スマッシュを打った。だけど打ち込んだその球は、台の外にはずれていく。

 もう一度。打つ。台には入らない。
 いくらでもチャンスボールが飛んでくるのに、打っても打っても、私のミス。いつもは入るのに。こんなミス、しないのに。

 あれ?
 相手の点数が増えていくばかり。私の得点は、ゼロのまま。

 あれ……?
 次第に声援が小さくなっていく。

 あれ…………?
 みんな、私に背を向ける。私から、離れていく。

 あれ………………?
 息が苦しい。酸素をうまく取り入れられない。

 ダメ。このままじゃ。
 また、負けちゃう――――――――。

「ぷはっ!」

 バシャア! と耳元で弾けるような水音。そこでようやく、私は湯船でうたた寝をしていたことに気が付いた。

「はあ、はあ……」

 ぼたぼたと、髪から、頬から湯船に水滴が落ちていく。
 危ないとこだった。女子高生がお風呂で居眠りして窒息、なんてニュースになりたくない。

 眠気を覚ますために私は湯船のお湯を顔に勢いよく当てる。それでも、視界は湯気でもやがかかっており、まだ夢から覚めていないように思えた。

「疲れてる、のかな」

 原因はまちがいなく放課後にした卓球。お湯に包まれた腕や足には、運動後特有のだるさが残っている。
 こりゃ明日は筋肉痛かも……。

 ぐっ、と湯船の中で身体を伸ばす。ちゃぷんとお湯が鳴る。じんわりと熱を感じる手足の筋が心地いい。
 変な夢を見ちゃったのも、きっと卓球なんかしたからだ。

「よし、明日こそは他の部を見て回ろう」

 決意表明をするがごとく、私はこぶしを握る。胸の前に両手を持ってきて。

「…………」

 そしてふと、自身のこぶしに、胸元に目を落とす。見えている光景と対比して思い浮かべぶのは、めぐ先輩のそれだ。
 3年生までには私もあれくらい……。

「何食べたらああなれるのか、訊いてみようかな」

 そこまで独り言がこぼれたところで、私はハッとした。

「ダメダメ! 私は卓球部には入らないって決めたんだから!」

 首を振った後、自分に言い聞かせるようにほっぺをペチペチと叩く。

「優月ー、いつまで入ってるのー」
「んー」
「あんまり遅いとお父さんが買ってきたシュークリーム、食べちゃうわよー」
「あー! 食べないで! 今出るから!」

 もう、人がせっかく決意に燃えてるっていうのに。シュークリームは食べるけど。

「……よし!」

 明日は誰がなんと言おうと自分の行きたい部に見学に行くんだ。そう決心して湯船から立ち上がった。


 なんて決意を胸に抱いたけど、私は気づくべきだったのだ。その日、再三実感したことを。
 人生、自分の思うようにはいかない、ということを。

「お願いっ!」

 翌日の放課後。そう言って私の前で頭を下げてくるのは――知り合って1日と経っていないめぐ先輩。

「私からもお願い!」

 彼女の隣には同じように懇願する杏子ちゃんの姿。

「えっ……と」

 二の句が継げずに困惑する私。嫌な予感が脳裏をよぎる。彼女たちの口から次に放たれる言葉を予想して。
 だけど嫌な予感というものは、往々にして当たってしまうのだ。

「私たちと一緒に、試合に出てほしいの」