「ばあちゃん! 今日は家からちりめんじゃこを持ってきたよ!」
「あらぁいいわねぇ。私もきょうはとびっきりの具材があるの、北海道の市場から取り寄せたタラコよ」
「うおおお! すげぇ、これはみんな喜ぶ!」
おばあさまと悠さんがお米を鍋で炊こうとしている。私は料理ができないので、食堂で楽しそうにしているふたりをただ眺めていた。
好きな人が料理している姿を見れるなんて感無量である。悠さんがなぜこのお屋敷に来て料理をしているのか理由はわからないけれど、別に理由なんてどうだっていい。彼の若い頃に会えたのだ。おばあさまとどういった関係か気になるけれど、今は余計な口を挟まず悠さんの行動一つ一つを目に焼き付けるのだ。
願わくば悠さんのお手伝いをしたい。しかし私は料理ができない。鍋どころか炊飯器でお米を炊くこともできないため、手伝おうとしてもお荷物になること確定だ。この日のために家庭科をもっと真面目に勉強すべきだった。
「芽深ちゃん。あなたも参加しましょう」
「い、いやぁ大丈夫です……。本当に料理したことがなくて……。なにがなんだかわからないです……」
「あらまぁ。それなら今、ご飯の炊き方を覚えましょう!」
「お姉さん料理できないの! じゃあちびっ子たちとおにぎり教室に参加しなよ!」
悠さんに笑顔でお姉さんと呼ばれて、心が一瞬にして幸福感でいっぱいになる。そうか、今は私より悠さんのほうが年下なのか。
……まて、悠さんは二○○七年に中学生だったから、二○二五年では三十歳を超えていることになる。え、三十代なの⁉ 勝手に二十代半ばくらいの男性だと思い込んでいた。
「芽深ちゃん、そんなに驚いた顔してどうしたの」
「お姉さん、おにぎり教室に参加しようぜ!」
「あ、いやすみません。諸事情あって驚いたんです……。あとおにぎり教室ってなんですか――」
「ドンドンドンドン!」
悠さんの年齢とおにぎり教室という謎の存在に困惑していたら、突然扉を強く叩く音が聞こえてきた。
ドンドンと鳴る音はとても大きくて、思わず心臓が飛び出そうになった。怖い人がお屋敷に押しかけてきたのかと思い、非常に焦ってしまう。
「おばあちゃんー!」
「きたよー!」
「おにぎり作るよー!」
「ランドセルにふりかけ入ってるよー!」
悠さんよりさらに幼い声が玄関から聞こえる。子どもが複数人外にいるらしい。どうやら悪い人ではないみたいだ。いや、待てよ。幼いからといって、油断してはいけない。彼らは幼いふりをした悪の組織の幹部という可能性もある―
「芽深ちゃん、玄関開けて!」
「わ、わかりましたー!」
馬鹿なことを考えていたら、おばあさまに声をかけられ正気に戻った。急いで玄関へ行き、再び鍵を解錠する。
扉を開けると、
「こんにちはー! おにぎりを作りに来ましたー! お姉さんだぁれ?」
小学生と、幼稚園児が合わせて五人いた。みんな悪の組織の幹部ではなさそうに見えた。
しかし、油断してはいけない。
「おばあさまの言う『楽しいこと』って、おにぎり教室のことだったんですね」
「そうよ。毎週金曜日の夕方に、ここで子どもたちとおにぎりを作っているの。同じ竈の飯をみんなで食べる。これ以上に楽しいことなんてないわ」
「ちびっ子五人がおにぎり教室の生徒で、俺とばあちゃんと湖(こ)雪(ゆき)さんの三人が先生になって、美味しいおにぎりの作り方をみんなに教えているんだ」
どうやら、共働きで親の帰りが遅い子や家があまり裕福でない子、特別な理由はないけれど、みんなでおにぎりを食べたい子がこのおにぎり教室に参加しているらしい。今で言うこども食堂みたいなものなのかな?
