◇星夜side

(ついに、ついにこの日がやってきた!)

ステージの幕が上がれば、そこは何千人ものファンが待つ大舞台。今日、僕はアイドルとして正式にデビューする。夢を叶えるんだ。緊張と高揚が入り混じる中、強い決意を胸に抱く。

『航汰くん』
鏡の前でヘアメイク担当のスタッフさんに髪をヘアアイロンでアレンジされている航汰くんに話しかけると、鏡越しに「ん?」と優しい表情をした航汰くんが僕を見た。

『僕ね、“信じる”。航汰くんが僕たちにそうしてくれるように。信じることで、メンバーからも信頼される男になりたいんだ』
驚いたような表情をした航汰くんが「頼もしいな、星夜」と少し口角を上げて言う。

『うんっ』
「でも、もうちょっとだけ可愛いままの星夜でいてくれよ〜!!」

ヘアセットがちょうど終わった航汰くんがそう言いながら僕の脇腹をくすぐる。
「はははっ、もう、やめてよーっ!」と抵抗するけど、最年長のお兄ちゃんのそんな無邪気な優しさが嬉しかった。

そして時間は刻々と過ぎ、ついに本番5分前。

オフホワイトを基調としたジャケットの全面にスパンコールが散りばめられたきらびやか衣装に身を包むと、自然と背筋が伸びた。お揃いの衣装を着た6人が集まって肩を組み円をつくる。メンバーの顔を見ると、覚悟を決めたような表情をしていたり、緊張していたり、深呼吸をして気持ちを落ち着かせていたしていて、それぞれがそれぞれに一生に一度しかないデビューライブの本番前を味わっているようだった。

「大丈夫だ」
一人ひとりの顔をじっと見たあと、力強くそう言った航汰くん。多くは語らずとも、その言葉は確かに僕を含めた他のメンバーの胸に響いた。

(うん、大丈夫)

今日を迎えるまで何度も立ち止まり、時にはぶつかり合い、それでも手を取り合って歩んできた。振り返ってみれば、無駄なことなんて何もなかった。今まで積み重ねてきた1日1日が、このステージへと繋がっていたんだ。航汰くんが円の真ん中に手を差し出すと、6人の手のひらが重なった。

「行くぞー!!俺たちがーー!」
「COLORS!!!!!!」

円陣を終えたメンバーの顔には晴れやかな笑顔がうまれていた。
やがて、ステージの脇に立つスタッフさんが小さく頷く。

(いよいよ、はじまるんだ)

6人でステージの上に横に一列に並んだ。この幕が上がればもう戻れない。だけど、もう迷いはない。
6つの瞳がお互いを見つめ、頷き合う。その瞬間、6人の心が一つになった。



◇怜央side
幕が上がると、スポットライトの眩しさに一瞬目がくらんだ。視界にぼんやりと浮かぶ白い光のモヤがおさまると、そこには何千ものペンライトが放つ光のが、まるで宝石を散りばめた夜空のように広がっていた。「キャーッ」という黄色い歓声を全身で受け止める。

「……すげぇ」
隣にいる紫音が小声でそう呟いたのが聞こえた。鳴り止まない歓声でかき消された紫音の声に、心の中で激しく同意する。


(そう、俺は、この景色がずっと見たかったんだ)

心の底からそう思った。目の前に広がる景色が、5歳の自分の瞳に鮮明に焼き付いた景色以上に美しくて、言葉では言い表せないほどに感動する。

(この景色は誰もが見られるものじゃない)

これはアイドルという夢を抱き続けたからこそ得られたもの。先の見えない暗闇でも、この景色を見るために頑張ってきたんだ。そして、たった今それを手にした。

自信は確かにある。でも、ファンの人の顔が想像以上にくっきりと見えて嫌でも緊張が増した。マイクを握りしめる手がふるふると小刻みに震える。こんなにも大勢の人の前で歌うのは初めてで、心臓が飛び出しそうになるのを必死に堪える。

(思い出せ、これまでどれだけの努力を重ねてきたのか)

小さく『ふぅー』と息を吐く。夢にふさわしくないと思い悩んだこと、仲間であるメンバーに嫉妬するほど余裕が無くなっていたこと……その全てを乗り越えた俺は、強い。そして、同じように壁を乗り越えたメンバーもまた、強い。たった一つの夢を共に追いかけて、それぞれの色が混ざり合い、一つの光になった。そしてその光を放つ場所へとたどり着いたんだ。

