(こんなはずではなかった。どこで何を間違えたのか。なんでこんなことになってしまったのだろう)
パトカーに乗せられて警察署に着くとすぐに取り調べが行われた。「なんで殴ったんだ」「どうやって殴ったんだ」というような警察官の質問に力なく曖昧に答えた。30分ほどの取り調べが終わり、署内の無機質なこの部屋で待つように言われた俺は、一人静かに待ちながら、颯真たちとの間で起きたことを思い出していた。
◇◆◇
――三時間前。
6人でのダンスレッスンが終わる頃、俺は覚悟を決めていた。“今日、琉希と颯真と決着をつける”。星夜の身体をあんなにも傷つけておいて、呑気に過ごしているなんて許せるわけない。
(メンバーが傷つけられたら、リーダーの俺がなんとかするしかない)
これは、リーダーとしての最初の試練だと感じる。
「じゃあ、今日はここまで。お疲れさま〜」。そう言って、ダンスの先生がリハ室をあとにした。他のメンバーも帰る支度を済ませて、「お疲れさまでした!」と帰っていく。その姿を見届けて、柊に声をかけた。
『柊。俺“やること”があるから、今日は一緒に帰れないや』
あくまでも自然にそう言ったと思う。「やること?」と、不思議そうな顔をした柊に『ちょっとな』と言葉を濁した。そんな俺の気まずさを感じとったのか、「わかった」と言った柊を、『気をつけてな〜』と見送る。
去っていく柊の背中を見つめながら、少しの罪悪感を感じた。柊には相談するべきか、本当に迷った。でも、リーダーとして頼れる自分であることを証明したかった。それに、別に大したことをするわけじゃない。ただ、琉希と颯真に星夜への暴行を認めさせて、謝罪してほしいだけ。それさえしてくれれば、事務所の“大人たち”に告発するのも考え直そうとまで思っていた。琉希と颯真も、共にレッスンを重ねてきた仲間であることには変わらない。2人とも俺と同い年。俺と同じように人生をかけて挑んでいたであろうオーディションに落ち、デビューメンバーに選ばれなかったことで少し性格が捻くれて行き過ぎたことをしてしまっただけ……そう思いたかった。
【19時に、駅裏の高架下に来てほしい】
誰もいなくなったリハ室で颯真と琉希にそれぞれ同じメッセージを送った。そのあと、星夜に電話をかける。短いコールで電話に出た星夜が「もしもし、航汰くん?どうしたんですか??」とまだあどけなさの残る声で言う。
『星夜……』
星夜は強い。5つも年上の先輩2人に囲まれて暴行を受けるなんて、想像するだけでも怖いのに、俺たちの前では気丈に振る舞っている。そんな星夜に俺が出来ることをしたい。また一段と決意が固まる。
「航汰くん??」
何も言わない俺を心配そうに呼ぶ星夜に、『今から琉希と颯真に会ってくる』と宣言した。
「……えっ?」
『俺が、なんとかするから』
そう言って、すぐ電話を切る。
(俺が、星夜を守るんだ)
強くなった思いを胸にリハ室をあとにした。
・
・
・
冬の夜は空気が澄んでより暗く、黒く感じる。その黒さに吸い込まれまいと“感情的にならないように”と何度も自分に言い聞かせながら駅裏に向かった。高架下に等間隔で立つ街灯のひとつの下で『ふうー』と一度息を吐いて琉希と颯真を待つ。
約束の19時を5分ほど過ぎた頃、揃って黒いダウンを身に着けた2人が高架下にやってきた。気だるそうに近づいてきた琉希と颯真に『来てくれてありがとう』と言う。冷静に話を進めたくて努めて平静を装ったけど、そんな俺が気に入らないのか眉間にシワを寄せた琉希が「で?なんの用?」と不機嫌そうに俺に問いかけてきた。
『単刀直入に聞くけど』と前置きした後、本題を切り出す。
『星夜がお前らに殴られたって言ってるんだ。……本当なのか?』