「よーし! みんなおにぎりを握るぞー!」
炊きあがったご飯を、しゃもじで底から丁寧に混ぜた悠さんがそう言うと、ちびっ子たちから歓声が上がる。
「みんな、ご飯を配るから、お皿を持って一列に並べよー」
「はーい」
三角巾やエプロンを身につけたちびっ子たちが一列に並ぶ姿は、なんとも愛らしかった。ひよこの行列みたいだ。
悠さんはちびっ子たちのお皿に手際よくご飯を分けた。最後に真梨花と呼ばれる幼稚園児の女の子にご飯を分ける。
「よしちびっ子は真梨花で最後だな。残りはお姉さんとばあちゃんと俺と……湖雪さんの四人に分ければいいんだな。ばあちゃん、今日湖雪さん来るかなぁ」
「きっと来るわよ。湖雪ちゃんはあんまり口には出さないけれど、おにぎり教室を楽しんでいるから」
「えーそれ本当! 湖雪さん楽しんでるって!」
「おばあさま、湖雪さんって誰ですか?」
「おにぎり教室に来ている女の子よ。あなたと同じ高校生なの」
「高校生の女の子ですか」
「そうよ。確か高校二年生って言ってたわねぇ」
私と同い年だ。二○二五年二月に高校二年生である私と、二○○七年十一月で高校二年生である湖雪さんとは役十八年の差があるが、タイムスリップした今だけは同級生である。
湖雪さん。綺麗な女性を想像させる名前だ。悠さんと仲はいいのだろうか。なんだか嫌な予感がする……。
「すみません」
湖雪さんの存在に勝手に怖がっていた丁度そのとき、玄関から落ち着いた声が聞こえてきた。まさか……この綺麗な声の持ち主が湖雪さんなんじゃ――
「湖雪さんだ!」
悠さんが嬉しそうにつぶやく。湖雪さんの声を聞いた瞬間とろけるような笑顔を浮かべるなんて……。心臓がチクリと痛む。
「芽深ちゃん何度もごめんねぇ。鍵を開けてもらえる?」
「わかりましたー」
悠さんの反応を見るに、湖雪さんはとても素敵な女性なんだと察した。
楽しかったはずのおにぎり教室が、急につまらなくなってしまった。湖雪さんのことが疎ましくて仕方がない。
来ないでほしいと思いながら鍵を解錠し、お屋敷の扉を開けると、
「遅くなってすみません。あなたはおばあさまのお孫さん?」
――扉の向こうには、美少女がいた。
艶やかに輝く黒髪と、意志の強さを表す妖しげな瞳。果汁がじゅわっと染まったような唇に、ニキビも毛穴もないけれど、少し不健康さも感じさせる白い肌。守りたいと思わせるような華奢な体には人を簡単には近づかせないオーラを纏っていて。湖雪さんは、同級生とは思えないほど垢抜けた、憧れのお姉さんみたいな孤高の美少女だった。
目の前に自分の美貌に見惚れている人間がいるというのに湖雪さんは冷静で、私のことを特に気にすることなく話しかけてくれた。
「あれ、この制服、ちょっと遠い高校のやつだよね。名前はわからないけど」
「あ、はい。そ、そうです。人間関係をリセットしたくて、と、遠い高校を選びました。」
「あは。わかる。私も人間関係リセットしたくて、地元じゃない高校選ぼうとしたの。でも家が貧乏だから、自転車で通える範囲の高校にしか行けなかった」
寒いからなか入るね、と言い、湖雪さんはスタスタと食堂へ歩いていった。
湖雪さんが横切ったとき、シャンプーの匂いがした。信じられないほどいい匂いだった。
明らかに悠さんは湖雪さんに恋をしている。
悠さんは湖雪さんのことしか見えてない。本当に、ずっとずっと湖雪さんだけをとろけるような瞳で見つめている。
私のことなんて見えていない、こっちを振り向いてくれない。あなたに振り向いてほしくて、幼稚園児の真梨花ちゃんと一緒に大きな声で『恋のメガラバ』を歌いながらおにぎりを作っているというのに、歌を気にすることなく湖雪さんだけをずっと見つめている。恋をすると、周りの雑音なんて気にする余裕はなくなるのだ。
