「青山くんは夏休みは家族旅行とか行く?」
「あ、うん。毎年8月のお盆はおじいちゃん家に行くんだ。」
委員会が終わると、流れで春崎さんと一緒に帰ることが増えた。
智明に教えてもらった恋愛ゲームと違って、現実世界は受け答えの選択肢が無限大で困る。
少し緊張しながら、でも会話をスムーズに進めることを意識した。
「おじいちゃん家ってもしかして田舎とか…?」
「そうだね、畑しかないよ。」
「いいなぁ!私はいつも旅行行っておしまい。」
毎年行くおじいちゃんの畑を思い出す。
近くにコンビニなんてもちろんないし、高層ビルも存在しない。
見通しのいい畑が広がっているだけ。
けど、どこか空気は美味しく感じて、自然を満喫できる場所だ。
「春崎さんはどこ行くの?」
「今年はハワイに行く予定だよ。青山くん、チョコ好き?」
「ハワイかぁ、行ったことないな…。チョコはよく食べるよ。マカデミアナッツとか有名なんだっけ?」
「そうそう。お土産買ってくるね!」
僕からしたら田舎より行ったことのない海外の方が羨ましいけれど…。
でも青山家では毎年お盆にじいちゃんの畑を手伝うのが恒例行事になっている。
とはいえ、黙々と作業するのは嫌いじゃないし、美味しい夏野菜も食べれるのでこれはこれで結構快適だったりするの。
僕も何かお土産用意しないと…。
「…ねぇ、もしよかったら、夏休みの宿題、一緒にやらない?」
思ってもないお誘いに僕は驚いて数回瞬きをした。
夏休みの間会えないかな、なんて口実を探していたら、まさか春崎さんから誘ってくれるなんて…!
「ほら、青山くんって苦手教科あんまりないじゃない?私、理数苦手なんだよね…。」
「得意って訳じゃないけど…、僕で良かったら…。」
「ありがとう!!」
そのまま夏休みの日程をお互い確認して、図書館に行く日を決めた。
僕は夏休みが楽しみになってきて、誰かに言いたくなり智明に連絡を入れる。
「お前…っ!それもうデートじゃねぇか!!」
「へへ、智明にもお礼しなきゃな。」
「俺は特等席で青春アニメを見させてもらってる気分だよ。」
「…どういうこと?」
「気にすんな。じゃ、暇な時リセマラ手伝ってくれよ。新しいゲーム初めてさ…。」
智明はスマホのゲームを始めるとき、初期のガチャで良いのが出るまで粘り強くリセマラをするタイプらしい。
僕は途中で諦めちゃうけど、僕の為に協力してくれてる智明の為にも2つ返事で了承した。
春崎さんと勉強する予定の日、僕は入念に鏡の前で身だしなみをチェックしていた。
この日の為に智明と服を買いに行ったし、動画でヘアスタイルの研究もした。
とはいえあまりに気合を入れ過ぎても引かれそうなので、程よくおしゃれに見える程度に。
黒のスラックスに写真が印刷された白いTシャツにブルーグレーのシャツ。
髪は少しワックスをつけて遊ばせる。
…いまいち合っているのかわからないが、変ではない…はず。
あんまりにも洗面所にこもっている息子を見て、お母さんはニヤニヤと笑っている。
「似合ってるわよー?」
「……お母さん、顔が笑ってる。」
「あはは!だって、夏輝が初デートみたいに浮かれて……。」
そう言われて思わず顔が赤くなる。
デートって名目ではないけど、やっぱりデートになるんだろうか。
「あらやだ…、本当に?」
「~~ああ、もうっ!行ってきます!」
母親の好奇の眼差しから逃げるように図書館へ向かった。
帰ったら質問攻めにあいそうな気がして、ちょっと気が重くなる。
ふと町内の掲示板に『盆踊りのお知らせ』が貼ってあり、なんとなく目で追う。
小学生の頃、何回か行った気がする。
そんなことを考えながら歩いていると、途中で春崎さんを見かけた。
「あ、春崎さん。」
「え?…青山くん!」
彼女の元に駆けよれば、学校の制服とは違う柔らかそうな可愛いスカートがふわりと揺れた。
