「星夜!動きがぎこちない!!そこはもっとしなやかに!!」
『すみま、せんっ!』

(はぁ。また怒られちゃった)

何度注意されても動きの鈍さが直らない僕に、ダンスの先生は明らかに苛立っている。メンバーも僕のせいで同じ振りを何度も踊らされ、顔が曇っているような気がする……。

自分では精一杯やっているつもりなのに、どうしても身体が言うことを聞かない。

色褪せた秋が、冬の吐息に染まりはじめる11月の下旬。リハ室の左側にある大きな窓の外では強い音を立てながら雨が降っている。止む気配のないそれは今の僕の気持ちを表しているように思えた。

いつものようにリハ室に集まってみんなでダンスレッスンを受けている最中、キリリッと鋭い痛みが僕を襲った。ここ最近メンバーに知られまいと人知れず我慢していたのが、限界になりはじめているのかもしれない。

大好きなダンスレッスンなのに、今日は拷問のように感じられる。

「はい、もう一度!」
厳しい顔つきの先生は容赦しない。でも、……もう、無理だ。情けなくて、悔しくて、自然と涙があふれ出す。

『ごめんなさい、もう踊れません』
涙声でそう言い、床に膝をついて頭を下げた。キリリッとまた鋭く腰が痛む。その痛みに耐えきれず、そのまま床に倒れこんでしまった。

「おい、星夜っ!」
「大丈夫か!?」

僕のもとへ慌てて駆け寄ってくれるメンバーの顔が、涙でうまく見えない。冷たい床に顔をつき、その痛みに耐えていると「ほら、乗って」と優しい声が聞こえてきた。滲む目をこすりその声のほうに目を向けると、目の前に航汰くんの大きな背中があった。

『航汰くん……』

「お前は無理しすぎなんだって」。そう言いながら、僕の両腕を自分の肩にかけて、優しく僕をおんぶするようにもちあげてくれる航汰くん。またキリリッと腰が痛むけれど、そんなことも忘れるくらい安心できた。肩幅の広い航汰くんの背中にすっぽりとおさまる僕。

「柊、ちょっと星夜を休ませてくるわ。先生、ちょっとすみません」
柊くんとダンスの先生にそう言い残した航汰くんは、僕をおんぶしたままリハ室をあとにした。

「とりあえず、ここで横になろうか」

航汰くんが連れてきてくれたのは誰もいない控え室だった。整然と整えられたその部屋には、3人掛けの大きなグレーのソファがある。航汰くんは、僕をそのソファの上に優しく寝かせて、申し訳なさそうな声で言う。

「本当は、ちゃんとしたベッドがあればいいけど……。ごめんな」

眉をきゅっと八の字にさせながらそう言った航汰くんが、さらに言葉を続ける。

「……何があった?」

僕をまっすぐに見つめる航汰くんにはなんでも見透かされているような気がして『何も……』と、ついわかりやすい嘘をついてしまう。

「星夜。俺さ、COLORSが結成された日に決めたことがあるんだ」

突然語りだした航汰くんの顔は真剣だった。

「それは、どんな時もメンバーを信じるってこと。そうしたら、俺も信頼されるリーダーになれるんじゃないかって思って。……星夜。俺なんてリーダーとしてまだまだだし、信頼なんてできないかもしれないけど、俺は星夜を信じてる。何に対しても一生懸命で、いつでも笑顔でいてくれる星夜はCOLORSに絶対必要なんだ。これからも同じグループでずっとやっていくんだから、ちゃんと知りたいって思ってる。星夜のこと。もちろん他のメンバーのことも」

(なんて心強いんだろう……)

初めて、航汰くんの心を知れた気がした。一番年齢が離れているから、少し距離を感じることもあるのは仕方がないって思ってた。でも、そんなことは僕の思い込みで、航汰くんはちゃんと僕を見てくれていたんだ。

「……って。俺、何熱く語ってんだろ。ごめんな。今、無理に話さなくても、星夜のタイミングでいいから。俺ならいつでも話聞く。それに、俺に話しにくければ他のメンバーでもいいんだし」
『航汰くん……』

「とにかく、1人で抱え込むなってこと。そんな暗い顔してたら星夜の可愛い笑顔が台無しだろ」。航汰くんはそう言って、突然僕の髪をくしゃくしゃにした。

『ちょっと!何するんですかー!』と抵抗する僕に、「はははっ、やっとで笑った。やっぱり星夜は笑顔でいなくちゃ」と、微笑んでくれる。そんな深い優しさを持つ航汰くんに、今、すべてを話そうと決めた。