湖雪さんは、綺麗で、いい匂いがして、同級生に混ざると浮いてしまうくらい大人っぽくて、なのに少し幼さも残っている。つまりは危うさのある美少女だった。
私はクラスに馴染めない「ぼっち」だけれど、湖雪さんはクラスに馴染めない「孤高の美少女」である。あの子は綺麗だけど性格悪いよ、とか、俺たちみたいなクラスの男は嫌いなくせに、年上の男とは毎日朝まで遊んでいる、みたいなくだらない悪口を四六時中言われて、しょうもない同級生と群れるよりひとりでいることを選ぶような、そんな人だ。
周りを性悪モブ女と雑魚モブ男に変えるヒロイン力のある女の子、それが湖雪さんである。
そしてそんな湖雪さんに、悠さんは恋をしている。
私は、小さくため息をついた。
もう、心の中は大荒れだ。湖雪さんの存在に、感情がぐちゃぐちゃになっている。
好きな人の想い人で、クラスメイトと群れない強さのある湖雪さんに、思わず意地悪をしたくなる。それほど彼女の存在が私の心をかき乱している。
しかし、湖雪さんに意地悪なんかしたら、私も性悪モブ女になってしまう。
私は、湖雪さんみたいな美少女ではないけれど、それでも人生の主人公兼ヒロイン兼でいたいのだ。湖雪さんの悪口なんかで人生の主役から、名も無き性悪モブ女に成り下がるなんてことはしたくない。絶対にしたくない……。
いくら湖雪さんのことを妬ましく思っても、絶対に悪口を言ってはいけないし、意地悪なこともしないと心の中で誓った。湖雪さんの悪口を言った瞬間、私の人生の主人公兼ヒロインは、私ではなくなってしまう。
ちらりと湖雪さんの方を見ると、悠さんに笑顔で話しかけられても目も合わせず、投げやりな返事をしていた。そんな湖雪さんの姿を見て、悲しみや怒りや憎しみが混ざったヘドロのような感情が生まれてしまう。ヘドロは重くて汚くて、この感情が胸に渦巻いているのが苦しくて仕方がなかった。嫌だ、楽になりたい、湖雪さんに意地悪して楽になりたい……。そんなことしたらダメだ、心の中で誓ったばかりなのに……。
なんとか一刻も早くこの苦しみから解放されることを願い、おにぎりを作ることに集中した。
「……ごちそうさまでした」
真梨花ちゃんと『恋のメガラバ』を歌い続けることで気を逸らし、なんとか胸に渦巻く苦しみから耐えきった。現在、おにぎりと一緒におばあさま特製の身も心も沁みる具材たっぷりの豚汁を食べ終わったところだ。
「ねーまだ食べ終わらないのー?」
豚汁とおにぎりを食べ終わった男の子が、食べるのが遅いおばあさまや真梨花ちゃんに怒っているようで、早く食べ終わるようにせかしている。
「ごめんねヤマトくん。ばあちゃん食べるの遅くて。ばあちゃんたちが食べ終わるまで、悠くんの部屋へ行って遊んでもいいいのよ」
「わーい! ユウくんの部屋!」
「悠くん、ヤマトくんを連れて行ってもらってもいい?」
「あー、えっと……。わ、わかりました!」
歯切れの悪い返事だ。悠さんは、ヤマトくんとおばあさま、そして湖雪さんを代わる代わる見ていた。
ヤマトくんを部屋に連れていったら、湖雪さんと一緒にいられない。悠さんは少しでも長く湖雪さんの隣にいたいみたい……。
「あ、あの。私がヤマトくんを部屋に連れていきましょうか?」
悠さんとおばあさまが驚いた顔をしてこちらを見た。
悠さんと湖雪さんが離れるチャンスであるというのに、あまりにも湖雪さんの隣にいたい悠さんを見たら、私が行きます、と思わず口に出していた。
