「おー、ありがとな! スッゲェいい匂い……」
袋をそっと開き、その中身を確認する太陽。それから彼は、ちょっと意外そうに言った。
「あれ? 意外とシンプルだな」
太陽に手渡したのは、シュークリームが入った袋。しかしあくまでもこれは、試作品だ。
それにいくら試作品とはいえ、大路君より先に太陽に完成品を食べてもらうのは、なんとなく違う気がした。
なのでバレンタイン当日に大路君に贈る予定のものとは、デザインが全く違う。なのでちょっと苦笑して答えた。
「うん。大路君に渡すのには、もっとちゃんとデコったのを渡す予定!」
すると太陽は呆れたように笑い、それから軽く肩をすくめて見せた。
「へいへい、さようでございますか。まぁいいや、味の感想は、またDMするわ」
「うん、よろしくね。それと、こちらこそいつもありがとう」
***
『今日のチョコシュー! あれ、何!? マジでうまかったんだけど。完成形じゃないって言ってたけど、クオリティヤバかった。シュー生地がサクサクなのはもちろん、中のクリーム!! 本番にもし余りが出来たら、オネシャス』
この日の夜に届いた、太陽からのメッセージ。それはいつもながら大絶賛の嵐で、ちょっと照れくさい気もしたが勇気と自信を僕に与えてくれた。
だけどこんな風に、余りが出たら欲しいとまで言わしめたことはあまりない。
そのため僕は、確信した。……これ、僕史上最強のシュークリームが爆誕してしまったのでは?
しかも太陽が言っていたように、あれはまだ完成形ではない。
見た目をデコるのは勿論のこと、中のクリームにもさらなる工夫を加えるつもりだ。
スイーツが大好きで、りとるマニアな大路君。彼が蕩けそうな顔で笑うのを想像しただけで、またしても表情筋がだらしなく緩むのを感じた。
だけどこうやって、ニヤけている場合じゃない!
さらなる改良を加えるために、買ってきた材料をキッチンカウンターに並べていく。
シュー生地に関しては、大路君の大好物ということもあり、幾度となく修整を加えてきた。
そしてスワン型に仕上げるために、古い洋菓子の作り方の本も図書館から借りてきた。
ちなみにこの本は1982年製本になっているため、僕らが生まれるよりもずっと前に売り出されたものだ。
だけどシュークリームの他にも気になるレシピがたくさんあったので、多少値が張ったとしてもそのうち手に入れたいと考えている。
本当に、お菓子作りと言うのは奥が深い。だってこんなにも古いレシピ本からも、学ぶべきところがたくさんあるのだから。
先人の知恵に感謝しながら、確認のためページをめくる。
そしてかなりの歳月、たくさんの人の手を通り過ぎてきたはずの本なのに、そこまで劣化していないように感じるのはきっとみんなが大切にこの本を読んできたおかげだろう。
やっぱりスイーツ作りが好きな人に、悪いやつはいないのだ。
僕も絶対に汚したくなかったから、本は後ろの棚に立てかけての作業手順の確認。
水とバター、グラニュー糖と塩を少々。
それらを小鍋に入れて火にかけ、沸騰したらそこにふるいにかけた小麦粉を加えてゴムベラで丁寧に混ぜていく。
生地が滑らかになり、パチパチと焼けるような音がしてきたら火から下ろし、ボウルに移して溶き卵を少しずつ加えながら丁寧に撹拌を。
ハンドミキサーを使っても別にいいのだけれど、僕はこの作業もとても好きだしこの方がおいしく仕上がるような気がする。
そのため僕は、いつも自らの手でするようにしている。
こうして仕上がったシュー生地を絞り金を使って天板の上に絞り、残しておいた生地をさらに細い絞りを使ってS字型に絞り出した。
あらかじめ温めておいたオーブンに入れ、焼き上がりを待つ間に今度はクリーム作りに手を付けることにした。
いつもは彼も好きだと言ってくれたカスタードと生クリームの2種類を使いダブルシューにするところだが、今回はバレンタイン用の特別仕様なのだ。
生クリームに砂糖を加え、泡立て器を使って丁寧に泡立てていく。
最初はただの液体だったはずのものが徐々に硬く、重くなっていく感覚。
それはあっという間にクリーム状になり、泡立て器を上に上げると、ツンと綺麗な角が一本立ち上がった。
いつもよりも少しお高い生クリームを買ったため、これだけでも充分なくらい美味しいはずだが、あれだけ大路君がバレンタインを楽しみにしてくれていたのだ。
チョコレートは、絶対に入れたい!
