「……流されてる」
つぶやきながら、部室内でノロノロと準備を始める。これからまた、卓球をする。そのことを考えると私の動作は自然と重たいものになっていた。
家から持ってきたピンクのスポーツウェアとハーフパンツに着替え、汗で濡れてしまわないよう髪を結んだシュシュを外してゴムで結い直す。そして荷物をしまうために空いているロッカーを探していると、
「え、私の名前?」
端っこにある空のロッカーの扉には「赤城優月」ときれいな丸文字で書かれた紙が貼ってあった。私用のロッカー、使え、ということだろう。
私を入部させる気まんまんじゃん……。
まあ、せっかく用意してくれたのだ。使わなければそれはそれで申し訳ない。自分に言い聞かせつつ、リュックや着替えた制服、体育で使わなかった体操服の上着なんかをロッカーに放り込んだ。
ふと、棚に置いてあるスタンドミラーが目に入る。小さな枠の向こう側からは、卓球をする装いになっている私が見つめ返していた。
つい数日前の入学式の日には、私が放課後にこんな格好になっているなんて想像もしていなかった。
むしろ入学式の日にタイムスリップして自分に教えてあげたい。影の薄い地味なキャラでもいいからひっそりとした学校生活を送れ、と。
今さら言ってもどうしようもないけど。
それでも、癖になっているようで、私は考えてしまうのだ。『もしも』の話を。
もしも断っておけば。
もしもあのスマッシュをミスしていなければ。
もしもあの時……勝っていれば。
「……ねえ」
「はっ! ひゃいっ!」
扉の外――練習場から青原さんの声。ぐるぐると考え込んでいたせいで裏声が出てしまった。
「もう準備、できた?」
「う、うん」
「そう……じゃあ待ってるから」
それだけ言うと、彼女の気配が扉から離れていく。
「……」
持ってきた自分のラケットを手に取る。両面それぞれに赤と黒のラバーが貼られたそれは、中学3年生で引退してから今日まで一度たりとも握っていない……はずなのに、手にぴったりとフィットする感触がした。
行く……か。
練習場に戻った私は、準備体操もそこそこに、早速卓球台を挟んで青原さんと向かい合った。ちなみに練習場には私と青原さんの以外、まだ誰も来ていない。誰か早く来てくれないかな。
「じゃあ……フォアクロスからでいい?」
「あ、うん。お願いします」
私が構えたのを確認すると、彼女は手に持ったピンポン球を放つ。
カコン。
私は、打ち返す。それを青原さんが、打つ。また私が返球する。そうしてラリーが続いていく。
カコン、カコン、カコン……。
私は少しスピード遅めの球を送る。相手の顔色をうかがうように。青原さんも気を遣ってくれているのか、同じような調子の球で返してくれる。それはまるで、初対面同士の会話のように。当たり障りのない天気の話題から始めるように。
ゆったりとした、それでいてリズミカルな音が反射する。ああそうだ、こんな感じで打つくらいならいいかな、なんて思考を浮かべながら打球を続ける。
だけど。
そんな様子見をいつまでも続けるつもりはない――とでも言うように、何本かラリーを重ねたところで青原さんは球速を上げてきた。
「っ!」
驚き身体が止まりそうになる……も、反射神経を駆使して打ち返す。必然的に跳ね返った私の球も速くなる。
カッ! カッ! カッ!
文字通り『打って変わって』小気味のいい音が練習場内にこだまする。
「……! っ!」
「っ! ふっ!」
一心不乱にラリーを続ける。目がピンポン球だけを追い続ける。卓球台の対角線上を切り裂くようにボールが行き来する。次第に増していくスピード。一分、一秒。時間が他の人よりも長く引き伸ばされたような錯覚に陥る。
……なんだろう、この感じ。
来た球を打ち返すのに精一杯なはずなのに、いや、精一杯だからこそなのか。正体不明の感情が、胸のあたりから染み出してくるのを感じる。わかるのは、ここ数日の生活では一度も感じることのなかったものだということだけ。
鼓動が速く、大きくなっていく。それは久しぶりの運動だからか、それとも、もっと別の何かなのか――。
「あっ」
その時。
青原さんはボールを打ち損じたのか、私のコートにふわふわと浮いた球が来た。
チャンス……ボール!