「あらぁ芽深ちゃん、有難いことを言ってくれるわね。悠くん、悠くんの宝箱に芽深ちゃんが入っても大丈夫よね?」
「ぜんぜん大丈夫です! すみませんお姉さん、俺の代わりにヤマトを連れてってもらって!」
悠さんは、とんでもなく明るい笑顔でそう言った。ひどいと思った。私のことを好きでもないくせに、こんなにも甘い顔で笑いかけるなんて。私のこと好きなんだと勘違いさせるような、そんな顔向けないでよ。
「芽深ちゃん、ヤマトくんをよろしくね。悠くんの部屋はね、さっき掃除をしてくれたときに入っちゃダメって言われた部屋があったでしょ? そこよ」
「俺の部屋は、俺が許可した人しか入っちゃいけない宝箱なんだよ」
「あ、あそこが悠さんの部屋であり宝箱? なんですか」
「部屋に入ったら宝箱の意味がわかるわ」
「お姉さん、俺の部屋は秘密の宝箱だからね! 家族にも友達にも先生にも内緒だよ」
言われなくてもあなたの部屋のことを誰かに話す機会はない、と思いつつヤマトくんを悠さんの部屋まで連れていった。
「失礼します……」
扉を開けると、悠さんの部屋には大量の少年誌が所狭しと並べられていた。毎週月曜日に発売される、有名な分厚い漫画雑誌である。大きな本棚に並べられた漫画本は圧巻の風景だ。
本棚には入りきらず平積みされているのもあり、試しに一冊取ってみると色んなキャラクターが変顔をしていて、太字で「二○○五年、春の読者プレゼント」と書いてあった。
二年も前のものをまだ残している。一冊がただでさえ分厚いのに、こんなにコレクションしてどうするのか不思議に思う。しかしパラパラとページをめくるたびに、様々な漫画家の画力の高い絵が見えたので、捨てずに残しておく気持ちをもわかるな、と思い直した。
振り返ると、ヤマトくんは夢中になって漫画を読んでいた。ああ、確かにこの部屋は宝箱だ。こんなに漫画が揃っているなんて。本棚をよく見ると、少年漫画だけではなく、人間の女の子とうさぎとパンダとくまが表紙の少女漫画も置いてあった。
私もなにか読もうと思い、部屋にある漫画を物色していたら、ブラウン管テレビがあることに気づいた。私が生まれる前の時代を知りたいと思ったので、リモコンを探してテレビをつける。
「うわ。また襟足だ」
テレビをつけると、襟足を伸ばした男性たちが、キラキラのまぶしい笑顔で歌を歌っていた。時代を感じる容姿をしているけれど、イケメンのアイドルグループだ。
アイドルは、毎日を頑張って生きる社会人を応援する歌を歌っていた。衣装はスーツでサラリーマン風のスタイリングをしているが、こんなにイケイケでチャラチャラしたサラリーマンは実際には存在しない。
かっこいい人たちがアップテンポな曲調の音楽を、ノリノリでテンション高めに歌っている。ほかのメンバーがカッコつけてるときでも、ずっとニコニコしている人がいて、見ていて自然に口角が上がった。
夢中になってアイドルを見ていたが、パフォーマンスはすぐに終わってしまった。もう少し見たかった、と思いつつテレビを消すと、ふと壁に貼られている一枚のポスターが目に入る。
「あれ……。これって」
ゲームが原作のアニメ映画のポスターだ。沢山のキャラクターが描かれている中、私の好きなペンギンのキャラクターも小さく、女の子の腕にちょこんと乗っている姿が描かれていた。なんとも可愛らしい。
現代に戻ったらこの映画を見よう。たぶん映画見放題のサブスクで配信されているよね。タイトルを忘れないようにメモしておかないと。
その後もウキウキの気分で部屋の探索をしていると、さらなるお宝を発見したので思わずその場で小躍りをしていたら、お屋敷中に響き渡る大絶叫が聞こえてきた。おばあさまと真梨花ちゃんがおにぎりを食べ終わったことを、部屋にいる私たちに伝える悠さんの声だ。