湯煎して溶かしたチョコレートを、少しずつ加えて溶かしていく。
でもそれだけだと普通過ぎるから、そこにわざと粗く刻んだチョコレートを加えて食感を足した。
完成したクリームを泡立て器で少し取り、味を確認する。
……うん、我ながら美味しい。かなりいい感じなのでは?
こうしてクリームを準備している間に、オーブンが焼き上がりを告げる軽快な音楽を奏でた。
オーブンの扉を開けるとそこには、綺麗なキツネ色にふっくらと焼き上がったシュー生地がお行儀良く並んでいる。
S字型に焼き上げた生地の方も、いい感じに上がったようだ。
これがスワンの顔と首部分になるのだと思うと、完成前の今からワクワクが止まらない。
ケーキクーラーで冷ましてから、生地をまずは横半分に。さらに上半分を縦に切り分けた。
そして下側にクリームを絞り、先ほどあらかじめ切っておいた生地を翼に見立てて並べ、真ん中に顔となるS字型の生地を刺すと、それは愛らしい一羽のスワンへと姿を変えた。
完成したシュークリームは、本当に完璧に近いものだと思う。
これでも大路君は、きっといつもみたいに青い瞳を
キラキラと輝かせて喜んでくれるはずだ。
……でもちょっと、インパクトが足りないんだよな。
バレンタイン当日まで、残すところあと一日。
今夜もまた試行錯誤を重ねた結果、寝不足のまま朝を迎えてしまったのだった。
***
「おはよう、理人!」
教室に入ると、彼はいつもみたいにすぐに僕に気付いて手を振ってくれた。
それが嬉しくて、僕も笑顔で答えた。
ちなみに彼は最近僕のことを、佐藤ではなく理人と呼んでくれている。
それがとても嬉しいと感じながらも、僕の方はなんとなく恥ずかしくて、彼のことをまだ名前では呼べていないというのが現状だ。
「おはよう、大路君」
笑顔で答えたつもりだったけれど、彼は怪訝そうに眉根を寄せた。
「もしかして、体調悪い? 熱は……、うん。なさそうか」
当たり前みたいに僕の額に触れる、彼の大きな手のひら。
熱はないはずだけれど、こんなことをされたら、一気に顔が火照って赤くなるのを感じた。
「悪くないよ、全然平気! 元気。元気だから! ただちょっと、寝不足なだけで」
まだ真っ赤であろう顔のまま答えると、彼はちょっと不機嫌そうに告げた
「寝不足って……。また夜遅くまで、起きてたのかよ。ちゃんと寝ないとダメじゃん」
大好きな大路君に叱られて、しょんぼりとうなだれる僕。
すると彼はフゥと小さく息を吐き、ワシワシと僕の頭を撫でながら優しく笑ってくれた。
「怒ってるわけじゃないから。ただ心配なだけ」
付き合うようになってから、何度も繰り返されてきたやり取り。
だけどいまだに僕はドキドキしてしまい、中々慣れることが出来ない。
なので真っ赤であろう顔のまま、ただコクコクと頷いた。
すると彼はちょっと意地悪く片方の口角を上げて、僕にだけ聞こえるくらいの声で耳元でささやいた。
「かーわい♡ けどそういう顔は、俺の前だけにして」
「んっ……! 大路君……!」
それに驚き、抗議の声をあげようとしたのだけれどそこで担任の先生が教室に入ってきたせいで、ククッと悪戯っぽく笑って大路君は席へと戻っていってしまった。
袋をそっと開き、その中身を確認する太陽。それから彼は、ちょっと意外そうに言った。
「あれ? 意外とシンプルだな」
太陽に手渡したのは、シュークリームが入った袋。しかしあくまでもこれは、試作品だ。
それにいくら試作品とはいえ、大路君より先に太陽に完成品を食べてもらうのは、なんとなく違う気がした。
なのでバレンタイン当日に大路君に贈る予定のものとは、デザインが全く違う。なのでちょっと苦笑して答えた。
「うん。大路君に渡すのには、もっとちゃんとデコったのを渡す予定!」
