メイミィと天使のタイム・トラベル

「イシア強くない⁉」
 おばあさまとお話をした翌日、私は天使たちのいる部屋でゲームをしていた。
 悠さんの部屋に携帯ゲーム機が二台置いてあったので、無断で借りて現在ゲーム大会をしている。
 お互いの秘密基地にある旗を取り合うゲームなのだが、想像以上にイシアが強くて困惑している。
 「やばい! 私の旗がイシアに取られたー! ああ、隠しトラップにひっかかっちゃったし!」
 「メイミィが弱いっていうよりイシアが強いね……」
 「もーやめたやめた! ゲーム終了!」
 「あはは、拗ねちゃった。メイミィがご機嫌斜めになったし別のことしようか。おやつでも食べながら雑談でもする?」
 「別に拗ねてないやい!」
 私はプイっと顔を横に向けた。
 ゲームに負けてご機嫌斜めの私を、ヴェンデルが愉快そうに眺めている。
 「もう、ゲームはやめて夜ご飯までみんなでおしゃべりしよ! おばあさまが作ってくれたおやつを私が持ってくるから、ちょっと待ってて」
 「あ、そうだ。じゃあメイミィ、文字盤も持って来てよ。この前文字盤を見つけたって言ってたよね? イシアに使ってもらおう」
 「正直なこと言っていい? 言葉じゃなくて行動で気持ちを伝えるイシアが可愛いし、まだ文字盤使わなくてもよくない?」
 「メイミィの気持ちもわかるけど、イシアは文字盤使いたいって」
 「わかった。じゃあおやつと文字盤、すぐに取りに行ってくるね」
 「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
 「いや、十秒で取りに行く! いってきまーす!」
 「いってらっしゃい……。いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう、じゅいういち、じゅうに、じゅうさん、お、メイミィ十三秒で帰ってきた」
 「ちょっと遅かったか!」
 私とヴェンデルの掛け合を見て、イシアはニコニコ笑っている。やっぱり屈託のない笑顔が可愛くて不覚にも萌えてしまった。
 「ほい! これが文字盤だよ! こっちはおやつのミルクフランス!」
 「ありがとう……。おい、どうした、大丈夫?」
 ヴェンデルが少し心配そうにイシアの顔を覗く。
 悠さんの部屋から持ってきた文字盤とおばあさま特製のミルクフランスを見せると、イシアは目を輝かせたが、すぐに不安げな表情に変わってしまったのだ。
 自分の気持ちををハッキリと言葉で表すのは緊張してしまうから、イシアは文字盤を見て不安げな表情を浮かべているのだろうか……。
 「文字盤を使いたくないなら、使わなくてもいいんだよ?」
 不安げなイシアに優しく話しかければ、イシアは口パクで「つかう」と言い、恐る恐る私から文字盤をもらうと、五十音が印刷された紙の上でゆっくりと指を動かし始める。
 不安げな表情を浮かべつつも文字盤を使うイシアに、自分の気持ちを私たちに伝えたいという強い意志を感じ、ヴェンデルと私は「大丈夫だよ」「ゆっくりでいいからね」と言葉をかけた。
 「イシアが指した文字を順番に読み上げるね……。えっと、『お・ば・あ・さ・ま』」
 どうやらイシアの話したいことはおばあさまについてらしい。
 おばあさま、の次にはどんな言葉が続くのか気になり、ヴェンデルと私はさらにイシアの指の動きを凝視した。
 「『お・ば・あ・さ・ま・は・ん・に・ん、』え、おばあさま犯人……? どうしたの、イシア」
 「おばあさまが犯人ってどういうこと? 僕らの知らない間にイシアとおばあさまに何かトラブルでもあった?」
 イシアは私たちの戸惑いを見て、複雑そうな表情を浮かべながら指を動かし続ける。イシアの伝えたいことを理解したい私は、次々に指される文字を読み上げた。
 『せ・い・し・ん・び・ょ・う・い・ん』
 『げ・ん・だ・い・せ・い・し・ん・び・ょ・う・い・ん』
 『じ・け・ん・お・こ・し・た・か・ら』
 『に・せ・ん・な・な・ね・ん』
 「おばあさま犯人、現代精神病院、事件起こした、二○○七年……?」
 私がそう言うと、イシアは悲しそうに、それはそれは悲しそうに頷いた。