人通りの少ない夜の街に、静かな怒りを込めた俺の声だけが響いた。俺の言葉に「ふっ」と鼻で笑ったのは颯真だった。その馬鹿にしたような颯真の態度にイラッとしたけれど、なんとかその感情を抑え込む。
(ここで殴りかかってはいけない)
そう自分に言い聞かせながら、『あいつ、身体中にアザができてる。俺は本当のことを知りたいんだ』と、琉希と颯真をまっすぐに見据えて言った。どうか認めてほしかった。これ以上2人を嫌いになりたくなかった。こんな奴らでも、俺と同じ夢を持つ同志のはず。そう信じたかった。
「はっ、なんだそれ」
「そんなこと、あったかな〜?覚えてねえよなぁ」
そんな俺の思いも虚しく、俺を嘲笑う2人。
「てか、星夜って誰だっけ??」
「はははっ、それな〜」
そう言ってヘラヘラと笑う2人に、さすがに俺の中の何かがプチッと切れた。星夜のことを馬鹿にするのは絶対に許せない。
『なあ、どうなんだよ!本当のことを言えよ!!』
俺の怒りの感情が、冬の夜に響く。そして、俺以上の大声で、「そうだって言ったらどうすんだよ!!」と颯真が叫んだ。
(ついに、認めたか)
星夜への暴行を認めたからには黙っていられない。反省の色が全く見えない態度にも余計に腹が立つ。
『謝れよ、星夜に謝れ』
「は?」
『俺らがいる目の前で、星夜に謝れ』
「はっ、馬鹿馬鹿しい」
「お前のそういう正義感が前から大嫌いなんだよ」
『俺のことは何を言ってくれても構わない。でも星夜は15歳だぞ?!』
「だから何だって言うんだよ!」
『お前らのせいで怯えて生活してんだよ!そんな恐怖心植え付けといてこのまま野放しになんてさせねえ』
お互いにだんだんとヒートアップしていく感情。人通りは少ないとはいえ、ここは駅裏。駅のほうへと向かって歩く数人の通行人がチラチラとこちらを見る。
『2人で1人を殴るなんて絶対に許さない!お前らは卑怯でどうしようもない!』
「どこまでも自分は正しいって顔したお前が大嫌いなんだよ!!」
そう叫びながら琉希は右手を力強く握った。その拳を俺に向かって勢いよく振りかざす。
(やばいっ)
殴りかかろうとしてくる琉希から、咄嗟に顔をそむけた。俺の顔面に直撃する――寸前。
「航汰くんっ!あぶないっ!!」
目の前に誰かが飛び込んできた。俺の顔に飛びかかってくるはずだった琉希の拳が、バシッと鈍い音を立ててそれに当たった。
(なんだ?!)
突然のことで何が起きたのかわからなかった。殴りかかってきた琉希も態勢を崩しながら驚いている。
「いった……」
『海!?』
俺をかばうように立って琉希の前に現れたのは小日向海だった。まさかの人物に目をまるくして驚きながら、海の顔を覗き込むと、口元からは血が流れだんだんと赤く腫れ上がっていく。
『海、大丈夫か?!』。そう慌てる俺に「間に合ってよかった」と言った海。
「駅に向かってたら航汰くんの姿が見えて。声を掛けようとしたんですけど、なんかただならぬ雰囲気がしてて様子を伺ってたんです」
『そうだったのか……』
思い切り殴られて相当痛いはずなのに、「プレデビュー期間なのに、顔に怪我なんてしちゃだめですよ」と、海ははにかんで笑った。
「海、本当にありがとう。海の勇気には本当に感謝するよ」。そう俺が言った直後、「まだ終わってねえよ」という琉希の声が響いた。態勢を立て直した琉希の目はカッと見開かれ俺と海を見据えている。
「黙って聞いてれば、どいつもこいつも正義感のかたまりみたいなこと言いやがって!」
そう言いながら拳を握りしめた琉希が、先程よりも力を込めた拳を俺めがけて振りかぶった。その瞬間、海はサッと身をこなして俺をその拳から避けさせ、琉希の口元めがけて自身の拳を振り抜いた。
「いってぇな!」と怒り心頭で叫ぶ琉希。今まで黙っていた颯真も「なにすんだよっ!!」と物凄い形相で海を睨みながら「先輩に向かってその態度はなんだ!!」と海に向けて殴りかかる。しかし、そんな颯真の拳もかわした海は、颯真の頬に渾身の一撃を食らわせた。そして、肩を大きく上下させた海が怒りの感情を込めて一気に言葉を吐き出す。
