さよなら、未来




夏輝に話しかけられないまま、数日が過ぎた。
去年まで一緒に過ごしていた夏休みも、今年は会わないのかもしれない。
…どうすればいいか、何を話せばいいかわからなかった。
夏休み前最後の今日も結局どうすることも出来ず、講義が終わって直ぐに夏輝は帰ってしまった。
…帰る気になれない。


「ねぇ、青山くんの友達。青山くんの様子、おかしくない?」


ため息を吐いて頬杖をついていれば、目の前に女が立っていた。
柚原紗月だ。


「…冬川智明。」

「冬川くんね。私は柚原紗月。」


大方、俺の名前がわからないのであろう彼女に名乗れば、ご丁寧に名乗り返してくれた。
こちらは一歩的に名前と顔を知っていたが。
彼女は夏輝が好きらしい。
そんな噂を、何ヶ月か前に聞いた。
たまたま前を歩いていた女の子たちが話をしているのが聞こえただけなのだが、俺はチャンスだと思った。
夏輝が、立ち直るきっかけになるんじゃないかと考えたからだ。

…夏輝がショックを受けるのも仕方ないと思う。
なにせ、長年の片思いが実った、初めての彼女なのだ。
考えただけでも甘酸っぱくて、まるで少女漫画や映画でも見ているようだったのに。
付き合ってまだ半年前だった。
まるで七夕の織姫と彦星のように離されて、その時の夏輝は見ていられなかった。


「で?何で本人じゃなくて俺に言うわけ?」

「…多分、私避けられてると思うから。」

「っ!夏輝に何かしたのか…!?」


ガタンと席を立ち上がり、柚原を睨む。
その様子に少し驚きながら、柚原は俺から目をそらした。


「話を…、しただけよ。」


夏輝はお人好しの部類だ。
そう簡単に人を避けるような奴じゃない。


「…何を言ったんだ?悪いけど、夏輝を傷つけるような奴との仲は取り合わないぞ。」

「…っ、違う…!そんな事望んでない。ただ…。」


少し声が大きくなりかけたのを気にして、柚原は口を噤んだ。
まだ残っている学生はちらほらいる。


「…場所を変えよう。」


俺はバッグを掴んで裏庭へと向かった。
その後ろを、彼女がバツが悪そうな顔で着いてくる。
思った通り人気のない裏庭のベンチへと座れば、1人分以上の間を空けて柚原も座る。
警戒されているのだろう。
とはいえ、話かけて来たのは向こうだ。


「で?何言ったんだ?」

「…全部、話すわ。」


彼女の口から、小学生の頃の夏輝の飼い犬の話、この前夏輝と2人でした話が語られる。
冷静に聞いて、夏輝の為を思っていることは伝わった。
が、伝え方は良くなかったんじゃないかと客観的に感じる。
現実逃避ばかりしてるのは良くない。それはわかる。
けれど、いきなり現実というナイフを突きつけて責め立てても、夏輝の心は傷つくだけで、下手したら壊れてしまうだろう。
俺は、夏輝の心が守られるなら、仮に嫌な思い出をどこかに閉じ込めてしまったとしても良いと思っていた。
…少し前までは。
最近の様子を見るからに、それは間違いだったかもしれないと思っている。
かといって彼女のやり方が正しいとは思えない。


「夏輝は…、大事な親友なんだ。」


生涯、こいつの脇役に徹してもいいと思えるほど、俺は夏輝の存在に救われた。
夏輝がいたから、楽しい学生生活が送れたんだ。
俺は小学生の頃から漫画が大好きで、小さい時は一緒に遊んでいた友人もいたが、高学年になるとガラッと雰囲気が変わった。
好きな漫画の話をすれば、周りから「子供っぽい」、「キモイ」と非難され始め、周りから友達が減っていった。
だからと言って、好きなことを辞めたくなかった。
友人を作るために趣味を諦めなきゃいけないのか?好きなことをやっちゃいけないのか?
だったら、友達なんてこっちから願い下げだ。
中学校に入ったらゲーム同好会に入った。
同じ1年生の奴はいなくて、オタクだという理由だけでクラスでいじめられているらしい先輩達が3人。
後は不登校の奴から名前だけ借りていて、いわゆる幽霊部員というやつだ。

