心も同時に煽ってくるからたちが悪い。
「開けていい?」
「うん」
箱の蓋を開けるとそこには、白鳥の形をした4羽のシュークリームが綺麗に並べられていた。
そしてそのうちの2羽の頭にだけ、チョコレートで作られた王冠が掛けられている。
「……白鳥の王子様?」
俺の問いに、コクンともう一度小さく頷く理人。
そしてそこからは、こちらが促すまでもなくスラスラと饒舌に解説を始めた。
「うん! あのね、2羽は大路君で、残りの2羽は僕。とはいえ僕が白鳥なんて、さすがにちょっと図々しかったかもしれないけど。それとね、中のクリームにも、めちゃくちゃこだわって作ったんだ!」
あまりの熱量に、一瞬呆気に取られてしまった。そのため彼はすぐにしまったとでも言うように赤くなって黙り込み、それからおずおずと小さな声で告げた。
「えっと……。だから大路君に、喜んでもらえたらめちゃくちゃ嬉しい……です……」
それがあまりにも可愛かったから、思わず噴き出してしまった。
「プッ……、ククッ……。だから、なんでまたですます口調なんだよ! 俺ら、付き合ってんのに。ありがと、理人。これって、新作? このレシピは、まだ見たことない気がする」
コクンと小さくうなずく理人。無言のまま、彼の言葉の続きを待つ俺。
すると理人は、ポツポツと小さな声で答えてくれた。
「あのね、大路君。どうしても君に、はじめて食べて欲しくて。だから動画の配信は、明日にでもしようと思ってる」
ハァ……、本当に可愛過ぎ。この美しいシュークリームももちろん美味しく頂くが、こんな顔を見せられたら、理人のことも食べたくなってしまう。
それを誤魔化すみたいにわざと意地悪く片側の口角を上げて笑い、頬に軽く口付けた。
すると理人はビクッと体を震わせて、涙目で俺の顔を見上げた。
でも彼は、もうそろそろ少しくらい学習した方がいいと思う。
……その表情を前にしたら、俺がちょっとだけ彼をいじめたくなってしまうということを。
「そっか……。ありがと、理人。お前の初めて、貰っちゃうね?」
「大路君、言い方!!」
さっき俺がキスした方の頬に手を当て、涙目で軽く睨みつけられてしまった。
だけどそれには気付かないふりをしてそのまま箱に手を突っ込み、王冠のついていない方のシュークリームをひとつ取り出した。
「食っていい? スッゲェいい匂い」
少しまだ拗ねている様子ではあったものの、彼はまた小さく頷いてくれた。
だからそのまま頬張ると、まずはサクフワなシュー生地の風味が、続いてクリームの甘さとビターチョコレートのほろ苦さ、それから爽やかな酸味が口内いっぱいに広がった。
「……天才か?」
思わず口をついて出たのは、IQ0のお馬鹿丸出しな称賛の言葉。
そのため理人は一瞬キョトンとした顔で俺を見上げ、それからかつて見せたことがないくらいのドヤ顔で笑った。
「アハハ、気に入ってもらえて良かった! ……実は今回、かなりの自信作なんだよね」
得意満面な表情のまま、いつになく饒舌な言葉は続く。
「隠し味、何か分かる?」
「うーん……、なんだろ。ビターチョコレートは分かるんだけど、この甘酸っぱいのは……」
「フフッ、正解は……」
楽しそうに答えを口にされそうになったから、慌ててそれを遮った。
「待って! もう少し、考えさせて」
すると理人はポカンと口開け、それからクスクスとおかしそうに笑った。
向きを変え、リビングに向かって歩きながら軽い口調で告げた。
いつもならここで理人はただ頷くだけだが、今日はまったく異なる反応が返ってきた。
「う、うん。そっか。……嬉しい」
それに驚いて反射的に後ろを振り返り、彼の表情を確認する。
すると理人ははにかんだように微笑み、俺の顔を見上げた。
マジでなんなの? コイツ。可愛いが、過ぎるんだが!?