「ずっと!ずっと言いたかった。先輩たち……いや。あんたたちなんか先輩じゃない。お前らがアイドルになるなんて一生かかってもできるわけない!!誰かを下げることでしか自分を上げることしかできないような、そんな卑怯な奴はアイドルに向いてるわけない!」
控えめで真面目な性格の海の、こんなにも怒りを露わにした姿を見るのは初めてだった。先輩に殴りかかるなんて、普段のおとなしい海からは全く想像できない、あまりにも意外でかなり衝撃的だった。
海の怒りはおさまらない様子で、右手を拳にしたまま今にも琉希と颯真に飛びかかりそうだった。
『海、それ以上はやめろ!』
今日一番の大声でそう叫んだ。ちらっと俺のほうを見た海は一度大きく肩を動かして呼吸を整える。目の前で起きている展開に気が気でない俺は、心臓をバクバクさせながらただ見守ることしかできない。
「はい。……航汰くん、行きましょう」。気持ちを落ち着かせた海はそう言って俺の腕を強く握り、この場を離れるように促す。その力強さに引かれるようによろよろと海についていくことしか出来ない俺。
「お前、ふざけんじゃねぇぞ!!」
数歩進んだところで、琉希の怒号とともにに、バシンッという今までに聞いたことがないような鈍い衝撃音が響いた。それと同時に、俺の目の前でバタッと海が倒れこむ。
何が起きたのかわからなかった。パッと後ろを振り向くと、琉希の手にはどこから持ってきたのかわからない鉄パイプが握られていた。その先端には赤黒い血がついている。まさかと思って海のほうへと目を向けると、海の首は赤く腫れ、血が流れていた。
『海!海!!』
必死の俺の呼びかけに、海は全く反応しなかった。顔や全身に力が入っておらず、完全に気を失っている。
(そんな、そんな……)
しかし、琉希の怒りはまだおさまらないようで、「うおおお……っ!」と雄叫びをあげながら鉄パイプを海に向けて振りかざした。俺は慌てて琉希の後ろへまわりこみ、ガシッと鉄パイプを取り上げる。その反動で、琉希がバタリと地面に倒れ込んだ。
ちょうどその時――。
赤くまわる光とともにパトカーのサイレンが近づいてきた。音のほうへ目を向けると遠くのほうにパトカーが見えた。この騒ぎを見ていた通行人の誰かが通報したのかもしれない。どうすればいいのかと、固まってしまう俺。
「おい、琉希!」
パトカーに焦った様子の颯真が、琉希を支えるように肩を抱くと、「はははははっ!」と琉希の笑い声が夜に響いた。
「この状況、かなりやばいんじゃない?」。そう言う琉希の顔は、まるで極悪人のように気味わるく笑っている。
顔に怪我をした琉希と颯真、そして首から血を流した海の横で、無傷の俺が鉄パイプを持って立っている。
(たしかにこれは……やばいかもしれない)
近くまでやってきたパトカーから、警察官が降りて走ってくるのが見えた。それを確認して、琉希が小声で言う。
「なぁ、知ってる?小日向、お前らの次にデビューする予定の新しいグループのメンバーに選ばれてるんだよ」
『……えっ』
初めて聞いたその事実に、激しく動揺する俺。そして琉希が、意味深に言葉を続ける。
「小日向の将来、壊すことするなよ」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべる琉希の言葉の意味を、理解するのに時間はかからなかった。
――俺が、海の身代わりになれ、ということだ。
警察官は、血のついた鉄パイプを持つ俺のもとへまっすぐに駆け寄って来た。力が抜けて動けなくなっている俺から鉄パイプを取り上げると、「動くなよ!!」と、両腕を強く抑えられる。