 おばあさまが現代にこのお屋敷にいないのは、引っ越しをしたからとかお亡くなりになられたとかではなく、二○○七年に事件を起こして精神病院へ入院することになったから……らしい。

 文字盤の上で細い指がぎこちなく動いている。
 『げ・ん・だ・い・で・こ・わ・い・ひ・と・お・や・し・き・に・き・た』
 『ゔ・ぇ・ん・で・る・い・な・い・と・き』
 「現代で怖い人お屋敷に来た、ヴェンデルいないとき」
 「……イシアがひとりでいるときに怖い人が来たの? そういうのはちゃんと俺に言えよ」
 ヴェンデルがひりついた声を出す。
 『か・ぎ・か・け・て・な・い・か・ら・お・や・し・き・に・は・い・り・こ・ん・で・き・た』
 『が・ん・ば・て・お・い・だ・し・た』
 『そ・の・ひ・と・か・ば・ん・わ・す・れ・て・た・な・か・に・ほ・ん・が・あ・っ・た』
 「鍵かけてないからお屋敷に入り込んできた、頑張って追い出した、その人カバン忘れてた、中に本があった」
 自分以外誰もいない家に入った悪い人を追い出すなんて、クリスマスに見る定番映画みたいだ。侵入先にカバンを置き忘れる間抜けさも、映画に出る悪役っぽい。
 その後もイシアは次々に指を動かし、言葉を紡いだ。
 文字盤を使ってイシアが私達に伝えてくれた話を整理すると、こういうことらしい。
 「……えーっと、不法侵入した男が置き忘れた本は、二○○七年に起きた傷害事件を特集したもので『森の奥の屋敷で老女が青年を刺し殺そうとしたが、屋敷を訪れた親子が急いで警察と救急車を急いで呼んだことで、青年は軽い怪我をしただけだった。事件現場には犯人と被害者以外にも二名の少年少女がいて、その後老女はこの事件により精神病院に入院』という内容が掲載されていた。ページの端っこに、おばあさまの写真が小さく載っていたので、初めておばあさまを見た時は本当に怖かった……。これであっている?」
 イシアはこくりと顔を上下に振った
 カバンの中の本とは週刊誌のことだろう。週刊誌を見た過激な都市伝説好きとか、過激なインフルエンサーとか、SNSが大好きな暇人とかが興味本位でこのお屋敷に不法侵入したところを、イシアに追い返されたのか。
 「二○○七年って、今じゃん。でもおばあさまはお屋敷にいるから事件は起こっていないよね。え、これからその事件が起きるの?」
 私たちは二○二五年から二○○七年十一月三十日にタイムスリップをした。このお屋敷で数日を過ごし、今は二○○七年十二月六日のはずだ。
 「事件現場には犯人と被害者以外にも二名の少年少女がいた……」
 事件現場にいた男女とは――悠さんと湖雪さんのことだ。警察と救急車に連絡した親子は、おにぎり教室の子どもとその親のことだろう。この森の奥にあるお屋敷に、少年少女と親子が訪れている理由なんて、おにぎり教室が開かれていた以外に考えられない。
 刺された男はどのような目的でこのお屋敷にきたのだろう。おばあさまの知り合いや親族だろうか?
 「イシア、刺された男の人については何か書かれていなかった? 年齢とか職業とか」
 イシアは顔をふるふると上下にに振った。
 「イシア、ヴェンデル。おにぎり教室には高校生の女の子と中学生の男の子がいたの。『事件現場にいた少年少女』はそのふたりのことで、事件はおにぎり教室が開いているときに起きたんだと思う。きっとそうだ」
 おにぎり教室にいなかったふたりの天使に、悠さんと湖雪さんのことを伝えるが、ヴェンデルは私には目もくれず、イシアをただ見つめている。いや、見つめているというより、その切れ長の瞳で睨んでいた。
 「イシア、さっきも言ったけどさ、怖い人が来たらちゃんと俺に言えよ。そいつをお屋敷からなにごともなく追い返したとしてもさ」
 イシアはその言葉を聞いて、ご・め・ん・ね・と唇を動かした。苛立つヴェンデルを落ち着かせるために、作り笑いを浮かべる。
 そんなイシアの笑顔を見て、「その顔やめろ」とヴェンデルは言った。
 いつもの心地の良い低い声とは打って変わった荒々しい声色に、イシアも驚く。声を出せないイシアはヴェンデルに何か言い返すことができなくて、やめろ、と言われたのにまた作り笑いを浮かべた。
 どうすればヴェンデルの怒りが収まるのかがわからず、笑顔を作ることしかできないイシアの姿が痛々しくて、私は居ても立っても居られずふたりの仲裁に入った。
