彗太郎くんに肩を抱かれながら泣く柊くんを見て、ついに、心のキャパシティが罪悪感でいっぱいになった。
(なんで、なんで僕は逃げたんだ。航汰くんは僕のためにしてくれたことなのに)
一時間前、駅裏で琉希くんと颯真くんと話す航汰くんを見つけた時、僕は声をかけることができなかった。琉希くんと颯真くんの姿を見た途端、暴行を受けた時のことを思い出して足がすくんで動くことができなかったんだ。航汰くんに背を向けて、遠くの隅のほうで縮こまることしかできなかった……。航汰くんの身に何が起きていたのか、知ることができたのは僕だけだったのに。今になって後悔してももう遅いのに、そんな取り返しのつかないことばかり考えてしまう。
(もとはと言えば、僕がどんくさいからこんなことになったんだ)
琉希くんたちに目をつけられなければ、こんなことにならなかった……。これは全部自分が招いたことだ。僕がもっとしっかりしていたら、航汰くんに負担をかけることはなかった。やっぱり暴行のことはみんなに言うべきではなかった。僕が我慢していたら、いずれ収まっていたかもしれないのに……。
『僕のせいだ……』
不甲斐ない自分への情けない気持ちがピークになった時、つい、本音がこぼれた。
力の抜けた声で言った僕の言葉に、社長とひぐっちゃんが振り返った。
「星夜、それはどういうこと?」
ひぐっちゃんがうつむく僕の顔を覗き込んでそう問いかけてくる。
『あっ……』と、説明するのをためらう僕。航汰くんは、ひぐっちゃんを含めた事務所の人にはこの件を話さないようにしようと言っていた。口をパクパクと動かすことしか出来ない僕に、柊くんが僕のほうを見て力強く頷いた。“言ってもいいよ”。そう言ってくれている気がした。
(この状況なら仕方ないよね)
そう思いながらゆっくりと口を開いた。
『僕、あの、僕……っ』
どう話せばいいのかわからずパニックになる。なんとか言葉にしたいのに、頭の中が混乱していて単語を繋ぎ合わせることが出来ない。そんな僕の肩にそっと手を置いた怜央くんが「星夜、ゆっくりでいいから」と言ってくれた。その顔がとても優しい顔をしていて、追い詰められていた心が少し落ち着きを取り戻した。
『ふぅ』と小さく息を吐いて呼吸を整えたあと、ゆっくりと話しだした。
『実は僕、暴行を受けていたんです。……琉希くんと、颯真くんに』
「はあ?!」
ひぐっちゃんの声が会議室に響いた。その目には明らかに怒りの感情が宿っている。憤りを隠せない様子で、今にも何かに飛びかかりそうな勢いだった。一方、社長は顔色ひとつ変えることなく、僕の話の続きを待っている。
『たぶん、事務所に入ったばかりの僕がデビューメンバーに選ばれたことが許せなかったんだと思います。“なんでお前が!”と叫びながら、僕を殴っていました。でも、暴行がどんどんエスカレートしていって……。全身にアザができた時、航汰くんやCOLORSのみんなに相談したんです。……そしたら、航汰くんは“俺がなんとかする”って、言ってくれて……』
説明しながら、自分の無力さに情けなくなる。がっくりと肩を落としてパトカーに乗り込んだ航汰くんに、僕は何も出来なかった。いつも助けてもらってばかりで、僕は何も返すことが出来ない。もし、もし仮に航汰くんが暴行事件を起こしたのだとしたら……。それは間違いなく僕のせいだ。
『だからっ、僕が悪いんです!僕のせいで……っ、航汰くんがっ。航汰くんは、なにも……っ!』
社長に向かって、涙混じりに必死に訴えかけた。自己嫌悪の波に襲われ、頭がクラクラする。全身の力が抜け始めて、膝で身体を支えることができない。気力を失いガクンッとその場にしゃがみこんでしまった。そんな僕を怜央くんが「わかった、もうわかったから」と、言いながら支えてくれる。
「でもっ!!」
僕の横で話を聞いてくれていた柊くんの力強い声が、会議室のずーんとした重い空気を遮断した。柊くんのほうへ目をやると、拳にした両手が小さく震えている。驚き、戸惑い、怒り……、様々な感情が柊くんの心の中で渦を巻いているのかもしれない。
「でも航汰は、そんなことする奴じゃないんです!曲がったことが大嫌いで、誰かを殴ったりするなんてありえません。あいつの正義感の強さは、俺が保証します」
そうキッパリと断言した柊くん。航汰くんのことは、中学からの同級生の柊くんが一番わかっているはずだ。それに僕だって、航汰くんがそんなことをする人だとは思っていない。普段の航汰くんを見ていればわかる。誰よりも真剣に夢と向き合っていて、頼れるお兄ちゃんのような人。そんな航汰くんが、まさか。
「事情はわかった」
ずっと黙って話を聞いていた社長が、ゆっくりと口を開いた。緊張感がまた一段階上がる。
「……とはいえ、本人が“やった”と言っているんだ」。冷静にそう言った社長がさらに言葉を続ける。
「航汰のデビューは白紙にせざるを得ない」
一瞬でその場が凍りついた。「そんな!!」。柊くんの叫び声が会議室に響き渡った。僕を含めた他のメンバーとひぐっちゃんも息を飲んで動けない。社長の言葉を理解するのに時間がかかる。
(航汰くんのデビューが白紙に?それって、航汰くんはアイドルになれないということ?)
あんなにアイドルになるために一生懸命だった航汰くん。COLORSのことを第一に考えてくれている航汰くんが、デビューできないだなんて……そんなの、あんまりだ。
「仕方ない。問題を起こせば責任を取らなければいけないのが世の常。同じアイドル育成コースに通ういわゆる“身内同士”の争いであっても、暴行は犯罪だ。そんな問題を知っていながら見過ごしてデビューさせることは出来ない」
社長のどこまでも正しい言葉が、今はすごく嫌だった。正論だけを振りかざないでほしい。
「航汰がデビュー出来ないのなら……」。何も言い返すことが出来ずにいる僕たちの沈黙を破ったのは、またしても柊くんだった。語気を強めて、柊くんが言う。
「航汰がデビューできないのなら、俺も辞めます」