「はあっ!」
考えるよりも先に身体が動いた。無意識に声が出て、私はそのボールを全力で振りぬいていた。
スパァン!
今日打った中で一番速い球が、青原さんのコートを貫いた。彼女のラケットに触れることなく。長く続いたラリーが終わったのだ。私のスマッシュで。
「はあ……はあ……」
気が付けば息が上がり、冷たい滴が一筋、額から頬にかけて伝っていく。湿った髪が、頬にぺたりと張りついていた。
「……」
我に返ると、青原さんはほんの少しだけ目を見開いていた。かと思えば、壁際に転がるボールの方を拾いに背を向けた。
「ごっ、ごめんなさい。ラリー続けてたのに勝手に強打しちゃって……」
わたわたと手を動かしながら謝罪の言葉を述べる。せっかく何本も続いていたのに、自分勝手に打っちゃった。怒って……ないかな。
「ううん、構わない」
再びこちらを向いたその顔は、どこか笑っているように思えた。なんだか、うれしそうに。
なんで、笑ってるんだろう……。
「えっと、青原さ――「ナイスボール!!」
その真意を訊こうとしたところで、私の言葉はのびやかな声で遮られる。その主は青原《あおはら》さんではなく――練習場の入り口に立っていた人から発せられたものだった。
「いやー、いい球打つじゃん!」
そう言って賞賛する彼女……はパッと見、中学生かそれこそ小学生のようだった。制服を着ているからかろうじて高校生だと判断できるが、街中で会ったら間違いなくその結論には行きつかない。
しかも……えっ、先輩!?
制服に結ばれた赤のリボンを見て、私は目を瞬いた。その色が示す学年は、なんと2年生を通り越して3年生。つまりはこの学校の最上級生。
よかった、この高校が胸のリボンで学年を判別できる制服で。間違って先輩を同級生扱いなんかしてしまった日には、日なたを歩いて学校に通える気がしない。
「それにしても、先に来て練習しているなんて感心、感心」
この人も……卓球部、なのかな。
「おつかれさまです、部長」
「ぶ、部長!?」
青原さんから発せされた言葉とペコリと頭を下げる動作に、思わず声を上げてしまう。
驚く私を意に介さず、部長さんはひらひらと左手を振る。
「そういえば、赤城ちゃんははじめましてだね。その通り、ボクが部長だよー」
この部はどうして初対面の人にこうもフレンドリーに接することができる人ばっかりなのか。そういう練習もしているのか?
なんて考えながら改めて部長の姿を見る。制服と同じ赤いリボンでゆったりとまとめられたセミロングの黒髪。髪型のせいもあってか、やはり子どもっぽ――実年齢より若く見える。
「いやーしかし今年は豊作じゃない? こんな実力者がふたりも。なあ、めぐ?」
「んー、まあ優月ちゃんは今週いっぱいの助っ人なんだけどね……」
そう返すのは遅れて入ってきためぐ先輩だ。
「ええー、やっぱりそうなのー?」
ぶう、とあからさまに頬を膨らませて不満を露わにする部長さん。そう言われてしまうと私としても肩身が狭くなる。だからといって入部はしないけど。
「もう、優月ちゃんは瑠々香の代わりに試合に出てくれるんだから、文句言わないの」
「はいはーい、わかってますよー」
めぐ先輩たちの会話に、私は引っかかりを覚えて、
「え? 代わりってもしかして……」
「そのとーり! キミが出てもらうのは、負傷しちゃったボクこと部長の仲谷瑠々香ちゃんの代わりだよーん」
言って、部長――仲谷瑠々香先輩は右手をひらひらと振る。その小指には、白い包帯がぐるぐるに巻かれていた。他の4本はほっそりとしているので、包帯で太くなった小指がより際立っている。
「指……本当に大丈夫なんですか?」
青原さんが訊ねる。
「まーねー。ただの突き指で2週間もあれば治るんだけど、念のため運動はやめとけってドクターストップがかかっちゃってさー」
「当たり前でしょ。インハイ予選だってあるんだし、今は安静にしとかなきゃ」
そっか。3年生ってことはこの人にとって次の夏の大会が最後になるんだ。去年の私がそうだったみたいに。
「優月ちゃんごめんね? 瑠々香、いつもこんな調子だから」
「は、はい……」
「こんな調子とは失礼だなー」
「本当は初めてここに来てくれた日に紹介できればよかったんだけど、丁度その日に指をケガして病院に行ってたから」
めぐ先輩は申し訳なさそうに話す。
「さーて! それじゃあボクも練習しよっかなー」
「もう、瑠々香!」
「冗談だよ冗談。でも見るくらいならいいじゃん? 代役とはいえ、せっかく赤城ちゃんも練習に来てくれてるわけだし。青原ちゃんもやる気満々だし」
「はい。練習しましょう」
まるで打ち合わせでもしていたのか、返す刀で返事をする青原さん。性格は正反対っぽいけどこのふたりは気が合いそうに思えた。
「ほら~めぐ~。やる気に満ち溢れた新入生の子たちを、先輩としては放っておけないでしょ~?」
「……はあ。じゃあ見てるだけだからね? 瑠々香はラケット握っちゃダメだから」
「わかってるわかってる~」
諦めに満ちた息がめぐ先輩から吐かれる。というか今、「子たち」って言わなかったかこの人。私も含めたのか?
