「あっ、あれ?」
公園から出て家に早歩きで帰る中、素っとん狂な声がこぼれた。
ベンチにハンカチを置いてきてしまったことに気づいた。去年の誕生日に大好きなお姉ちゃんがくれた、ハムスターのキャラクターが描かれたハンカチ。とても大切なものだ、急いで取りに帰らないと。
再び公園に戻り、ぼろっちいベンチに駆け寄る。お目当てのハムスターのハンカチはベンチの下に落ちていて、パタパタと少しはたいてからハンカチをポケットにしまうと、
「ちりん」
とかわいらしい鈴の音が聞こえた。
誰もいない公園で、なぜ鈴の音が聞こえてきたのだろう。もしかしたら家の鍵を落としたせいで、鍵に付いている鈴の音が鳴ったのかもしれない。
家の鍵が落ちていないか周囲を見渡す。鍵なんて落としたら家族に大迷惑をかけてしまう。栃木県の穏やかな町だからといって、泥棒に入られない可能性はゼロではない。
早く見つけなくてはいけないと焦り、あたり一面をキョロキョロと捜索していたら、
ふいに、月の光を一身に浴びたように煌めく美しい青年が目に入った。
天使がいる。
私は目の前にいるこの美しい青年が、人間のふりをした天使だと本能で感じた。
背中に翼はない。しかしこいつは天使だと、私の本能がそう言っている。青年の幻想的な麗しさが、翼がなくても地上にいる人間とは違った生き物であるということを物語っていた。
遠くから見ても麗しいことがわかるかんばせに、生きた男性だとは思えない、丹精込めて造られた人形のような身体。ほんの少し赤みがかった黒髪が風に舞う天使は、きっと産声をあげた瞬間から光り輝いていて、その可憐さと純真さから多くの生き物を魅了する少年へと成長し、酸いも甘いも知ることで、どこか哀愁のある青年へと成長したのだろう。
夜の闇が深くなっていくというのに、よりいっそう月の光を浴びて輝く、美しい天使から目が離せない。私と同じく、二足歩行で、目と鼻があって、背中に翼はないのに、丁寧で繊細なその造形はどうしても同じ人間とは思えなかった。
ずっと見ていたいと思わせるような魔力が、人間に翼のない天使にはあった。遠目から見てもきらきらと煌めいているのに、どこか繊細なその美貌に魅了されてしまったのだった。
しかし私の思いと裏腹に、天使は森へ続く小道を駆け抜け、森の中へあっというまに消えていった。赤の他人を惑わせておいて、当の本人はすぐに消えてしまうなんて天使はとても罪深い生き物だ。
「ん……。まった、これは……」
すぐにいなくなってしまった天使を名残惜しく思い、小道をぼんやりと眺めていたら、銀色に光る小さなものが落ちていることに気づいた。近寄って確かめると、なるほどさっきの鈴の音の正体はこれかと理解した。鈴とリボンが装飾された鍵が落ちていたのだ。
「あれ、じゃあこの鍵の持ち主って天使じゃ……」
天使が鍵を落としたことに気づいた瞬間、私はその場から駆け出していた。
落し物を持ち主に届けるために、夜の闇に包まれた森へ入り、天使を追いかける。まるで「不思議の国のアリス」みたいだ。
アリスに追いかけられる白ウサギのように、あの天使も急ぎ足で森へ入りどこかへ消えてしまった。しかし白ウサギというよりは長毛種の猫のような雰囲気を天使からは感じたけれど。
麗しの天使に落し物を届けるために走りだしたとき、心の中で、天使さま、私をどうかアリスのように、不思議の世界へと導いてください――なんて冗談を祈ってみた。
公園から出て家に早歩きで帰る中、素っとん狂な声がこぼれた。
ベンチにハンカチを置いてきてしまったことに気づいた。去年の誕生日に大好きなお姉ちゃんがくれた、ハムスターのキャラクターが描かれたハンカチ。とても大切なものだ、急いで取りに帰らないと。
再び公園に戻り、ぼろっちいベンチに駆け寄る。お目当てのハムスターのハンカチはベンチの下に落ちていて、パタパタと少しはたいてからハンカチをポケットにしまうと、
「ちりん」
とかわいらしい鈴の音が聞こえた。
誰もいない公園で、なぜ鈴の音が聞こえてきたのだろう。もしかしたら家の鍵を落としたせいで、鍵に付いている鈴の音が鳴ったのかもしれない。
家の鍵が落ちていないか周囲を見渡す。鍵なんて落としたら家族に大迷惑をかけてしまう。栃木県の穏やかな町だからといって、泥棒に入られない可能性はゼロではない。
早く見つけなくてはいけないと焦り、あたり一面をキョロキョロと捜索していたら、
ふいに、月の光を一身に浴びたように煌めく美しい青年が目に入った。
天使がいる。
私は目の前にいるこの美しい青年が、人間のふりをした天使だと本能で感じた。
背中に翼はない。しかしこいつは天使だと、私の本能がそう言っている。青年の幻想的な麗しさが、翼がなくても地上にいる人間とは違った生き物であるということを物語っていた。
遠くから見ても麗しいことがわかるかんばせに、生きた男性だとは思えない、丹精込めて造られた人形のような身体。ほんの少し赤みがかった黒髪が風に舞う天使は、きっと産声をあげた瞬間から光り輝いていて、その可憐さと純真さから多くの生き物を魅了する少年へと成長し、酸いも甘いも知ることで、どこか哀愁のある青年へと成長したのだろう。
夜の闇が深くなっていくというのに、よりいっそう月の光を浴びて輝く、美しい天使から目が離せない。私と同じく、二足歩行で、目と鼻があって、背中に翼はないのに、丁寧で繊細なその造形はどうしても同じ人間とは思えなかった。
ずっと見ていたいと思わせるような魔力が、人間に翼のない天使にはあった。遠目から見てもきらきらと煌めいているのに、どこか繊細なその美貌に魅了されてしまったのだった。
しかし私の思いと裏腹に、天使は森へ続く小道を駆け抜け、森の中へあっというまに消えていった。赤の他人を惑わせておいて、当の本人はすぐに消えてしまうなんて天使はとても罪深い生き物だ。
「ん……。まった、これは……」
すぐにいなくなってしまった天使を名残惜しく思い、小道をぼんやりと眺めていたら、銀色に光る小さなものが落ちていることに気づいた。近寄って確かめると、なるほどさっきの鈴の音の正体はこれかと理解した。鈴とリボンが装飾された鍵が落ちていたのだ。
「あれ、じゃあこの鍵の持ち主って天使じゃ……」
天使が鍵を落としたことに気づいた瞬間、私はその場から駆け出していた。
落し物を持ち主に届けるために、夜の闇に包まれた森へ入り、天使を追いかける。まるで「不思議の国のアリス」みたいだ。
アリスに追いかけられる白ウサギのように、あの天使も急ぎ足で森へ入りどこかへ消えてしまった。しかし白ウサギというよりは長毛種の猫のような雰囲気を天使からは感じたけれど。
麗しの天使に落し物を届けるために走りだしたとき、心の中で、天使さま、私をどうかアリスのように、不思議の世界へと導いてください――なんて冗談を祈ってみた。