すると太陽は呆れたように笑い、それから軽く肩をすくめて見せた。
「へいへい、さようでございますか。まぁいいや、味の感想は、またDMするわ」
「うん、よろしくね。それと、こちらこそいつもありがとう」
***
『今日のチョコシュー! あれ、何!? マジでうまかったんだけど。完成形じゃないって言ってたけど、クオリティヤバかった。シュー生地がサクサクなのはもちろん、中のクリーム!! 本番にもし余りが出来たら、オネシャス』
この日の夜に届いた、太陽からのメッセージ。それはいつもながら大絶賛の嵐で、ちょっと照れくさい気もしたが勇気と自信を僕に与えてくれた。
だけどこんな風に、余りが出たら欲しいとまで言わしめたことはあまりない。
そのため僕は、確信した。……これ、僕史上最強のシュークリームが爆誕してしまったのでは?
しかも太陽が言っていたように、あれはまだ完成形ではない。
見た目をデコるのは勿論のこと、中のクリームにもさらなる工夫を加えるつもりだ。
スイーツが大好きで、りとるマニアな大路君。彼が蕩けそうな顔で笑うのを想像しただけで、またしても表情筋がだらしなく緩むのを感じた。
だけどこうやって、ニヤけている場合じゃない!
さらなる改良を加えるために、買ってきた材料をキッチンカウンターに並べていく。
シュー生地に関しては、大路君の大好物ということもあり、幾度となく修整を加えてきた。
そしてスワン型に仕上げるために、古い洋菓子の作り方の本も図書館から借りてきた。
ちなみにこの本は1982年製本になっているため、僕らが生まれるよりもずっと前に売り出されたものだ。
だけどシュークリームの他にも気になるレシピがたくさんあったので、多少値が張ったとしてもそのうち手に入れたいと考えている。
本当に、お菓子作りと言うのは奥が深い。だってこんなにも古いレシピ本からも、学ぶべきところがたくさんあるのだから。
先人の知恵に感謝しながら、確認のためページをめくる。
そしてかなりの歳月、たくさんの人の手を通り過ぎてきたはずの本なのに、そこまで劣化していないように感じるのはきっとみんなが大切にこの本を読んできたおかげだろう。
やっぱりスイーツ作りが好きな人に、悪いやつはいないのだ。
僕も絶対に汚したくなかったから、本は後ろの棚に立てかけての作業手順の確認。
水とバター、グラニュー糖と塩を少々。
それらを小鍋に入れて火にかけ、沸騰したらそこにふるいにかけた小麦粉を加えてゴムベラで丁寧に混ぜていく。
生地が滑らかになり、パチパチと焼けるような音がしてきたら火から下ろし、ボウルに移して溶き卵を少しずつ加えながら丁寧に撹拌を。
ハンドミキサーを使っても別にいいのだけれど、僕はこの作業もとても好きだしこの方がおいしく仕上がるような気がする。
そのため僕は、いつも自らの手でするようにしている。
こうして仕上がったシュー生地を絞り金を使って天板の上に絞り、残しておいた生地をさらに細い絞りを使ってS字型に絞り出した。
あらかじめ温めておいたオーブンに入れ、焼き上がりを待つ間に今度はクリーム作りに手を付けることにした。
いつもは彼も好きだと言ってくれたカスタードと生クリームの2種類を使いダブルシューにするところだが、今回はバレンタイン用の特別仕様なのだ。
生クリームに砂糖を加え、泡立て器を使って丁寧に泡立てていく。
最初はただの液体だったはずのものが徐々に硬く、重くなっていく感覚。
それはあっという間にクリーム状になり、泡立て器を上に上げると、ツンと綺麗な角が一本立ち上がった。
いつもよりも少しお高い生クリームを買ったため、これだけでも充分なくらい美味しいはずだが、あれだけ大路君がバレンタインを楽しみにしてくれていたのだ。
チョコレートは、絶対に入れたい!