『……航汰くん』

僕の真剣な目に応えるように、航汰くんは僕の目をまっすぐ見つめ返してくれた。痛む腰を我慢しながらゆっくりと起き上がり、自分のレッスン着に手をかけ、服を脱ぐ構えをとった。

「星夜??」
驚きを隠せない航汰くんをそのままに、一気にTシャツを脱いだ。話すより、こっちの方が伝えやすい。

「どうしたんだよこれ!!」

案の定、すぐに気が付いてくれた。それも……そうか。僕の身体には数えきれないほどのアザがある。胸、お腹、腕…。それは上半身だけにとどまらず、太ももやふくらはぎにもある。何よりひどいのは、腰にできた手のひらほどの大きなあおにえだ。

「誰にやられた?こんなの、普通じゃできないだろ!」
航汰くんは顔を真っ赤にして怒っている。僕は恐る恐る口を開いた。

『実は……、先輩に……』
「先輩??」
『はい。オーディションで一緒に最終審査にまで残った、琉希くんと颯真くんです……』

ずっと言い出せずにいたことをやっとで伝えられたことに、少し心が軽くなる。

「いつから?」

静かな声で言う航汰くんの問いに、『……2ヶ月くらい前から……』とか細く返事を返す。すると航汰くんは「そんなに長い間?!」と驚きながら目を鋭くさせた。

初めて暴行を受けたのは9月の下旬頃。航汰くんとともに出演したバラエティ番組が放送された翌日のことだった。“なんでお前が!”。琉希くんと颯真くんは、そう怒り叫びながら、決まって俺が一人でいる時に殴ってきた。怪我ができるとすぐにバレる顔には殴らず、洋服で隠れる身体ばかりを狙われた。なので、その暴行は誰にも知られることはなく、その用意周到さが怖かった。

出来ることなら、暴行を受けていることはメンバーには言いたくない。単に言い出すのが怖かったし、みんなに余計な心配をかけたくなかった。でも、僕に必要以上に執着してくる琉希くんたちに、僕一人では太刀打ちできないと悟った。昨日、事務所で一人でいるところを見つかり、二人がかりで暴行された時、僕の我慢も限界に達したんだ。

『黙っててごめんなさい』。泣くのを我慢しながら、消え入りそうな声でそう言う。そんな僕の頬に両手を優しく添えながら「星夜は悪くない」と航汰くんが力強い瞳でそう言ってくれた。黒目の大きい航汰くんの瞳に、涙を浮かべる僕が映っている。

その時、控え室の扉が開いた。扉の向こうでメンバーが並んでこちらを見ている。“上半身裸の僕の頬を優しく両手で包んでいる航汰くん”というシチュエーションについてこられないようで、「一旦閉めよう」と、紫音くんが言って扉が閉まった。いつもならツッコミをいれるところだけど、そんな空気では到底無かった。数秒後もう一度扉が開き、「いやいや、ツッコんでくれないと!」と笑いながら柊くんが言う。

「……みんな」
笑いを誘うメンバーのノリについていけずにいると、航汰くんの普段より少し低い声がその場の空気を変えた。ただ事ではないと察したメンバーが静かに休憩室に入ってくる。すると、みんな僕のアザに気が付いたようで、目を見開いて驚いている。

「どうしたんだよ、このアザ!」
柊くんが声を張り上げた。その声には怒りの感情が込められている。僕が何も言えずにいると、「琉希と颯真に……、殴られたらしい」と代わりに航汰くんが説明してくれた。その言葉に、みんなが息をのむ。

「許せない」
ふつふつと湧き上がる静かな怒りを見せたのは怜央くんだった。
「こんなにアザだらけになるまで殴るなんて、正気じゃないよ」。そんな怜央くんの言葉に「そうだよな、ありえない。許せるわけない」と彗太郎くんが同意した。その隣にいる紫音くんは、黙って俯いている。

「どうする、航汰」
柊くんが航汰くんにそう問いかけた。航汰くんは腕を組んでしばらく黙り込んだあと、「星夜」と僕の目を見ながら言った。

「……俺が、なんとかするから」
静かにそう言った航汰くんの低い声に、少しだけ怖さを感じた。

「ひぐっちゃんとかには?……言う?」
怜央くんが航汰くんのほうを見ながらそう聞いた。「うーん」と言いながら腕を組み考え込む航汰くんに「言ったほうがいいよな」と柊くんが優しい声で諭すように言う。