「お姉さんー! ヤマトー! 戻ってこーい! おにぎりみんな食べ終わったー!」
「了解です! すぐ行きまーす! いぇい!」
私は今までの人生で一番の大声を出して返事をした。
「なんかお姉さん元気だねー!」
悠さんがそう言ったので、そうです。お姉さんもアイドルになったつもりで元気よく返事しました、と心の中でつぶやいた。
「みんな気をつけて帰りましょう」
おばあさまがそう言うと、はーいとちびっ子たちは手を挙げた。
おにぎり教室が終わり、悠さんと湖雪さん、そしてちびっ子たちは集団で家に帰った。日が暮れた時間に怪しい森をひとりで抜けるのは危険なため、必ず全員一緒に帰るのがおにぎり教室のルールらしい。
おばあさまと私は外に出てお見送りをする。外は思ったより寒くて、子どもたちが風邪をひかないか少々心配になった。
悠さんと湖雪さんと子どもたちが、体を寄せ合うように歩き、森の中へ入っていく。その後ろ姿は家族みたいで、私は胸が痛くなりながらも、お似合いのふたりの後ろ姿を見えなくなるまで眺め続けた。
「みんなも家に帰ったし、中に入りましょ」
「そうですね……。うわ、今強い風が吹いた。寒い」
寒い寒いと言いながらお屋敷に戻ると、先ほどから気になっていたことをおばあさまに尋ねた。
「あの、なぜこのお屋敷に悠さんの部屋があるのですか? 悠さんとおばあさまはどのようなご関係で?」
「悠くんとはね、今から二年前くらいかしらねぇ……。森の入り口の公園で出会ったのよ」
「あのブランコとベンチしかない淋しい公園で?」
「そうそう。その公園でばあちゃんは悠くんと会ったのよ。悠くんはブランコに泣きながら座っていたの」
「え、そうなんですか」
「そうよ。私は悠くんを慰めたくて、カバンの中にあったコーラのキャンディをあげたの。悠くんは悲しいはずなのに、ちゃんと私の目を見てありがとうございます、と言ってくれたのよ」
「それが、おふたりの出会い……」
「コーラのキャンディをあげた次の日も、悠くんは公園にいて。お腹がぐぅぐぅ鳴っている悠くんを見たら、ばあちゃん居ても立っても居られなくて、お屋敷に招待してご飯をご馳走したのよ。そしたら悠くんはお屋敷に勝手に来るようになったの。分厚い漫画本を持って」
「だから、お屋敷に大量の少年誌が……」
「悠くんは漫画本を持ってきたらここに置いてっちゃうのよ。お屋敷に分厚くて大きい本が溜まりに溜まって、持って帰りなさいって言っているのにぜんぜん持って帰らないから、じゃあ空いている部屋に悠くんの漫画本を詰め込むことになって、あの宝箱ができたのよ」
悠さんの優しさは、おばあさま譲りだった。
昔、おばあさまが落ち込む自分に優しくしてくれたから、悠さん自身も人に優しく接したいと思うようになったのか。だからあの日、ブランコに座って泣いている私を慰めてくれたのか……。
私にコーラのキャンディをあげたとき、悠さんはおばあさまのことを思い出していたのか。私は悠さんしか見えていなかったのに、悠さんは私ではなく、泣いている自分に優しくしてくれた、遠い昔のおばあさまに思いを馳せていたのか……。
あのとき、本当に悲しくて仕方がなかった私を助けてくれた悠さんは、神様みたいに見えた。それなのに、悠さんからしたら、私は悠さんの大切な思い出であるおばあさまのことを思い返すためだけの存在で……。
「芽深ちゃん、唇が紫色よ。今ストーブをつけるわ」
湖雪さんだけじゃなくおばあさまにまで嫉妬して情けない、そんなことを考えつつも、薄暗い感情が胸に渦巻いていた。