「……」
ふと隣を見れば、青原さんがじっと、私の方を見ていた。
「えっ……と、どうかした?」
「……別に」
言って、彼女は瑠々香部長の方へと歩いていく。
なんだろう。あんまりやる気の感じられない、私みたいなのが部にいるのが嫌なんだろうか。
「どもっす! 日直で遅れました」
「どうも……」
「遅れてすみませんー!」
と、そこへ千穂先輩につむぎ先輩、それに杏子《きょうこ》ちゃんが練習場に流れるように入ってきた。
「おっ! これで全員集合か! よしよし……それじゃあ今日も張り切っていこー!」
瑠々香部長の声のあとに、いくつかの「おー!」という声が続く。
「お、おー……」
流されるように私の口からも出てしまう。それがため息なのか嘆きなのか。決して気合いを入れるためではないことは言うまでもない。
こうして、私の期間限定の卓球部生活は、幕を開けた。
つぶやきながら、部室内でノロノロと準備を始める。これからまた、卓球をする。そのことを考えると私の動作は自然と重たいものになっていた。
家から持ってきたピンクのスポーツウェアとハーフパンツに着替え、汗で濡れてしまわないよう髪を結んだシュシュを外してゴムで結い直す。そして荷物をしまうために空いているロッカーを探していると、
「え、私の名前?」
端っこにある空のロッカーの扉には「赤城優月」ときれいな丸文字で書かれた紙が貼ってあった。私用のロッカー、使え、ということだろう。
私を入部させる気まんまんじゃん……。
まあ、せっかく用意してくれたのだ。使わなければそれはそれで申し訳ない。自分に言い聞かせつつ、リュックや着替えた制服、体育で使わなかった体操服の上着なんかをロッカーに放り込んだ。
ふと、棚に置いてあるスタンドミラーが目に入る。小さな枠の向こう側からは、卓球をする装いになっている私が見つめ返していた。
つい数日前の入学式の日には、私が放課後にこんな格好になっているなんて想像もしていなかった。
むしろ入学式の日にタイムスリップして自分に教えてあげたい。影の薄い地味なキャラでもいいからひっそりとした学校生活を送れ、と。
今さら言ってもどうしようもないけど。
それでも、癖になっているようで、私は考えてしまうのだ。『もしも』の話を。
もしも断っておけば。
もしもあのスマッシュをミスしていなければ。
もしもあの時……勝っていれば。
「……ねえ」
「はっ! ひゃいっ!」
扉の外――練習場から青原さんの声。ぐるぐると考え込んでいたせいで裏声が出てしまった。
「もう準備、できた?」
「う、うん」
「そう……じゃあ待ってるから」
それだけ言うと、彼女の気配が扉から離れていく。
「……」
持ってきた自分のラケットを手に取る。両面それぞれに赤と黒のラバーが貼られたそれは、中学3年生で引退してから今日まで一度たりとも握っていない……はずなのに、手にぴったりとフィットする感触がした。
行く……か。
練習場に戻った私は、準備体操もそこそこに、早速卓球台を挟んで青原さんと向かい合った。ちなみに練習場には私と青原さんの以外、まだ誰も来ていない。誰か早く来てくれないかな。
「じゃあ……フォアクロスからでいい?」
「あ、うん。お願いします」
私が構えたのを確認すると、彼女は手に持ったピンポン球を放つ。
カコン。
私は、打ち返す。それを青原さんが、打つ。また私が返球する。そうしてラリーが続いていく。
カコン、カコン、カコン……。
私は少しスピード遅めの球を送る。相手の顔色をうかがうように。青原さんも気を遣ってくれているのか、同じような調子の球で返してくれる。それはまるで、初対面同士の会話のように。当たり障りのない天気の話題から始めるように。
ゆったりとした、それでいてリズミカルな音が反射する。ああそうだ、こんな感じで打つくらいならいいかな、なんて思考を浮かべながら打球を続ける。
だけど。
そんな様子見をいつまでも続けるつもりはない――とでも言うように、何本かラリーを重ねたところで青原さんは球速を上げてきた。
「っ!」
驚き身体が止まりそうになる……も、反射神経を駆使して打ち返す。必然的に跳ね返った私の球も速くなる。
カッ! カッ! カッ!