(……こんなの、動けるわけないじゃないか。こんな、こんなことって……)
「お前がやったのか!」
警察官が大声で俺に向かってそう問いかける。その言葉に被せるように、琉希が俺を指差しながら「この人が急に殴ってきたんです!!」と警察官に訴えた。
(もう、どうとでもなれ)
感情を失くした声で俺は、『はい、自分がやりました』と返事をした。
◇◆◇
あれ以上の選択肢はなかった。自分よりも、海を守りたかった。身体を張って俺を守ってくれた海の人生を。いくら俺を守ろうとしてくれたためとはいえ、海が琉希と颯真を殴ったことは暴行罪に問われる可能性がある。俺のせいで、海の人生に傷をつけたくなかった。その結果、琉希の罪まで被ってしまうことになったのは不服だけど、もうこうなったらどうでもいいや、とまで思ってしまう。
(あぁ、俺もここまでか……)
頭の中で、デビューを目指してひたむきに頑張ってきた今までの日々が鮮明に思い出されていく。アイドルを目指すことにしたきっかけは単純だった。ただ夢中になれることが欲しかったんだ。同じような毎日を繰り返していた俺の日常を変えたいと思っていた中2の春、ルミナスアーツマネジメントのアイドル候補生募集の広告を見た。“これだ!”と、そう思った。あのビビッとした直感を今でもハッキリと覚えている。柊を誘ったのは、柊が一緒だったら何が起きても大丈夫だと思えたから。その気持ちは今も変わっていない。
そんな直感で始めたことだったけど、気づけば揺るぎない夢へと変わっていた。アイドルという存在になるために、何もかも捧げた。……でも、もうそれは意味のないこと。
(どうせ、俺のアイドル人生は終わった。何もかもどうでもいい)
それよりも、海の容体やCOLORSのメンバーのことが心配だった。海は目を覚ましただろうか。柊や彗太郎、紫音、怜央、星夜……。頭の中に次々に浮かんでくる大切な人たちに悲しい思いをさせてしまっているのだと思うと、心が痛む。みんなの状況がわからないのが、苦しい。出来ることなら、みんなに会いたい。俺はいつまでここにいなければいけないんだろう……。
『はあ……』
大きく深い俺のため息が切なく消えたその時、ガチャと静かに音を立てて扉が開いた。
白髪混じりの警察官が、俺のほうを見つめて「もう出ていいぞ」と言う。
『えっ?』
驚く俺にその人は、「お前な、自分の人生も大事にしろよ」と諭すように言った。
『……』
何も言えずにいる俺に「迎えが来てるぞ」と言ったその警察官に、部屋から出るように促される。とぼとぼとした足取りでその部屋を出ると、そこにはCOLORSのメンバーとひぐっちゃんが立っていた。
『……っ、うぅ、』
みんなの顔を見た途端、突然涙が溢れ出した。我慢していた気持ちが決壊したのか、その場にしゃがみ込んでおいおいと泣いた。そんな俺の背中をさすりながら、柊が「航汰!本当にっ!心配かけやがって!!」と俺に怒りをぶつける。
「なんで俺に何も言わないんだよっ!一人で抱え込むなよ!……なんのためにっ、俺がいるんだよっ!」
涙混じりに怒り叫ぶ柊の言葉に聞き覚えがあった。半年前、悩んでいた柊に俺がかけた言葉だ。
「俺たちだって星夜を守りたい気持ちは同じだよ」
彗太郎が穏やかな口調でそう言うと、「そうだよ」と怜央が同意した。メンバーの優しさが身に沁みる。しゃがみ込んだまま動けずにいると「航汰くん」と俺を呼ぶ星夜の声が降ってきた。声のほうへ目をやると、瞳に涙を溜めた星夜がこちらを見ている。
「航汰くん、ありがとう。僕を守ろうとしてくれたんだよね。僕のことを真剣に考えてくれる航汰くんがいてくれて本当によかった」
そこまで言い切って、星夜のぷっくりとした頬に一筋の涙がつたった。そんな星夜を勢いよく抱きしめると、涙腺が崩壊したように星夜も泣いた。
