「あんなの、納得いなかいよー!」

 大会が終わった後、会場から出たところで、杏子ちゃんはそう主張した。

「まあまあ杏子ちゃん落ち着いて……」

 まるで当事者みたいに地団駄を踏む杏子ちゃんを、めぐ先輩がたしなめる。

 結果から言えば、私と華は予選リーグ敗退。黒部さん眞白さんペアになんとか勝利した……まではよかったけど、その後、予選リーグ3つ目のペアに、私たちはあっさり敗けてしまったのだ。

「でもあの人たち、大学生じゃないっすか! それもスポーツ推薦で超有名な! こんなの卑怯っすよ」

 そう、3つ目のペアは、東京にある強豪で有名な私立大学の人たちだった。地元に帰省したついでか、単なる腕試しか、この大会に参加したみたいだった。
 おかげで、ボロ敗けもいいとこだった。まあ、黒部さんたちとの試合でかなり力を使い果たしたというのも否めない。

「でもさー、優月は悔しくないの? せっかくあの人たちに勝って、もう1勝すれば決勝トーナメント進出だったんだしさー」

 尖った唇。ちょっと変な顔で笑いだしそうになるのを堪えて、私は答えた。

「うん、悔しいよ」

 すごく、悔しい。

「だから、次は勝てるよう、もっと練習しないとね?」

 隣を見る。

「うん」

 私のパートナーが、うなずく。

「ふふっ」
「めぐ先輩?」
「ごめんごめん。なんだかもう、すっかり息ぴったりのダブルスペアだなあと思って」
「そ、そうですかね」

 面と向かってそう言われると少し照れる。

「そうだそうだー。あ、そういえばゆづっち、お泊まりの報告をまだ聞いてないんだけどなー、こーんなに仲良くなったってことは……」
「え、なにそれ気になる! ボクに黙って何してたのさ!」
「それが聞いてくださいよ部長ー、このふたりったら一緒にお風呂――」
「ああああ今は言わないでください!」

 千穂先輩もだけど、瑠々香部長にお風呂のこととか知られたらどうなることか。数か月はいじられそうだ!

「……あ」

 瑠々香部長の数メートル後ろ。人影を察知して見れば、ふたり――黒部さんと眞白さんが立っていた。

「えっと……」
「んじゃーお邪魔虫は退散といきますかね。ほらみんな、行くよー」

 にんまり、と瑠々香部長は笑うと、私と華以外の部員の背中をぐいぐい押しながら離れていった。

 残ったのは、ふたりずつ。
 私と華。黒部さんと、眞白さん。

「何か、用?」

 切り出したのは華だった。

 そうだ。試合直後も、ふたり、特に黒部さんは唇を震わせて無言のままで、試合後の礼である握手の時も無言だった。
 今さら、私に何を言いにきたんだろう。

「……」
「……」

 数秒間の静寂。大会も終わり、歓声が聞こえてくることもない。

「……ごめんっ!」
「え?」

 意外な言葉に驚いていると、黒部さんはこちらに頭を下げていた。

「……本当は、ずっと悔しかったんだ。その、中学の時、部内の試合じゃ1回も赤城に勝てなかったから」
「黒部、さん」
「悔しかったから、どうしても素直になれなくて。外の試合で赤城が敗けてばっかりだったのを見て、ざまあみろ、って思っちゃって。……同じ部の仲間だったのにさ」

 頭を上げる黒部さんは、バツが悪そうに斜め下に目線を固定する。

「同じ部の仲間なら、試合に出る奴が力を出せるよう、一緒にがんばるべきなのにさ」

 彼女は、今度は華の方を向く。

「あんたを見て、そう思ったよ」
「……」

 黒部さんの言葉を、黙って聞く。彼女は、昔のことを顧みて、謝罪してくれた。だったら、私も。

 私も、言わなくちゃ。

「わ、私の方こそ……ごめん」

 勇気を振り絞り、前を見て、口を開く。

「部内の試合で勝って、せっかくレギュラーに、キャプテンに、なったのに……あんなふがいない結果しか残せなくて。みんなに迷惑ばっかりかけて」

 嫌な思いばかりさせてしまった。

「……いいよ」

 小さくそう言ったのは、眞白さんだった。

「私は、赤城さんのせいで友里音が外の試合に出たりできなかった、そう思ってる。その気持ちは、今でも変わらない。でも」
「眞白さん……?」
「それは昔の話。今は私たちも、赤城さんも、新しい場所にいる。その新しい場所で、赤城さんは卓球をしたいって思ってる。そうでしょ?」
「うん」
「だったら、それをどうこう言う権利は、私たちには、ない。私たちが言えるのは……次は敗けない。それだけ」

 眞白さんは、私を見る。相変わらずの鋭い目つき。でもそれは以前とは少し違い、『今』の私を見てくれている気がした。

「ま、つーわけで私も今度は敗けないから。ってゆーか、まだシングルスでは赤城に敗けてないわけだし?」
「わ、私こそ……敗けない」
「んじゃ、今度はインターハイ予選、だな。今度こそ当たるかどうかわかんないけど……私らに当たるまで、敗けんなよ?」
「うん、そっちも、ね」
「なんだよ赤城。言うじゃん」

 自然と、お互いから笑みがこぼれる。そうか、普通に話せば、こんな人だったんだ。今まで、ボタンを掛け違えていただけで。私も、彼女も。

「んじゃ、またな」
「うん」

 背中を向けるふたりを見送る。

「あ、そうだ」
「?」

 振り向きざま、

「赤城の攻撃ってゆーかドライブ、やっぱすげえじゃん」
「え……」

 私も負けないけどね。
 そう言い残し、彼女たちは去っていった。

「……」
「……」

 姿が小さくなるのを、私と華はただ見る。

「優月のドライブ、すごいって言ってたね」
「……うん」

 やばい。口元がゆるむ。にやけてしまうのを必死に両手で押さえる。

 ……うれしい。

 褒めてもらえるのって、やっぱりうれしい。

「華、ありがとう」

 私は、隣を向いて言った。

「どうしたのあらたまって」
「私、華がいてくれたからここまで来れた。今日も勝つことが、できた。だから……ありがと――うみゅ」

 言い終わる前に、私の頬は彼女の両手によって包まれた。彼女は顔を近づけて、

「それじゃあ今日で終わりみたいじゃない。私たちはこれから、そうでしょ?」
「……うん」

 目の前の女の子が、笑う。

「私たちも、負けてられないね、優月」

 もっと練習しないとね、と華は言う。

「うん、がんばらないと」

 昔の仲間。そして今は競い合うライバルとなった、彼女たちのためにも。

「それから」
「?」

 くるり、と華は回って、私の前に立つ。

「ライバルは、あの子たちだけじゃないからね」
「え……?」
「私も、優月のライバル、だから」
「あ……」

 星空の夜のこと。この子は、私に勝つことを目標としているのだ。

「同じ部の仲間だけど、容赦しないから」
「うん、望むところ、だよ」

 言って、自然と私たちは右手を出す。しっかりと握り合う手と手。これからもよろしくという、意思表示。

 仲間として、ライバルとして。
 私たちふたりは、並んで歩んでいくのだ。
 最も近い場所で、勝利をつかみとるために。

「おおーい、もうお話終わったー? せっかくだからウメちゃんのとこで打ち上げしよーよー」

 と、少し離れたところから瑠々香部長の声。

「今行きまーす」

 返事をし、向かう。握った手は、そのままに。

「いこっか」
「うん」

 うなずき合って、みんなに元へと駆け寄る。

 ここが私の、新しい居場所だ。