女の子の服は詳しくないが、肩に切り込みが入っている淡いピンクのトップスと、涼しげな白いスカートがとても似合っている。
いつも下ろしがちな髪は後ろでお団子のように束ねられていて、いつもと違う春崎さんに心臓がうるさい。
彼女を褒めるためにいろいろ考えてきた言葉は脳内からいつの間にかはじけ飛んでしまい、月並みな誉め言葉しか浮かばなかった。
「なんか…、いつもと違うね?」
「え、あ…、変だった、かな…。」
「ううん!そうじゃなくて…、いつもよりカッコイイね。」
さらっと言える春崎さんはすごい。
僕は気恥ずかしくて、お礼を言って視線を思わず下げた。
けど、ここで言わないのは駄目だ。
「春崎さんも、…その、……かわ、……すごく、似合ってる。」
智明、女子を褒めるなんて、やっぱり僕にはハードルが高いのかもしれない。
スマートに可愛いと言いたかったけど、恥ずかしさが勝ってしまい……言えなかった。
それでも僕の言葉に彼女は柔らかい笑みを見せて、少し照れくさそうにお礼を言った。
その日話したことは、実は緊張しっぱなしだったからあまり覚えていないけど、理数になると急にペンの進みが遅くなる春崎さんが可愛かったことは覚えている。
教えながら勉強するのもなかなか捗り、夏休みの宿題として出された問題集の3分の1くらいは終わってしまった。
この調子だと案外余裕で宿題が終わるかもしれない。
図書館を出たとき、どこからか太鼓の音が聞こえた。
そういえば、図書館へ向かう途中に町内の盆踊りがあるって張り紙があった。
図書館から10分ほど歩いたところに、少しだけ広めの公園があり、そこでやってるらしい。
このまま帰るのも少しもったいない気がして、寄り道を提案すると、彼女も「行きたい!」と顔を輝かせた。
公園に着くと、そこそこの人込みで、盆踊りをする人は年配か小さな子供しかおらず、ほとんどの人は出店に並んでいる。
「何か買う?」
「んー、そうだなぁ…。ラムネと…、あ、フランクフルト!」
少し並んでいるフランクフルトの列に並び、順番を待つ。
知り合いがいないか気になり、キョロキョロと辺りを見回していると、見たことある後ろ姿があった。智明だ。
春崎さんも見つけたようで、「あれ、冬川くんじゃない?」と聞かれる。
フランクフルトを買ってから、智明の方へ向かった。
「智明!」
「ん?…夏輝!来てたのかよ!…と、春崎さん?」
たこ焼きに並んでいる智明の肩を叩けば、僕たちの方を見て目を丸くした。
彼の左手は小さい女の子の右手と結ばれていて、恐らく妹ときたのだろう。
どことなく、似ている気がする。
「こんばんは。冬川くん。妹さんと来たの?」
「そー。ちょっと離れてっけどな。親が連れて行けってよ。」
「とも兄、友達?」
「そーだよ、ほれ、挨拶しな。」
「ふ、冬川、明深…です。」
浴衣を着た小さな女の子。
小学校の低学年くらいだろうか?智明の陰に隠れながらこちらを見て挨拶をした。
「かわいいー!私、春崎未来。よろしくね。」
「僕は青山夏輝。妹、いたんだ。」
「妹だけじゃねぇよ…。中坊の弟と、上に鬼みてーな姉がいる…。」
げんなりした表情を見せつつ智明がたこ焼きを買って、それぞれ飲み物を買いがてら公園の隅へ移動した。
彼の手にはビニール袋があり、何やら他にも買い込んでいるようだ。
他にも大きな半透明なバッグを持っていて、キャラクターの絵柄からするに妹の明深ちゃんのだろう。
薄っすらと見える中には綿あめの袋や水ヨーヨー、くじの景品らしきエアバッドのようなものが覗いていた。
普段から面倒見がいい友人だと思っていたけど、妹や弟がいるからだったんだと納得がいく。
柵に腰掛けながら、智明はビニール袋から焼きそばやフランクルトを取り出して明深ちゃんに手渡す。