『俺は、どうなったの?』
胸の中で震える星夜を抱きしめながら、ひぐっちゃんに問う。
「海が目を覚まして、颯真と琉希を殴ったのは自分だと証言した。航汰は何もやってない、被害者だって言ってくれた。それに、はじめから警察は航汰は虚偽の証言をしていると勘づいていたらしい。現場に駆けつけた時の状況から推理して、海を鉄パイプで殴ったのは航汰ではなく、琉希だと断定してた。さすがの琉希も警察官に迫られたら白状したらしい」
『そっ、か』
(結局俺は誰も守れなかったっていうことか……)
事の結末に、正直愕然とする。星夜のことも、海のことも、守ることは出来なかった。大切な人のために何も出来ない無力な自分に情けなさを感じていると、ひぐっちゃんが俺に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「航汰。お願いだから、自分の人生を蔑ろにしないでくれ」
まっすぐに俺を見つめて、ゆっくりとひぐっちゃんがそう言った。その言葉が頭の中でこだまする。真剣な表情のひぐっちゃんは、さらに言葉を続ける。
「グループとして活動していく以上、航汰の人生は航汰だけのものじゃない。グループのメンバー全員の、つまりここにいるCOLORSのみんなの人生でもあるんだから。自分を蔑ろにすることは、メンバーを蔑ろにしてることと同じなんだ」
ひぐっちゃんの言葉にハッとする。メンバーを守っているつもりだったのに、逆にメンバーのことを危険に晒していた。独りよがりの正義感だったことにようやく気づいた。
◇◆◇
三ヶ月後。翌年・春。
「はいオッケー!とってもよかったよ」
ダンスの先生の軽快な声がリハ室に響いた。横一列に並んでいるメンバーと顔を見合わせて、一体感を確かめ合う。どのメンバーも達成感に溢れた表情をしていて嬉しくなった。
グループ結成から一年が経ち、ダンスの揃い具合や歌声の重なり具合が明らかに成長していて、日に日にメンバーとの絆が深まっているのを実感している。メンバー同士の視線の交わり方も変化していて、今では目が合っただけで何を考えているのかわかるようにもなってきた。もちろん全てがわかるわけではないけれど、6人の目指すべき姿というのが一致できているのが何よりの成長だ。
三ヶ月前の騒動は無事におさまっていた。海は正当防衛が認められ、罪に問われることは無かった。琉希と颯真は事務所を辞めて二度と星夜と海に近づかないという約束で示談が成立。平穏な日々を取り戻した俺たちはあれから一心にレッスンを重ね、ついに明日デビューする。
「じゃあ、候補生最後のレッスンはここまで」。リハ室の端で、レッスンを見守っていたひぐっちゃんが真面目な面持ちで俺たちに語り始める。
「みんなデビューに向けて本当によく頑張ってくれた。たった一年でここまで成長できたみんなを本当に誇りに思ってるし、尊敬してる。ただ、これからがスタート。明日デビューしたらもうプロだ。偉大なアーティストと同じ土俵に立つことになる。妥協は許されない。その自覚はしっかりと持っていてほしい。いつまでも。……OK?」
『はいっ!』
6人の返事が揃った。その返事に嬉しそうに口角を上げたひぐっちゃんが「よーし!」と言いながら無邪気な笑顔になって、「じゃあ、明日!ついにデビューだぞー!!」と俺たちを盛りたてる。
「いぇーい!!!!!!」
ひぐっちゃんの言葉に釣られるように、俺を含めたメンバーのテンションが一気に上がる。
「明日のデビューライブは思う存分楽しもう!!みんなの夢が叶うんだ!今までのレッスンの成果を出し切って、COLORSの幕開けにふさわしいパフォーマンスを期待してるからな。……そして」
笑顔から一転、真剣な表情になったひぐっちゃんがさらに言葉を続ける。