湯煎して溶かしたチョコレートを、少しずつ加えて溶かしていく。
でもそれだけだと普通過ぎるから、そこにわざと粗く刻んだチョコレートを加えて食感を足した。
完成したクリームを泡立て器で少し取り、味を確認する。
……うん、我ながら美味しい。かなりいい感じなのでは?
こうしてクリームを準備している間に、オーブンが焼き上がりを告げる軽快な音楽を奏でた。
オーブンの扉を開けるとそこには、綺麗なキツネ色にふっくらと焼き上がったシュー生地がお行儀良く並んでいる。
S字型に焼き上げた生地の方も、いい感じに上がったようだ。
これがスワンの顔と首部分になるのだと思うと、完成前の今からワクワクが止まらない。
ケーキクーラーで冷ましてから、生地をまずは横半分に。さらに上半分を縦に切り分けた。
そして下側にクリームを絞り、先ほどあらかじめ切っておいた生地を翼に見立てて並べ、真ん中に顔となるS字型の生地を刺すと、それは愛らしい一羽のスワンへと姿を変えた。
完成したシュークリームは、本当に完璧に近いものだと思う。
これでも大路君は、きっといつもみたいに青い瞳を
キラキラと輝かせて喜んでくれるはずだ。
……でもちょっと、インパクトが足りないんだよな。
バレンタイン当日まで、残すところあと一日。
今夜もまた試行錯誤を重ねた結果、寝不足のまま朝を迎えてしまったのだった。
***
「おはよう、理人!」
教室に入ると、彼はいつもみたいにすぐに僕に気付いて手を振ってくれた。
それが嬉しくて、僕も笑顔で答えた。
ちなみに彼は最近僕のことを、佐藤ではなく理人と呼んでくれている。
それがとても嬉しいと感じながらも、僕の方はなんとなく恥ずかしくて、彼のことをまだ名前では呼べていないというのが現状だ。
「おはよう、大路君」
笑顔で答えたつもりだったけれど、彼は怪訝そうに眉根を寄せた。
「もしかして、体調悪い? 熱は……、うん。なさそうか」
当たり前みたいに僕の額に触れる、彼の大きな手のひら。
熱はないはずだけれど、こんなことをされたら、一気に顔が火照って赤くなるのを感じた。
「悪くないよ、全然平気! 元気。元気だから! ただちょっと、寝不足なだけで」
まだ真っ赤であろう顔のまま答えると、彼はちょっと不機嫌そうに告げた
「寝不足って……。また夜遅くまで、起きてたのかよ。ちゃんと寝ないとダメじゃん」
大好きな大路君に叱られて、しょんぼりとうなだれる僕。
すると彼はフゥと小さく息を吐き、ワシワシと僕の頭を撫でながら優しく笑ってくれた。
「怒ってるわけじゃないから。ただ心配なだけ」
付き合うようになってから、何度も繰り返されてきたやり取り。
だけどいまだに僕はドキドキしてしまい、中々慣れることが出来ない。
なので真っ赤であろう顔のまま、ただコクコクと頷いた。
すると彼はちょっと意地悪く片方の口角を上げて、僕にだけ聞こえるくらいの声で耳元でささやいた。
「かーわい♡ けどそういう顔は、俺の前だけにして」
「んっ……! 大路君……!」
それに驚き、抗議の声をあげようとしたのだけれどそこで担任の先生が教室に入ってきたせいで、ククッと悪戯っぽく笑って大路君は席へと戻っていってしまった。


