「……夏輝、なんか…、元気ない?」
霊園からの帰宅後、僕は久しぶりに未来に会いに行った。
あの後、智明が落ち着いてからバスと電車に乗りこみ、最寄り駅まで一緒に帰ってきた。
その間、智明はずっと無言だった。
最近はずっと未来のことで頭がいっぱいだった僕は、今日、久々に彼の顔をまじまじと見た気がした。
悲しいような、苦しいような表情。
いつも明るく、冗談を言ってくれる彼の面影が今はない。
ー「……頼むから、気付いてくれよ……っ!」
涙ながらに訴える、あの声が、表情が蘇る。
…僕のせい…、だとは、思う。
けど、どうしたらいいのか、わからなかった。
……未来に会いたい。
この間まで避けていたのに、無性に彼女に会いたくなった。
彼女なら、僕のこの気持ちをどうにかしてくれる。
そう思って、ここへ来た。
「いや……ちょっとね。」
「私に話してみなよ。なんでも聞くよ?」
いざ未来を目の前にすると、話すことが憚られた。
何をどう伝えればいいのか。
そもそも、この話は未来に言ってもいいのだろうか…?
急に不安が押し寄せて、僕は開きかけた口を閉じる。
「……実は、……タロのストラップ、なくしちゃって……。」
少し悩んだ挙句、ストラップを失くした話をすることにした。
この話も未来には話しづらいことだが、無い事にいつ気づかれてもおかしくはない。
であれば、自分から話した方が良いと思った。
そういえば、霊園で聞こえた犬の声、どことなくタロの声に似ていた気がする。
今となっては記憶が薄くなってきているけれど。
「……、ああ、私が作ったやつ?夏輝がもう大丈夫なら、気にしないで。」
「…え!?でも……、」
何でもないように答えた未来に戸惑う。
内心、怒ってるんじゃないだろうか?
あんなに大切にしていたくせに失くすなんて、と。
「元々、元気を出してほしくて作ったんだから。」
「ねっ。」と未来は明るく笑った。
それでもやっぱり、大事にしてたからショックだ。
そして何よりも、その存在を忘れていた自分が信じられなかった。
あんなに大切にしていたものを、どうして忘れていたんだろう。
未来は気にしないで、というけれど、自分がどこかに忘れたとは考えづらいし、ストラップの紐が切れて、どこかに落としてしまった可能性が高い。
……そういえば。
「柚原さん…。」
「え…?」
「あ、いや…、柚原さんって子が、お墓にストラップがあるとか何とか言ってたんだけど…、無かったんだよね。」
「…柚原さん、…?」
そうだ、未来の知ってる人かもしれないんだった。
「あ、覚えてる?柚原紗月さん。小学校が一緒だったらしいんだけど……、全然覚えてなくて。」
「…うん、覚えてるよ。」
『……まだ、未来のこと好きなの?』
あれは、一体どういう意味だったんだろう。
それと別れ際に呟いていた言葉、『もういないのに』。
そのまま台詞をくっつけてしまえば、
―ー未来はもういないのに、まだ好きなのーー?
考えすぎだ、聞き間違いかもしれないし。
頭をふるふると振って、考えを打ち消す。
…あれ、そういえば…、なんで未来は大学に行ってないんだっけ。
なんでまだ高校に通っているんだ?
「柚原さん、元気だった?」
未来に話しかけられてハッとする。
僕は今、何を考えていた…?
「…うん、元気そうだったよ。」
未来はここにいる。
それでいいじゃないか。
やっと、会えたんだから。
「……そんなことより、今日はどこ行く?」
未来が無理やり話題を切り替えたように見えたけど、僕もそれ以上は掘り下げなかった。
その日の夕飯は、未来といつものファミレスで。
彼女はオムライス、僕はハンバーグ。
いつも通り、半分ずつシェアして食べる。
「今度はお店のハンバーグみたいに、焦がさないように作るね!」
そう意気込む未来が可愛くて、つい笑ってしまった。
前に作ってくれたお弁当のハンバーグ、ちょっと焦げてたもんな。
食後のデザートまでしっかり食べてから、ファミレス前で別れることになった。
時計を見ればもう21時。
いつもより遅くなったし、家まで送ろうとしたら――、
「お父さんには内緒だから。」
未来は、前にも聞いたことあるような台詞で僕を制した。
手を振って別れながら、前にも、こんなやり取りをした記憶があった。
あれは、いつだったっけ……?
どこかで繋がっているような、過去と現在。
デジャヴのような感覚が、ふと脳をかすめた。
何故だか、このまま返してはいけない気がして、未来の腕を咄嗟に掴む。
「…夏輝?」
「…あ、」
驚いた顔をした彼女を見て、急に掴んでしまった腕を見る。
引き止めようとしたが、用事があるわけでもない。
何の言い訳も思い浮かばず、ゆっくりと手を放した。
「…もう暗いから、気を付けて。」
「うん、ありがとう。」
にこにこと笑顔で手を振る彼女。
姿が見えなくなるまで見送って、自分も帰路に着く。
家に着いてから、「着いた?」とメッセージを入れる。
そのまま時間が過ぎるか、一向に既読はつかない。
段々と不安に駆られて、僕は寝る前にもう一度「今日はありがとう。おやすみ。」とチャットを送った。
23時に送ったメッセージは既読にならず、その日、未来から連絡が来ることはなかった。
ーーー嫌な夢を見た。
未来が、どこにもいない夢だ。
夜に別れた後、朝になっても連絡がつかない。
ただただ、焦って、探して、見つからないまま、一日が過ぎるのを待っている。
ポコン、と通知音が鳴って目が覚めた。
現実のスマホに、未来からメッセージが届いていた。
よかった。未来は――ちゃんといる。
「おはよう!」という明るいメッセージに、「おはよう」と返す。
昨日のメッセージに関して、触れられることはなかった。
ふと、未来のアイコンに目がいく。
そういえば前は、お土産にあげたクマのアイコンだったんだよな……。
あれ?いつ頃アイコンが変わったんだっけ…。
画面を戻し、チャット一覧を開いてなんとなく下までスクロールしていく。
……ん?
「未来……が、ふたり……?」
妙に見覚えのあるクマのアイコン。
未来のアカウントだ。
今までやり取りしていた未来のアイコンはいつ撮ったかわからない、空の写真。
古い方のチャットの最新履歴には既読がついていなかった。
「…………こ、れ……、機種変、したんだっけ……?」
チャットが切り替わった記憶も、アイコンを変えた記憶もない。
ましてや、機種変した覚えも…ない。
指先が冷たくなるのを感じながら、僕は震える指でそっとクマのアイコンのチャットを開いた。
〈未読〉電話<キャンセル>
〈未読〉電話<キャンセル>
〈未読〉<おーい、寝坊か?>
〈未読〉<先行くぞ>
〈未読〉<大丈夫か?>
最新の僕のメッセージは、すべて未読のまま。
しかも――日付は5年前。
……5年……?
頭痛がして、思考がそこで止まる。
これ以上考えちゃいけない、と脳が訴えるようにズキズキと痛み出す。
僕は、何か大事なことを忘れてる気がする。
……思い出せない。
考えれば考えるほど、頭が割れるように痛くなっていく。
ふとカレンダーを見れば、今日は夏休み前最後の大学だった。