「…僕は一人っ子だから、ちょっと羨ましいな。」
「私も。」
「兄弟多いと大変だぜ?しょっちゅう喧嘩するしさぁ。」
「それもそれで楽しいんじゃないか?1人じゃ喧嘩もできないし。」
「…ふふ、そうだね。あ、明深ちゃん、ウェットティッシュいる?」
フランクフルトを食べ始めた明深ちゃんの手にケチャップが落ちてしまい、春川さんがウェットティッシュを渡した。
用意周到、しっかり者だなぁ…。
僕なんて必要最低限のものしか持たないから、財布と、せいぜいハンカチくらいしか持っていない。
2人の姿を微笑ましく眺めていると、智明がこっそりと近寄ってきて耳打ちした。
「なぁ、夏輝。…もしかして付き合った?」
「んぐ…っ!!?」
思わぬ言葉に飲んでいたラムネを誤飲してしまい、軽くむせる。
「だ、大丈夫!?青山くん…!」
「げほっ、…へ、平気…!」
ハンカチを出して近寄ろうとしてくれた春崎さんを慌てて手で制して、大丈夫なことを伝える。
「…違うよ、図書館で勉強してて、帰りがてら寄っただけ。」
小声で返せば、「なんだ、残念。」とニヤニヤと笑って返された。
…まぁ、傍から見れば祭りに来てるカップルだと思う…かもしれない…。
なんて少し浮かれていれば、今度は春崎さんの方から小さな悲鳴が聞こえ、視線を送ればスカートの裾に少し、ケチャップがついてしまっていた。
「あーあ、やっちゃった…。」
「暗くなってきてるから目立たないだろうけど…、ウェットティッシュ持っててよかったね。」
「あー…、うん。…私、よくやるから、いつも持ち歩いてるんだよね…。」
恥ずかしそうに話すその発言に、僕は少し驚いた。
そんな反応に彼女は少し苦笑いをして続ける。
「この前もお弁当についてたソースを制服にこぼしちゃったり、夏場なんかはよくアイスを落としちゃったり…。だから常に持ってるの。」
しっかり者のイメージが強かったから、そんなギャップがあるとは思わなかった。
僕からすれば痘痕も靨…、焦って染みを落とそうとする姿すら可愛く映るのだから、恋のフィルターとやらは凄い。
結局4人でしばらく屋台を堪能してから、冬川兄妹と別れて、僕は春崎さんを家まで送っていくことにした。
「遅くなっちゃってごめんね。」
「ううん、大丈夫。お祭りも楽しかったし、明深ちゃん可愛かったなぁ~。」
「お互い一人っ子だもんね。」
僕も少し、兄弟がいたらどうだったかな、と考える。
お兄ちゃんやお姉ちゃんがいたら、頼りになりそうでいいなと思うし、…弟や妹の場合はどうだろう。
智明みたいに面倒見がいいタイプではないから、もしかしたら喧嘩ばかりするかもしれない。
ふと、視線を感じて隣を見れば、春崎さんがこちらを見て微笑んでいた。
…ひょっとして、考え事をして百面相でもしていたのだろうか。
「…僕、変な顔してた?」
「え?ああ、違うの。さっき、青山くん素敵なこと言ってったなぁって思って。」
「…?何か言ったっけ?」
「兄弟喧嘩するって言ってた冬川くんに『それもそれで楽しいんじゃない?1人じゃ喧嘩できないし。』って。」
確かにそんなことを言った気がする。けど、どこが良かったのかわからない。
不思議そうに彼女の方を見れば、また少し笑って言った。
「喧嘩って悪いイメージあるけど、2人だからこそ、出来るんだよね。当たり前なんだけど、そう受け取れるのが素敵だなって思ったの。」
「あ…、ありがとう。」
そう言って柔らかく微笑む彼女はとても綺麗だった。
暗いはずの夜道が彼女に照らされてるような錯覚を受ける。
僕の些細な言葉を拾って、感銘を受けてくれるところに心臓が掴まれるような感覚がした。
そんな僕に気づかず、ぽつりと独り言のように彼女は口を開く。
「幼稚園からの、友達がいたんだけどね。小学生の時、急に無視されちゃって。きっと私が何かしたんだろうなって思うんだけど…。」