文字通り『打って変わって』小気味のいい音が練習場内にこだまする。
「……! っ!」
「っ! ふっ!」
一心不乱にラリーを続ける。目がピンポン球だけを追い続ける。卓球台の対角線上を切り裂くようにボールが行き来する。次第に増していくスピード。一分、一秒。時間が他の人よりも長く引き伸ばされたような錯覚に陥る。
……なんだろう、この感じ。
来た球を打ち返すのに精一杯なはずなのに、いや、精一杯だからこそなのか。正体不明の感情が、胸のあたりから染み出してくるのを感じる。わかるのは、ここ数日の生活では一度も感じることのなかったものだということだけ。
鼓動が速く、大きくなっていく。それは久しぶりの運動だからか、それとも、もっと別の何かなのか――。
「あっ」
その時。
青原さんはボールを打ち損じたのか、私のコートにふわふわと浮いた球が来た。
チャンス……ボール!
「はあっ!」
考えるよりも先に身体が動いた。無意識に声が出て、私はそのボールを全力で振りぬいていた。
スパァン!
今日打った中で一番速い球が、青原さんのコートを貫いた。彼女のラケットに触れることなく。長く続いたラリーが終わったのだ。私のスマッシュで。
「はあ……はあ……」
気が付けば息が上がり、冷たい滴が一筋、額から頬にかけて伝っていく。湿った髪が、頬にぺたりと張りついていた。
「……」
我に返ると、青原さんはほんの少しだけ目を見開いていた。かと思えば、壁際に転がるボールの方を拾いに背を向けた。
「ごっ、ごめんなさい。ラリー続けてたのに勝手に強打しちゃって……」
わたわたと手を動かしながら謝罪の言葉を述べる。せっかく何本も続いていたのに、自分勝手に打っちゃった。怒って……ないかな。
「ううん、構わない」
再びこちらを向いたその顔は、どこか笑っているように思えた。なんだか、うれしそうに。
なんで、笑ってるんだろう……。
「えっと、青原さ――「ナイスボール!!」
その真意を訊こうとしたところで、私の言葉はのびやかな声で遮られる。その主は青原《あおはら》さんではなく――練習場の入り口に立っていた人から発せられたものだった。
「いやー、いい球打つじゃん!」
そう言って賞賛する彼女……はパッと見、中学生かそれこそ小学生のようだった。制服を着ているからかろうじて高校生だと判断できるが、街中で会ったら間違いなくその結論には行きつかない。
しかも……えっ、先輩!?
制服に結ばれた赤のリボンを見て、私は目を瞬いた。その色が示す学年は、なんと2年生を通り越して3年生。つまりはこの学校の最上級生。
よかった、この高校が胸のリボンで学年を判別できる制服で。間違って先輩を同級生扱いなんかしてしまった日には、日なたを歩いて学校に通える気がしない。
「それにしても、先に来て練習しているなんて感心、感心」
この人も……卓球部、なのかな。
「おつかれさまです、部長」
「ぶ、部長!?」
青原さんから発せされた言葉とペコリと頭を下げる動作に、思わず声を上げてしまう。
驚く私を意に介さず、部長さんはひらひらと左手を振る。
「そういえば、赤城ちゃんははじめましてだね。その通り、ボクが部長だよー」
この部はどうして初対面の人にこうもフレンドリーに接することができる人ばっかりなのか。そういう練習もしているのか?