(最強じゃん、俺たち)

はやる鼓動が、幾分おさまる。またひとつ『ふぅー』と小さく息を吐き、呼吸を整えた。歓声がおさまるのを待って、マイクを口元に持っていく。イヤモニから聞こえるスタッフさんの声を合図に『はぁっ』と息を吸った。磨き上げてきたパフォーマンスを解き放つ時――。

最強のメンバー全員で、この夢の続きにある景色を見に行きたい。



◇紫音side
静けさの中、まず響いたのは、「はぁっ」と息を吸う6人分の呼吸音だった。

“♪真っ白なキャンバスに今、夢を描く〜♪”

アカペラで始まるデビュー曲。6人の声が重なると、またいちだんと大きな歓声が沸き上がった。凛々しい表情をしたメンバーがカメラで順番に抜かれて、会場の大画面に映し出される。その後、メンバーと歩幅を合わせてステージの前方へと進む。

(俺は、ひとりじゃないんだ)

一歩、また一歩と進む度にそう実感する。あの日彗太郎が言っていた“俺たちは家族になったんだよ”という言葉を、改めて思い出した。一年という月日を共に過ごしてきたメンバーは、俺にとって間違いなく家族だ。誰かを信じることを諦めて孤独に生きていた俺に、居場所をくれた。そんな5人に感謝の気持ちでいっぱいになる。誰かを信じられるようになった今だからこそ言える言葉がある。歌える歌がある。俺がステージの上で歌い踊ることで、何千、いやそれ以上の人の心を揺さぶりたい。そして、その先で誰かの心の支えになるんだ。

そう心に刻み、マイクを口元に寄せる。やがて軽快なイントロが流れ始め、会場のボルテージが一気に上がる。目の前で楽しそうに笑うファンの人たちの笑顔につられて自然と俺も笑顔になれた。他人になんの興味もなかった俺の変化に自分でも驚きながら、何度も練習を重ねてきた振り付けを踊り始めた。もはや身体が覚えているその振りが、5人とぴったり揃っていて、この上ない幸せを感じた。

(俺は、なんて幸せ者なんだろう)

そんな喜びで満ちた心を弾ませて歌い踊るのは本当に気持ちがよかった。デビュー曲のパフォーマンスが終わると、どこからともなくまた歓声が沸き上がる。一人きりで活動したくてソロダンサーを目指していたのに、今ではメンバーがいないと落ち着かない。横で一緒に踊る5人が……大好きだ。





◇柊side
大歓声に包まれて揺れるペンライトの光の海を目の前にして、いつかの自分が脳裏によぎる。メンバーと自分を勝手に比べて俺には才能がないと愕然としていたあの日の自分に、“こんなにも綺麗な景色を見られるんだぞ”なんて言っても信じないかもしれない。でも、何度踊っても納得がいかず、汗だくになって崩れ落ちた日が確かに俺を成長させてくれた。今まで何度も悩みもがいてきたからこそ、この景色を見られていることを誇りに思う。

ふと、“柊がいてくれてよかった”という、航汰の言葉を思い出した。間違いなくあの言葉のお陰で俺はここに立っている。……だから、俺は歌うんだ。このステージで最高のパフォーマンスを見せることで、航汰やみんな、そしてこの場所に立つことを諦めなかった自分に感謝を伝えるために。

デビュー曲の初披露が終わり、その余韻が残る中で「初めまして。俺たちは」という航汰の言葉に続いて『COLORSです』と6人で声を揃えて挨拶をした。お辞儀をする俺たちに、何千人の拍手や歓声が送られる。全身でそれを受け止めながら、喜びを噛みしめた。

「いや〜、なんて綺麗な景色なんだろう。あの、すごく嬉しいです。ほんとに!」
航汰が喜びを噛みしめるようにそう言うと、会場全体に笑顔が生まれ、拍手が起こった。

『うん。皆さん、この場所に来てくれてありがとうございます』
そう言う俺に続いて、「ありがとうございます!」と他のメンバーも感謝を伝えた。

(諦めなくて本当によかった)

今までの日々が頭の中を駆け巡る。歩む道の先に夢を叶える場所はあるのかと不安に思っていた日々を乗り越えてこの景色に辿り着いた。時には後ろを振り返り、まわり道もしたかもしれない。でもこれからは、何にも目もくれずただ前だけを見て進んでいくんだ。