「…原因がわからないんじゃ、どうしようもないよね…。」
「うん、当時はただただ悲しくて、…でも、今思えば…もっと話せばよかったなって思う。」
「……理由は、聞かなかったの?」
「…聞いたけど、……教えてもらえなかったから諦めちゃった。」
分け隔てなく、いろんな人と仲良く話しているイメージがある彼女。
元々人当たりもいいし、誰かの陰口を叩くようなタイプでもない。
そんな彼女が、友達を怒らせるようなことをしたとは考えにくかった。
それも一方的に。
もしかしたら、僻みとか妬みじゃないだろうか。
そう思ったが憶測の域を出ないことは口に出さないことにした。
ぴたりと彼女の足が止まり不思議に思ったが、彼女の目線の先には"春崎"と表札のある家があった。
…いつの間にか着いたのか。
少し距離があったはずなのに、あっという間に着いてしまった。
「…今度、帰省したらお土産渡すから連絡する。」
「うん。今日はありがとう。」
お互いに手を振って、その場を少し離れる。
春崎さんの背中が玄関に吸い込まれていくのを見送ってから、僕はさっきの彼女の笑顔を思い出しながら、少し浮かれた足取りで帰路に着いた。
今別れたばかりなのに、次会える日が待ち遠しい。
僕は8月のお盆の日まで、こっそりカウントダウンした。
待ちに待ったお盆、僕はじいちゃんの家に帰省した。
毎年、この時期に帰って夏野菜の収穫を手伝っている。
見渡しても畑と家しか見えない田舎で、周囲にコンビニなんてないし、スーパーも車で片道30分以上はかかる。
もしかしたら春崎さんは、こういう景色を見たことがないのかもしれない。
春崎さんにも見せたくなってスマホで写真を撮る。
向こうとは違う空気も写真から伝わればいいのに。
僕は海外へ行ったことがないから、むしろハワイの話を聞く方が興味津々で楽しみだ。
帰省に不満があるわけではないが、これが"隣の芝生は青く見える"ってやつなのかもしれない。
この日もトマトやきゅうり、トウモロコシの収穫の手伝い。
赤く熟れたトマトは綺麗なツヤがあり、傷がつかないように丁寧にとっていく。
昔は苦手だったトマトも、じいちゃんの育てたトマトのおかげで克服できた。
収穫したてならではの瑞々しさは、今まで食べたトマトの中で1番甘くて美味しかった。
おばあちゃんが漬けてくれるきゅうりも、他では食べることが出来ない味で、畑仕事のご褒美だ。
夕飯を終えて、なんとなくスマホ眺めていると、「夏輝。」と名前を呼ばれて、僕はスマホから顔を上げる。
じいちゃんが今日収穫したトウモロコシを持ってきてくれた。
お礼を言って茹でられたそれを1つ手に取り豪快にかじっていく。
綺麗にぎっしりと並んだ粒に歯を立てれば、プリっとした食感と同時に甘い汁が飛び出す。
皮が歯に挟まるけど、デザートのような甘さと満腹感の前では気にならない。
「じいちゃん、これ、お土産に持って帰ってもいい?」
「ん?ああ、いいぞ。友達にか?」
「…うん。友達がハワイのお土産くれるって言うから。僕もお返ししたくて。」
そう言うとじいちゃんは、眉を下げて少し困ったように笑いながらトウモロコシを見る。
「ハワイの土産じゃあ…、釣り合わんよなぁ…。」
「え、そんなことないよ!友達にじいちゃん家に行くって言ったら羨ましがられたし。じいちゃんの作った野菜が一番美味しいよ。」
買ったものじゃないけど、味で言えばお土産には十分だ。
きっとハワイのチョコも美味しいだろうけど、この野菜だってじいちゃんにしか作れない貴重な野菜だ。
僕が自信を持っていうと、じいちゃんは照れたように僕の頭を優しく撫でた。
夏休みが終わる一週間前、僕は春崎さんに連絡をとって、近くの公園で会う約束をした。
持てる程度に詰めこんだ、じいちゃんの夏野菜と、帰りがけに見つけたクマのぬいぐるみの入った袋。