完全にキャパオーバーした様子だったからさっきは解放してやったけれど、本音では全然足りない。
……もっと理人とイチャイチャしたいし、キスも、それ以上のことも俺はホントはしたい。
とはいえ彼の限界は、せいぜい舌を軽く絡ませ合う程度のちょっとだけディープなキス。
それが分かっているし、何より彼のことを大切にしたいから、それ以上手出しを出来ないでいるというのが今の俺の現状だ。
「……そういうとこだぞ」
恨みがましい視線を向けて、ぐにと彼の柔らかなほっぺを軽く引っ張る。
すると絶望的なまでに滑舌の悪くなった彼は、本気で意味が分からないとでも言うように『ほぇ?』とだけ言った。
これまで付き合ってきた女の子が相手であれば、これは誘われていると考えてほぼ間違いないはずだった。
でも相手はどうやって育ったらこんな男子高校生が生まれるのかと不思議に思えるほど純粋無垢な、可愛い可愛い俺の理人なのだ。……天然天使、マジでこわい。
なのでうっかり手を出して、振られてしまっては目も当てられない。
とはいえたとえ振られたとしても、今さら逃がしてやるつもりは毛頭ないわけだが。
……どちらかというと恋愛関係は割とドライな考え方だったはずなのに、理人が相手だとまったく勝手が分からない。
既に手を出していると言えなくもないが、キスくらいはさすがにセーフということにして欲しい。思春期真っ只中の、健康な男子なのだから。
それに理人も、さっき唇が離れる時、少しだけ名残惜しそうにしてくれていたし。
時間にすると、コンマ数秒。心頭滅却すれば、火もまた涼し。
少し冷静さを取り戻した俺は彼の頬からパッと手を離し、にっこりと微笑んだ。
ソファーに腰を下ろして、ポンポンと隣を手のひらで軽く叩く。
「理人、おいで」
両手を広げて誘うと、彼は少しだけ恥ずかしがるような素振りを見せたものの俺の言葉に素直に従い、腕にぽすんと飛び込んできた。
よしよしと頭を撫でてやると、普段はあまり動かない彼の表情筋が、嬉しそうにふにゃりと少しだけ緩む。
こういう顔を知るのは本当に親しい人間だけなのだろうと思うと、今日も謎の優越感が俺の心を満たしていった。
……我ながら、さすがにちょっと拗らせすぎな気もするけれど。
でもそこで彼はハッとしたように顔を上げ、ずっと手にしたままになっていた紙箱を俺に向かい差し出した。
おそらくこれは、バレンタインのプレゼントとして俺のために用意してくれたチョコレートだろう。
大人しくて物静かな理人の、もうひとつの顔である人気配信者『りとる』。
ずっと推してきた憧れのスイーツの魔法使いが理人なのだと知った時は、本当に驚いた。
でも今は、思うのだ。きっとこれは、運命だったんだって。
とはいえこんなのはさすがに恥ずかし過ぎるので、彼に言うつもりはないけれど。
彼の華奢で小柄な体から手を離して、少しだけ不安そうな表情を浮かべる理人に聞いた。
「ありがと、理人。これって、バレンタインのプレゼントだよね?」
コクリと小さく頷く理人。その仕草は俺の庇護欲だけでなく、嗜虐心も同時に煽ってくるからたちが悪い。
「開けていい?」
「うん」
箱の蓋を開けるとそこには、白鳥の形をした4羽のシュークリームが綺麗に並べられていた。
そしてそのうちの2羽の頭にだけ、チョコレートで作られた王冠が掛けられている。
「……白鳥の王子様?」
俺の問いに、コクンともう一度小さく頷く理人。
そしてそこからは、こちらが促すまでもなくスラスラと饒舌に解説を始めた。
「うん! あのね、2羽は大路君で、残りの2羽は僕。とはいえ僕が白鳥なんて、さすがにちょっと図々しかったかもしれないけど。それとね、中のクリームにも、めちゃくちゃこだわって作ったんだ!」
あまりの熱量に、一瞬呆気に取られてしまった。そのため彼はすぐにしまったとでも言うように赤くなって黙り込み、それからおずおずと小さな声で告げた。
「えっと……。だから大路君に、喜んでもらえたらめちゃくちゃ嬉しい……です……」
それがあまりにも可愛かったから、思わず噴き出してしまった。
「プッ……、ククッ……。だから、なんでまたですます口調なんだよ! 俺ら、付き合ってんのに。ありがと、理人。これって、新作? このレシピは、まだ見たことない気がする」
コクンと小さくうなずく理人。無言のまま、彼の言葉の続きを待つ俺。
すると理人は、ポツポツと小さな声で答えてくれた。
「あのね、大路君。どうしても君に、はじめて食べて欲しくて。だから動画の配信は、明日にでもしようと思ってる」
ハァ……、本当に可愛過ぎ。この美しいシュークリームももちろん美味しく頂くが、こんな顔を見せられたら、理人のことも食べたくなってしまう。
それを誤魔化すみたいにわざと意地悪く片側の口角を上げて笑い、頬に軽く口付けた。
すると理人はビクッと体を震わせて、涙目で俺の顔を見上げた。
でも彼は、もうそろそろ少しくらい学習した方がいいと思う。
……その表情を前にしたら、俺がちょっとだけ彼をいじめたくなってしまうということを。
「そっか……。ありがと、理人。お前の初めて、貰っちゃうね?」
「大路君、言い方!!」
さっき俺がキスした方の頬に手を当て、涙目で軽く睨みつけられてしまった。
だけどそれには気付かないふりをしてそのまま箱に手を突っ込み、王冠のついていない方のシュークリームをひとつ取り出した。
「食っていい? スッゲェいい匂い」
少しまだ拗ねている様子ではあったものの、彼はまた小さく頷いてくれた。
だからそのまま頬張ると、まずはサクフワなシュー生地の風味が、続いてクリームの甘さとビターチョコレートのほろ苦さ、それから爽やかな酸味が口内いっぱいに広がった。
「……天才か?」
思わず口をついて出たのは、IQ0のお馬鹿丸出しな称賛の言葉。
そのため理人は一瞬キョトンとした顔で俺を見上げ、それからかつて見せたことがないくらいのドヤ顔で笑った。
「アハハ、気に入ってもらえて良かった! ……実は今回、かなりの自信作なんだよね」
得意満面な表情のまま、いつになく饒舌な言葉は続く。
「隠し味、何か分かる?」
「うーん……、なんだろ。ビターチョコレートは分かるんだけど、この甘酸っぱいのは……」
「フフッ、正解は……」
楽しそうに答えを口にされそうになったから、慌ててそれを遮った。
「待って! もう少し、考えさせて」
すると理人はポカンと口開け、それからクスクスとおかしそうに笑った。