なんて考えながら改めて部長の姿を見る。制服と同じ赤いリボンでゆったりとまとめられたセミロングの黒髪。髪型のせいもあってか、やはり子どもっぽ――実年齢より若く見える。
「いやーしかし今年は豊作じゃない? こんな実力者がふたりも。なあ、めぐ?」
「んー、まあ優月ちゃんは今週いっぱいの助っ人なんだけどね……」
そう返すのは遅れて入ってきためぐ先輩だ。
「ええー、やっぱりそうなのー?」
ぶう、とあからさまに頬を膨らませて不満を露わにする部長さん。そう言われてしまうと私としても肩身が狭くなる。だからといって入部はしないけど。
「もう、優月ちゃんは瑠々香の代わりに試合に出てくれるんだから、文句言わないの」
「はいはーい、わかってますよー」
めぐ先輩たちの会話に、私は引っかかりを覚えて、
「え? 代わりってもしかして……」
「そのとーり! キミが出てもらうのは、負傷しちゃったボクこと部長の仲谷瑠々香ちゃんの代わりだよーん」
言って、部長――仲谷瑠々香先輩は右手をひらひらと振る。その小指には、白い包帯がぐるぐるに巻かれていた。他の4本はほっそりとしているので、包帯で太くなった小指がより際立っている。
「指……本当に大丈夫なんですか?」
青原さんが訊ねる。
「まーねー。ただの突き指で2週間もあれば治るんだけど、念のため運動はやめとけってドクターストップがかかっちゃってさー」
「当たり前でしょ。インハイ予選だってあるんだし、今は安静にしとかなきゃ」
そっか。3年生ってことはこの人にとって次の夏の大会が最後になるんだ。去年の私がそうだったみたいに。
「優月ちゃんごめんね? 瑠々香、いつもこんな調子だから」
「は、はい……」
「こんな調子とは失礼だなー」
「本当は初めてここに来てくれた日に紹介できればよかったんだけど、丁度その日に指をケガして病院に行ってたから」
めぐ先輩は申し訳なさそうに話す。
「さーて! それじゃあボクも練習しよっかなー」
「もう、瑠々香!」
「冗談だよ冗談。でも見るくらいならいいじゃん? 代役とはいえ、せっかく赤城ちゃんも練習に来てくれてるわけだし。青原ちゃんもやる気満々だし」
「はい。練習しましょう」
まるで打ち合わせでもしていたのか、返す刀で返事をする青原さん。性格は正反対っぽいけどこのふたりは気が合いそうに思えた。
「ほら~めぐ~。やる気に満ち溢れた新入生の子たちを、先輩としては放っておけないでしょ~?」
「……はあ。じゃあ見てるだけだからね? 瑠々香はラケット握っちゃダメだから」
「わかってるわかってる~」
諦めに満ちた息がめぐ先輩から吐かれる。というか今、「子たち」って言わなかったかこの人。私も含めたのか?
「……」
ふと隣を見れば、青原さんがじっと、私の方を見ていた。
「えっ……と、どうかした?」
「……別に」
言って、彼女は瑠々香部長の方へと歩いていく。
なんだろう。あんまりやる気の感じられない、私みたいなのが部にいるのが嫌なんだろうか。
「どもっす! 日直で遅れました」
「どうも……」
「遅れてすみませんー!」
と、そこへ千穂先輩につむぎ先輩、それに杏子《きょうこ》ちゃんが練習場に流れるように入ってきた。
「おっ! これで全員集合か! よしよし……それじゃあ今日も張り切っていこー!」
瑠々香部長の声のあとに、いくつかの「おー!」という声が続く。
「お、おー……」
流されるように私の口からも出てしまう。それがため息なのか嘆きなのか。決して気合いを入れるためではないことは言うまでもない。
こうして、私の期間限定の卓球部生活は、幕を開けた。