思ったよりもかわいくラッピングされてしまい、持ってるのが気恥ずかしくて足早に公園へ向かう。
ベンチで座って待っていると、後ろから冷たいものが頬に触れた。
「ぅ、わぁっ!!」
「あはは!青山くん久しぶり。」
「ひ、久しぶり…。」
ドキドキとした心臓を軽く押さえながら、僕は彼女の方に顔を向ける。
はい、と手渡された水は先ほど買ったばかりのようでキンキンに冷えていた。
なるほど、頬に当てられたのはこれか。
お礼を言って改めて春崎さんをみると、今日は向日葵があしらわれた膝丈のワンピースに白いレースのようなカーディガン。
髪の毛はポニーテールに結わかれていて、服から覗く首や腕は少し日焼けしたようにも見えた。
「あ、これお土産ね!」
「ありがとう。これ、僕の方のお土産。」
「わ!ありがとう…!トウモロコシやトマトがいっぱいだ…!」
「うん、これ僕が収穫したやつ。おじいちゃんの野菜、甘くて美味しいよ。」
僕が昔トマトを食べれなかったエピソードを話すと、春崎さんは目を細めて笑った。
「食べるの楽しみ!」と喜んでくれる姿を見て、僕もまた思わず口元が緩む。
彼女がもう一つの袋に気がついてぬいぐるみを取り出すと、目を輝かせた。
「青山くん!このクマ…!!今人気のもちクマ…!しかもご当地バージョンじゃない!?」
「も、もちクマ…?」
なんとなく、どこかで見覚えがあって可愛いかと思って選んだクマだったが、どうやら好きなキャラだったらしい。
高さが10cmくらいあるぬいぐるみでキーホルダーになっている。
タグの説明によると『餅のようにもちもちしたクマ』…らしい。
確かに触り心地はスクイーズみたいで気持ちよかったのも決め手の一つだ。
おまけでつけたものだったけど、気に入ってくれてよかった。
感じていた既視感は、春崎さんのチャットのアイコンがそのクマだったかもしれない。
なんだかんだ、夏休みに中に春崎さんと会えたのはこの2回だったけど、なんだか充実した夏休みを送れた気がする。
休み明け、彼女のバッグにあげたクマがつけられていて、気恥ずかしさと嬉しさで顔が熱くなった。
思ったよりも人気があったようで、クラスの女の子何人かに声をかけられていて、どこで買ったか聞かれていた。
少し気になって近くで聞き耳を立てれば彼女は嬉しそうに「貰ったの。」と笑った。
単純だけど、それだけで僕は柄にもなくスキップしてしまいそうになるほど嬉しかった。
その後も、僕と春崎さんは少しずつ距離を縮めていく。
流石にクリスマスや初詣は2人きりとはいかなかったけど、智明やクラスの何人かで集まって楽しく過ごせた。
同じ空間に一緒にいれるだけで満足していれば、智明に「欲がねぇな。」と笑われて背中を押される。
押された衝撃で数歩前に行けば、春崎さんの姿があった。
「青山くん、明けましておめでとう。」
「あ、明けましておめでとう…!」
「お願い事、した?」
「………特には。将来の夢とか、まだなくて。」
「そっか。悩むよねぇ。」
「…春崎さんは?」
「…秘密。」
寒さに頬を赤らめて、人差し指を唇に当てた彼女が凄く綺麗で、数秒見惚れた。
まるで広告みたいにその場面だけを切り取ったかのように見える。
綺麗な着物を着た人も、周りにたくさんいるけど、僕が綺麗と思えるのは春崎さんだけだった。
「青山くん?」
「え、あ、…ううん。言ったら叶わなくなるなんて噂もあるしね。」
「そうだった!…ねぇ、青山くん。」
集まりに飽きてきたのか、段々と各々が好きな屋台へと散らばっていく。
…また集まるの、大変そうだ。
ひょっとしてもう解散になったのだろうか。
智明の姿を探そうとしたが、春崎さんの声に足を止めて顔を向けた。
「青山くんは、優しくて、人の気持ちを大切にしてくれる人だから、きっと素敵な大人になれるよ。」