そんな柊くんの言葉を聞いてまたしばらく考え込む姿を見せた航汰くんが、「いや、」と口を開いた。

「事務所の人たちに言うのはまだやめておこう。事を大きくしたくないし、……もう少し時間をかけて考えてみよう」

航汰くんの言葉に「そうだね。言ったことで逆上して仕返しされるかもしれないし」と彗太郎くんが同意した。柊くんは「うーん」と考え込んでいる様子だったけれど、僕のことを本気で心配してくれるメンバーの存在が、とても心強かった。


◇◆◇

ずっと抱え込んでいたものを吐きだすと、かなり心が楽になった。あれから一週間。メンバーは僕が一人にならないように配慮してくれた。事務所内でたまに琉希くんたちとすれ違うことがあっても、僕を守るようにして囲んでくれるみんなの優しさが身に染みた。頼れるお兄ちゃんが5人もいることが、一人っ子の僕としては本当に嬉しかった。


『お疲れさまでした!』

12月に入って初めてのレッスンが終わり、元気よく挨拶をした。全身の痛みも少しずつ軽くなり始めていて、ダンスレッスンの楽しさを取り戻していた。今日も充実した時間を過ごし、家が同じ方向の彗太郎くんと一緒にリハ室をあとにする。

「今日は寒いな〜。なんか温かいものでも食べに行く?」
〜♪
彗太郎くんがそう言った時、ダウンのポケットに入れていたスマホが鳴った。画面を見ると、航汰くんからの着信。

(航汰くん?さっきまで一緒にいたのになんだろう?)
不思議に思いながら画面をタップして『もしもし、航汰くん?どうしたんですか??』と電話に出た。

「星夜……」
小さな声で僕を呼んだ航汰くん。普段の明るい航汰くんとは真逆の様子にさらに不思議に思いながら、『航汰くん??』ともう一度呼びかけた。

「今から琉希と颯真に会ってくる」
「……えっ?」

思ってもいなかった言葉に、身体が動かなくなる。隣で心配そうに彗太郎くんが僕の顔を覗き込むけど、何も言えないまま。無言の僕に航汰くんは低い声で静かに「俺が、なんとかするから」と言い、すぐに電話を切ってしまった。

(“俺がなんとかするから”……)

その言葉に思い出す。暴行を受けていたことを初めてみんなに話した時、航汰くんは同じこと言っていた。その時の航汰くんの表情には少し恐怖を感じたんだ。

(……なんかっ、胸騒ぎがするっ)

何か少し嫌な予感がした。ドクドクドクッと、心臓が早くなる。

「星夜、なんかあったの??」と問いかけてくる彗太郎くん。
『航汰くんが、今から琉希くんと颯真くんに会うって言ってて。……彗太郎くんっ、なんかちょっと怖いよ。航汰くん、大丈夫かな。怪我させられたりとかしないよねっ?琉希くんと颯真くんは何をするかわからないよっ』
ざわざわする胸の内を、彗太郎くんにさらけ出した。

「星夜、まずは落ち着こう。頼れる航汰くんのことだから、きっと大丈夫だよ。……でも少しだけ心配だから、手分けして探してみよう。星夜は駅のほうを探してみて。俺は事務所のほうに戻ってみるから。もし航汰くんを見つけても、颯真くんたちと一緒だったら星夜はどこかに隠れてなよ」
『うんっ、わかった!』

くるっと向きを変えた彗太郎くんが、来た道を走って戻っていく。僕も駅のほうへ走り出そうとした時、「そうだ、柊くんにも伝えたほうがいいかも!」という彗太郎くんの声が聞こえてきた。『わかったー!!』と返事をしながら走り出す。

震え始める手をなんとか動かして柊くんに電話をかけると、「もしもし、航汰?今……」と言いながら柊くんはすぐに電話に出た。

『柊くんっ!!』
電話の相手を航汰くんだと勘違いしている柊くんの言葉を遮る。

「あっ、ごめん。星夜?なんかあった??」

なんと説明したらいいのかわからなくて言葉が出てこない僕に「星夜、大丈夫かっ?!」と柊くんが改めて言う。

『僕は大丈夫!柊くん、今航汰くんと一緒にいるの?』

お願いだから一緒に居てほしいという願いを「いや、今は一緒じゃないよ」という柊くんの冷静な声が打ち砕く。

『あのねっ、柊くんっ、航汰くんがっ』

事態を悪いほうへと考えてしまう頭とざわめきが増した心。それでも柊くんにこの状況を伝えようと必死で言葉にした。