君に捧げる魔法のレシピ〜さえない動画配信者の僕が、クラスの王子様的男子に恋をした結果〜

 彼はいつもこんな風に、可愛いとか好きだと僕に伝えてくれる。
 これには祖母がフランス人という大路君のルーツも関係があるのかも知れないが、やっぱりいまだに慣れることが出来ない。

 それに感情を表に出すのが苦手な僕のことを、大路君は表情がすぐに出るからとても分かりやすいと言う。
 でも僕だって、たまには好きだという気持ちを言葉にした方がいいかもしれない。

 そしてその機会には、もうすぐやって来るバレンタインこそがきっとふさわしいに違いない。
 なのでこの、バレンタイン大作戦。……絶対に、失敗するわけにはいかないのだ。

 とはいえ大路君は、たとえ僕が作るのに失敗して不格好なシュークリームが完成したとしても、笑顔で受け取ってくれるはずだけれど。

 とりあえずあらかたレシピは完成したが、あとひとつ、何かが足りない。
 でもその何かが浮かばないまま、僕は結局バレンタインデー当日を迎えてしまった。

***

 その日は日曜日だったから、僕は朝のうちにシュークリームの製作に入ることにした。
 というのも今日の午後は、大路君とおうちデートの約束をしていてるからだ。

 そしてこの日を僕が指定したことで、彼は確信しているに違いない。
 ……バレンタインにスイーツの魔法使い りとるが、大路君のために特別なレシピを用意していると。

 クリスマスイブであり大路君の誕生日当日でもある12月24日に、僕は彼へのプレゼントとして、動画を配信しながらケーキを作った。

 りとるマニアを自負する彼は、もしも動画でレシピを今僕が配信したら、間違いなくリアルタイムで視聴してくれるに違いない。

 だけど、それでは駄目なのだ。今回は、一番最初に彼に完璧な完成品をお披露目したいし食べて欲しい。
 あと大路君本人にも、ネタバレすることなく現物を目にした時に喜んで貰えたら僕も嬉しいし。
 
 そのため動画は僕のレシピで作りたかったであろう視聴者の皆さんには申し訳ないが、数日前に昨年のレシピの改良版をアップしておいた。
 なので今回のシュークリームのレシピは、今は工程だけ撮影しておいて、後から動画を編集して公開する予定だ。

 それにしても、あとひと味足りない何か。……それが決まれば、本当に完璧な仕上がりになるはずなのに。

 そんなことを考えながら、朝食のトーストにバターとラズベリージャムを塗っていく。
 しかしそれをひとくち頬張った瞬間、ひらめいた。

「……これだ!!」

 思わず大きな声を出してしまったせいで、お母さんと妹を驚かせてしまったようだ。
 だけど今は、そんなことを気にしている余裕なんてない。

 わずかに足りなかった、あと少しのパンチ。
 それをきっとこのラズベリージャムの酸味が、補ってくれるはず。

 そしてそのアイデアが浮かんだら、居ても立ってもいられなくなってしまった。
 大急ぎでパンとサラダを胃袋に収めてごちそうさまの言葉を口にして、器を流しに運びながら言った。

「お母さん、キッチン借りるね!」

 いつにない早口でそれだけ言うと、返事を待つことなく材料をキッチンカウンターへと並べ始めた。

 お母さんたちの、また始まったとでも言うような視線が少しだけ気になったけれど、こうしちゃいられない。
 この感覚を忘れないうちに、試作品2号仕上げなければ!

 作業をしながら、最近の大路君のお気に入りだという邦楽を鼻歌交じりに歌う。
 二度試作品を仕上げているため、シュー生地とクリームを仕上げるまで、手間取ることなく一気に終えることが出来た。

 でもクリームに加える刻んだチョコレートには、アクセントを加えるために少しだけビターなものを足すことに。

 あとはこのラズベリージャムの酸味が、チョコレートクリームにうまくはまってくれたら……。

 少し緊張しながら、半分に切り分けた生地に丁寧にジャムを塗っていく。
 でもこれはあくまでも味を確認するための試作品なので、あえてスワン型にすることなくシンプルな形状に仕上げた。

 ちょっとドキドキしながら、完成したシュークリームを口へと運ぶ。
 するとそれは適度な酸味とわずかなほろ苦さ、そして甘みが混じり合い、口内で見事なハーモニーを奏でた。
 
「お母さんたちも、食べてみて!」

 完成したシュークリームを皿に取り、試食を促す。
 するとそれを口にした母親と妹は、特に何かコメントをするでもなく、ただ蕩けそうなほど幸せそうに笑ってくれた。

 それを見て、確信した。……このシュークリームはやっぱり、僕史上最高の仕上がりに違いないと。

 カウンター状にお行儀良く並ぶ、6個分のシュー生地とクリーム。
 準備したボックスに形良く収めるには、2個多い。

 そのため4羽分だけスワン型に仕上げて、残りの2個は普通のシュークリームの形状のままいつものように保冷剤と共に袋に収めた。

 そして待ち合わせの時間の少し前に家を出て、先に太陽の家に寄り余ったシュークリームを彼の家族に託し、約束の場所である大路君の自宅へと向かった。

***

 家族は留守にしがちだという彼の家を訪れる回数も、もはや数え切れないほどになった。
 だけどインターホンを押すこの瞬間は、彼だけしかいないと分かっていても、やっぱりいまだにちょっとドキドキしてしまう。
 
『ピンポーン!』

 インターホンのボタンを押すと、すぐにガチャガチャと鍵を開ける音がして、笑顔の大路君が顔を覗かせた。

「こんにちは、大路君。お邪魔します」

「うん、いらっしゃい理人。……待ってた」

 約束の時間ほぼぴったりに着いたはずなのに、中に入るなり彼は僕のことを強く抱き寄せ、耳元で囁くように言った。

 だけどそのせいで僕はまたしてもあっという間にテンパり、アワアワとわけの分からない言葉にすらならない声を口にしながら震える手を彼の背中に回してぎゅっと抱きついた。

 軽く触れるだけの、優しいキス。でも彼の唇は、すぐに僕から離れていってしまった。……それが、少しだけさみしい。
 そしてそんな風に僕が感じているのを、大路君はすぐに気付いてしまったようだ。

「何? その顔。……もしかして、物足りなかった?」

 ふにふにと唇を親指で弄びながら瞳を見つめたまま聞かれ、真っ赤であろう顔のまま慌ててブンブンと首を振る。
 すると大路君はクスクスとおかしそうに笑い、動揺しまくりな僕から体を離してくれた。

「なんだ、残念。でもまぁ、いっか。時間は、まだまだたっぷりあるしな?」

 チュッと唇にもう一度口付けて、それから彼は何事もなかったみたいに続けた。

「今日は俺の両親、バレンタインデートで遅くなるってさ。だから、いっぱい一緒に居られるな?」

 ニッと悪戯っぽく笑うその表情の、色気が凄まじい。
 くるりと向きを変え、リビングに向かって歩き始める大路君。  
 いつもならここで僕は赤ベコみたいに赤い顔のままただコクコクと何度も頷くだけだが、今日は決めたのだ。
 ちゃんと思っていることを、彼に全部伝えようって。
 だから頑張って笑顔を返し、素直に感じたことを言葉にした。

「う、うん。そっか。……嬉しい」

 ハッとしたように振り返った大路君の、ハーフアップに緩く結われた金色の髪が揺れた。