「デビューという夢を叶えたその先に、また新たな夢を描いてほしい。それを繰り返して、COLORSというグループを一緒に大きくしていこう。6人でなら絶対に出来るから」
俺たち一人ひとりの顔をじっと見つめながら、熱い思いを語ったひぐっちゃん。その瞳は俺たちの未来を信じてやまないという気持ちを、力強く語りかけているようだった。
「じゃあ、最後に。リーダー、何か一言!」
『えっ?!』
「ほらぁ、デビューを明日に控えてるんだから!メンバーの士気を高めるような言葉を頼むよ」
無茶振りをするひぐっちゃんに思わずフリーズしてしまう。そんな俺のことをまっすぐ見つめるメンバーに、感謝の気持ちが募っていく。
『……みんな。ついに明日、俺たちは夢を叶えるんだ』
俺の言葉に「うん」と誰かが頷いた。溢れ出す感情のままに、言葉を紡いでいく。
『それぞれがそれぞれに夢を描いた結果、俺たちはグループになった。この出会いは運命だと思ってる。間違いなく、俺たちは出会うべくして出会ったんだ。今までたくさん悩んだし、何が正解なのかわからなくなったこともあった。……それでも、俺たちは乗り越えてここまできた』
メンバーの表情が真剣な表情へと変わっていく。柊、彗太郎、紫音、怜央、星夜、と順番に見つめると、みんな同じように見つめかえしてくれた。
『デビューを明日に控えて、この場を借りて約束させてほしい』。そう前置きすると、俺の言葉の続きをじっと待つメンバー。
『正直言って、俺は立派なリーダーとはいえない。失敗もするし、頼りない部分だってたくさんある。だからその度にみんなの力を貸してほしいんだ。心から信頼できる5人と一緒に、これからたくさんの夢を叶えていきたい。そのために、俺はCOLORSの一員であることに誇りを持って精一杯活動していくと誓わせてほしい』
目の前に立っている柊の瞳に、涙が浮かんでいる。もらい泣きしそうになるのをグッと堪える。
今までの自分なら、こんなに自分の弱さを曝け出すことは出来なかった。でも今日から、かっこつけて一人で抱え込んでいた自分はもう封印する。誰かに助けを求めることは弱いようで、実は一番強いことだと今は知っているから。
「僕も」
「俺だって、そう誓うよ」
「うん」
「COLORSが、俺の家族なんだ」
「そう。みんながいるから俺がいるんだ」
口々にそう言うメンバー。6人の絆が、また深まった瞬間だった。
その時、ガチャッと扉が開く。扉のほうに目を向けると、そこに立っていたのは社長だった。ゆっくりと俺たちのほうへ近づいてきた社長に『お疲れさまです』と慌てて挨拶をした。
すると社長は「ご苦労さま」と言い、俺たちを順番に見たあと、「思った通り、COLORSは最高のグループになったな」と静かに語り始めた。
「6人がそれぞれに自分の役割を自覚してる。それこそが、6人で重ねてきた時間の深さを表してるんだ。みんなはただの仲良し仲間じゃない。お互いを信頼しているからこそ流れる空気が、今の6人にはある。……本当に、よく頑張ったな」
社長はそう言って、目を細めて笑った。普段感情を見せない社長の、こんなにも柔らかい笑顔は初めて見た気がする。それは、厳しさの裏にあった優しさを知った瞬間だった。
『ありがとうございます!』と勢い良く返事をした俺に、社長は静かに頷いた。そしてまた俺たちを順番に見たあと、低く落ち着きのある声で言葉を続けた。
「明日からお前たちはもう、ただの候補生じゃない。家族や友だち、身近な人、俺たちスタッフ、そして自分とメンバー、ファンの人まで、数え切れないほどたくさんの人の夢を背負ったプロだ」
その言葉に、自然と背筋が伸びる。それと同時にまた改めて覚悟を決めた。
(デビューするからには責任が伴うんだ)
俺のことを信じてくれる人たちの期待を、裏切りたくない。
俺たちだから描ける未来をメンバーと叶えていく。