 「ヴェンデルはイシアのことが心配だから怒っているんだよ。イシアは次から報連相をしっかりしようね! ほら、ヴェンデルもそんな眉間にしわ寄せた怖い顔しないの! イシアも私も怯えちゃうよー」
 急に明るい声で話しかけられたヴェンデルは驚いた顔をして、すぐにいつもの冷静な顔に戻った。
 「ごめん、怖がらせた……」
 謝罪の言葉を聞いたイシアはすぐに大きな瞳を満月みたいにまん丸にして、ポカポカとヴェンデルの大きな背中を猫パンチした。ヴェンデルは連続で猫パンチされるうちに笑いだしてしまい、共鳴するようにイシアも自然な笑顔を浮かべた。
 「ははっ。ポカポカ叩くから背中がくすぐったいよ……。ほんと、俺はまだ少しだけ怒ってるからな。お前は大事なことを言うのが遅いよ。おばあさまが事件を起こすことを、なんで今まで俺達に言わなかった? 人を刺す危険人物だぞ」
 怒ってるとはいいつつ、優しい声色でイシアに尋ねる。
 猫パンチをやめたイシアは文字盤を使って、言葉を紡いだ
 「お・ば・あ・さ・ま・ぼ・く・ら・を・う・け・い・れ・て・く・れ・た」
 「おばあさま僕らを受け入れてくれた……確かに、急に現れた天使と女子高生を受け入れてくれた人を、週刊誌で見ました、人を刺す悪い人ですなんて言えないよね」
 「メイミィ、イシアにもっとガツンと言ってよ! イシアは人間に騙されたくせに、こうやって人間の優しさにすぐにほだされちゃうようなヤツなんだよ」
 イシアは「人間に騙された」という言葉を聞いた瞬間、体をびくつかせた。
 「ごめんねイシア。この前ヴェンデルにお願いしてふたりの過去を聞かせてもらったの。ありがとうねふたりとも、人間にひどい仕打ちを受けても私とおばあさまと仲良くしてくれて」
 私がそう言うと、イシアは大輪の花が咲いたように笑った。
 「え、かわいい!」
 イシアは可愛と言われて照れてしまい、綺麗な手でリンゴ色の顔を隠した。
 「もう、イシアもメイミィもなんだよ! さっきまで重要なことを話してたのに!」
 和やかな雰囲気を出す私達に、ヴェンデルがぷりぷりと怒りだした。
 「ごめんごめん。話を元に戻すとさ、なにがあったか知らないけれど、おばあさまは男の人を刺そうとするらしいじゃん。だったら私たちでそれを止めようよ! 犯罪を未然に防ぐの! 過去を変えるのさ!」
 「簡単に言うね。過去を変えるなんてどれだけ難しいことか……」
 「でもどれだけ難しくたって過去を変えないと、おばあさまも被害者の青年も、悠さんと湖雪さんをはじめとするおにぎり教室のみんなも、バッドエンドの未来が待ってるよ」
 「……ああもう! わかったよ。天使は人間を幸せにすることが使命だから、どれだけ難しくたって俺達もメイミィと一緒に過去を変えるから。な、イシア」
 「ありがとうふたりとも! あのね、この週刊誌に書いてあることを信じるなら、さっきも言ったけどおにぎり教室のある金曜日に事件が起きたと思うんだよ」
 「金曜日に事件が起きるなら、今年の金曜日は残り四回しかない。四回のいずれかの日に、男は来る。今日は十二月六日木曜日だよ。もしかしたら明日事件が起きるかもしれない」
 「え、やばいじゃん。明日は一日中玄関の前に張り付いて、青年がお屋敷に入らないように見張らなきゃ! そうだ、倉庫を掃除したときに木刀を見つけたの。いざというときにおばあさまを止められるように、今日は一晩中木刀を素振るわ!」
 「いいねメイミィ。俺達も強くなるからね。柔道でも練習しようか」
 「よし! 事件を未然に防ぐこと、それが私たちを受け入れてくれたおばあさまへの恩返しだ! みんなー頑張るぞー!」
 「「お――!」」
 私たちは円陣を組み、おばあさまの犯行を未然に防ぐことを決意をした。
 私は強くなることを天使に誓い、木刀のある倉庫へ向かった
 さっきはああ言ったけど、どう使えばいいのだろう、木刀って。普通の刀みたいに極めたら物体を切れるようになるのかな。そういえば中学の修学旅行のお土産に、木刀を買っている男の子がいたな。私はヌンチャクを買ってしまい、教師にふざけたもの買うな、と怒られ没収されたような……。
 中学時代のしょっぱい思い出を振り返りながら、月明かりに照らされた倉庫で木刀が入っている高級な木箱を探した。