幸い、俺は見た目が悪いからか表立っていじめてくる奴はいなかった。
目つきが怖いのか、直接文句を言うやつはいなかったが、陰口はよく叩かれていた。
そんな俺にやっと出来た友達なんだ。
夏輝は俺の好きなものを一緒に楽しんでくれる。
軽蔑するような顔もしないし、差別することもしない。
だからこそ、夏輝には、ゲームの主人公のようにハッピーエンドを迎えてほしい。


「この状況が良くないとは、俺も思ってる。」

「……なら、」

「だからって、傷ついてる人間に「逃げるな」っていうのも、酷な話だろ…。」


まるで、ゴールのない迷路を歩かされている気分だ。
解決策が見当たらない。
未来ちゃんなら、どうしていただろう。
こんな時、どう夏輝を励ますんだろうか。


「…未来の葬儀の時、あなたが青山くんに付き添ってるのを見てたの。それで…。」

「俺ならどうにかできるって?…はっ、随分と過信されたもんだ…。」


俺だってどうにかできるなら、どうにかしたい。
けど、今の夏輝は未来ちゃんがいない現実を拒否している。
柚原のように、いきなり現実を突きつけるのは得策じゃないだろう。
本人が、少しでもこの現実に違和感を感じていれば別かもしれないが…。


「この前、『青春りすたぁと!』貸してたわよね?」

「……お前、知ってんの?ギャルゲーなのに?」

「冬川くん…、まさか『女は少年漫画読むな』って言うタイプ?」

「それは……、ないけど。」


偏見だったかもしれない、と心の中で反省する。
男性向け、女性向けと分けるのはナンセンスだ。
ましてや多様性の時代、柚原が何を好きでプレイしてようと、別にどうということはない。


「アイドルとか…、かわいい女の子が好きなのよ…。」


少し気恥ずかしそうに、小さな声で柚原が言った。
俺もかわいい女の子は好きなので思わず頷く。
2次元限定だが、柚原の表情はまるでギャルゲーのスチルのみたいで、一瞬見惚れた。


「こ、このゲーム、他の作品のキャラに似せて作れるしな。」

「そうなのよね……! 私もちょっとやってみたけど、キャラクリだけで一日潰れそうだった……!」

「わかる…っ!!」


俺は力強く同意した。
ビジュアルの細かさだけじゃない。性格の設定も自由度が高くて、没入感がハンパなかった。
会話を重ねるうちにAIの彼女の精度も上がっていく。
まるで、相手が本当に「生きてる」みたいに。

中でも衝撃だったのは、購入特典のスマホ連携チャット機能。
朝や寝る前に「おはよう」「おやすみ」がランダムで届くし、他のメッセージにも規定時間内であれば返信が来る。
まるで、ほんとうに“彼女”とやりとりしてるようで――。

……似せて、作れる……?
……彼女と、やりとりしてるみたい……?

最近の、違和感を感じた夏輝を思い出す。
あいつが変になったのは、ゲームを貸してからじゃないか…?
さっきまでスルーしていた情報の断片が、じわじわと繋がっていく。
小さな違和感が、大きな確信へと変わりはじめていた。
信じたくないけれど、今までの違和感を考えれば納得がいってしまう。

まさか。
いや――、もしかして、夏輝は……、


「あの、馬鹿…ッ!!!」

「ちょっと、どうしたの……!?」


急に走り出した俺を、柚原が驚いた顔で追ってくる。
けれど立ち止まるわけにはいかなかった。
とんでもないことが、起きているかもしれないんだ。


「あいつ多分っ、……未来ちゃんを作ったんだ……っ!」

「……っ!!」


柚原は一瞬で理解したらしく、息を呑むように目を見開いた。
そして次の瞬間、彼女も俺と同じ速さで走り出した。


夏輝、俺には恋愛なんて画面の中で十分だ。
なにせ嫁が100人はいるからな。
好きなキャラと過ごす時間があれば、寂しくなんてないんだよ。
でも、…夏輝は違うだろ。
俺と同じじゃない。
お前には大切な恋人と現実を生きるんだ。
リアルで笑って、泣いて、恋をして…、そういう奴なんだ。
だから、戻ってこい。
痛くて、ツラいかもしれないけど、きっとお前なら乗り越えられるから。
一緒に泣いてやるから。
俺が未来ちゃんの分まで、何度だってお前の背中を押してやる。
だからさ、夏輝。
頼むから、現実に戻ってきてくれよ。