そう思いながら、より一層マイクを握る手に力を込めた。



◇彗太郎side
この瞬間が永遠に続いてほしいと願う。
自己紹介を兼ねたMCが終わり、今度はプレデビュー期間に練習を重ねた楽曲を披露する時間になった。

俺たちの音楽が鳴り響き、メンバーと歌い踊る。それを見たファンの人が笑顔になってくれる。

(なんて素敵な空間なんだろう)

幸せの循環で満ちたこの場所に居られることを素直に嬉しく思う。誰にも愛されないと絶望していた自分が、こんなにも大勢の人に愛されていたなんて思わなかった。開演前に抱いていた不安や緊張も、この景色を見たらどこかへ消えてしまった。

アップテンポのリズムに合わせて身体を音楽に乗せて踊ると、不意に星夜と目が合った。パフォーマンス中なので当然言葉を交わすことは出来ないけれど、星夜の瞳にキラキラとした光が浮かんでいて、この場を心から楽しんでいるのがよくわかった。

家族同然のメンバーが楽しんでいる姿に俺も嬉しくなりながら客席に視線を戻すと、ふと、客席の最前列で泣いているファンが見えた。その涙を見て、俺の胸の中が熱い感情で満たされていく。その人がどんな思いで涙を流しているのか、知りたくてもを知ることは出来ない。でも確かに、俺たちの歌や存在が誰かの心を動かしているんだ。

(俺は、こういう世界を作りたかったんだ)

名前も顔も知らない人たちが俺らのライブというひとつの場所に集まって、それぞれの感情を分かち合う世界。どんな感情でもいい。正解なんて無い。肩を組んで楽しむ気持ちや、そっと寄り添う気持ちを持ち寄って同じ時間を過ごす。そんな理想の世界を作り出せていることが何よりも嬉しくて、抑えきれない喜びと感謝を込めて「ありがとう!」と力の限り叫んだ。

(これからもこんな世界を少しでも多く作り出していきたい)

アイドルとしてもっと努力して、こんなにも素敵な瞬間を少しでも多く重ねていきたいと心からそう思った。


◇航汰side
すべての曲が終わり、鳴り止まない拍手と歓声の中で6人で肩を組んで深々と頭を下げた。客席を埋め尽くしていたファンの人の顔や、歌いながらメンバーと目を合わせ喜びを分かち合った瞬間のこと、このライブで感じた喜びと感動の気持ち、その一つひとつが記憶の中に焼き付いていく。

(今日という日を絶対に忘れない)

そう心に誓いながら顔を上げる。だんだんと下りてくる幕が、この夢のような時間の終わりを知らせている。どうしようもなく寂しい気持ちになるけれど、終わりは始まりでもあるんだと自分に言い聞かせる。

(そして、もっともっといろんな景色を見に行く)

夢を叶えた今日、また新たな夢が芽生えた。

幕が完全に下がった。余韻が残る中、6人でステージを後にする。舞台袖に戻ると、先ほどまでの熱狂が嘘のように静かだった。
イヤモニを外すと、耳鳴りのように拍手と歓声が残っている。メンバーの表情は、持てる力を全て出しきったというような達成感に満ちていて、ライブの成功を物語っていた。自然と輪になって肩を組む俺ら。

『最高のスタートを切れたな』
メンバーの顔を見渡したあと、そう言葉がついて出た。みんなが静かに頷いた。



“夢”というものは不思議だ。

どんなに叶えたいと思っている夢でも、途中で見失うことはある。夢のカタチが変わることだって、夢を見る気持ちになれない時だってある。――でも、それでもいいんだ。夢はその時々で変化していくものなんだから。一途にひとつの夢を追いかけても良い。夢の途中で、違う夢を見つけても良い。夢をたくさん描いたっていい。

重要なのは、自分の根底にある“芯”を曲げないこと。自分にとって何が大切なのかを意識し続けること。
何度挫折し、どんな困難に直面しても、その“芯”を道しるべにして進んでいけばいいんだ。どれだけ時間がかかってもいい。誰かに後ろ指をさされてもいい。夢を叶えることは誰にも邪魔できないことなんだから。


俺たちは、スタートラインに立ったばかり。この先の道も、決して楽なものじゃないだろう。でも、俺たちはもう迷ったりしない。

6人の夢が、今、この場所から始まったのだから。