彼女の言葉は、どうしてこんなにまっすぐなんだろう。
なんで僕の胸に、優しくじんわりと沁みていくんだろう。
きっと、好きな人の言葉だからとか、そんな理由じゃなくて、人柄とか、彼女の言葉に裏表を感じないからかもしれない。
その言葉に、いつも救われている。
漠然とした将来の不安も、優しく背中を押してくれるような言葉で、息苦しさから解放されるんだ。
「ありがとう。…春崎さんもね。」
そう言って僕らは顔を見合わせて笑いあった。
今年も良い年になりますように。
明るくなったばかりの空を見上げて、僕は心の中で呟いた。
それから一か月とちょっとの時が過ぎ、世の男子が浮足立つ日がやってきた。
2月14日のバレンタインデー。
朝から先生の目を盗んで、楽しそうにチョコを交換し合う女子生徒たち。
そして、その様子をチラチラと伺う男子生徒たちからは期待と不安の入り混じる目。
かくいう自分も、今年は友チョコくらいなら貰えたりしないだろうか、とほんの少しの期待を持って登校した。
昼休みになって、いつも通り智明と購買で買ってきたパンを教室で食べていると、
春崎さんから『放課後、あの空き地で会えないかな?』とチャットがきて、僕はスマホとパンを手に固まった。
「…ん?夏樹?どうした?」
「どっ、ど…っ、こ、こここれ…!」
僕の様子に異変を感じて、智明が視線を向ける。
食べかけていたパンを机に置いて、僕はスマホの画面を見せた。
「…お、こ、これ…っ!!!」
智明は興奮した様子でスマホと僕を見比べる。
その後、右手で勢いよく僕の肩をバシンと叩いた。
「痛っ!!!」
「やったじゃねぇか夏輝ーっ!!!」
「ちょ、しーーっ!!静かにっ!!」
急に大声を出した僕らに、周りにいたクラスメイトが何事かとこちらに視線を向ける。
幸い、春崎さん達は今日は学食なのか教室には見当たらないが、変に目立ちたくはない。
「んん゛っ、で、でもさ、これって…友チョコ…の可能性もあるよね…?」
周りに聞こえないよう、小声でコソコソと話せば、智明もそれに合わせて話し始めた。
「そうかぁ…?」
「ほら、義理なのに学校でチョコを渡すと皆に勘違いされるから~…とか。」
「…確かに。」
元よりぬか喜びもしたくはないし、これぐらいに思っていた方が良いかもしれない。
…いや、そもそもチョコですらなく、他の話という可能性もある。
勘違いだった時のショックが大きいから、過度な期待はしない方が良いだろう。
「ま、少なからず悪い事ではねぇだろ。」
そう言って笑う目の前の友人に頷いて、昼食を再開した。
放課後になり、そわそわしながら思い出の空き地へ向かえば、随分と景色が変わっていた。
空き地だったそこは、小さなアパートが建っていて、一緒に座って話をしたあの場所は、見る影もない。
…場所を間違えた訳じゃないよな?と、辺りをキョロキョロ見渡せば、春崎さんが駆け足でやってきた。
「あ、青山くん!ごめんね…、空き地なくなってたんだね。」
「うん…。僕も今知ったとこ。」
彼女が来たことで、場所が間違ってないことを確信する。
アパートを眺めながら、記憶にある光景を思い返せば、それだけの時間が流れたのだと痛感した。
今こうして彼女と一緒にいるのは、奇跡的なんじゃないかと改めて感じる。
仕方ないから近くの公園まで歩いて、誰もいないのをいいことに並んでブランコに座った。
「青山くん、あのね。」
春崎さんは、以前お土産であげたクマのぬいぐるみがついたスクールバッグから、かわいくラッピングされた袋を取り出した。
「これ…、受け取って……っ!」
「あ、ありがとう……。」
僕は緊張しながら、差し出された袋を受け取る。
春崎さんも緊張しているのか、顔を真っ赤にしていた。
ということは、やっぱりチョコなのだろうか?
「あの……それで、…私、…青山くんのことが好きです…!」
バレンタインに呼び出されて、期待をしていなかったと言えば嘘になる。
ただ、優しい春崎さんのことだから、友チョコの可能性が高いと思ったし、自惚れるのが怖くて、本命ではないと思い込もうとしていた。
そんな考えをいい意味で裏切られ、僕は思わず小さいガッツポーズをしてしゃがみ込んだ。
「~~~~~~っし!!」
「…え?え、……青山くん?」
いきなり座り込んだ僕に混乱する春崎さんは頭にハテナを浮かべている。
僕はゆっくり立ち上がって、彼女に一歩近づいた。
「春崎さん…!」
「っ、はい…。」
「僕も、春崎さんが好きです。…付き合ってください。」
「っ!…お願いします!」
こうして…、僕の長年の片思いは智明の協力もあって実ることが出来た。
帰宅途中、智明に報告をすれば『やったな!!』のメッセージと、祝うようなスタンプが送られてきた。
――智明に好きな人が出来たら絶対協力しよう。
そう心に誓って、僕は家に着いた。
手を洗って自室に戻り、スクールバッグから春崎さんにもらったお菓子を取り出す。
何種類か入っているクッキーはどれも不揃いで、ちょっと焦げていた。
その手作り感が可愛らしくて、すぐ食べるのがもったいなかったので写真を撮って、ほとんど更新していなかったSNSに写真を上げた後、ゆっくりと味わって食べた。
翌日、春崎さんが「あの写真!恥ずかしいから消して!」と、顔を真っ赤にしてお願いしてきた。
名前は勿論、ろくに文章も入れずに写真だけあげたのだが、彼女のお願いを断ることも出来ず、僕は惜しみつつ投稿を非公開に設定する
どうやら一部の友人に付き合ってることが勘づかれてしまったらしい。
そもそも僕のSNSを知っている人が少ない上に、あの投稿のどこで気づけたのか不思議で仕方なかったが、どうやら春崎さんに前々からフォローされていたらしく、
春崎さんのクッキーを知っている女の子たちから「あの男は誰だ。」と、質問攻めにあったそうだ。
それからの毎日は、少しずつ、でも確実に変わっていった。
元々小学校が同じこともあり家が近いので、待ち合わせをして登下校することにした。
テスト勉強を一緒にしたり、休日には一応デートっぽいこともしている。
お互い、名前で呼び合うことにも慣れてきて、特別なことをしているわけじゃないけれど、未来と過ごす時間は、どれも全部が特別だった。
一緒にショッピングモールへ出かけてプレゼント交換をしたり、スイーツバイキングに行ってみたり。
1人じゃつまらない場所でも、未来といるだけで楽しい時間に変わる。
付き合って三ヵ月も経てば、お互い隣にいるのが当たり前になってきて、自然と手も握れるようになった。
関係性は多分、良い方に進んでいると思う。
僕よりハッキリとした、芯のある発言をする未来は、何かと優柔不断な僕の背中も、よく押してくれた。
苦手なことも、未来と一緒ならこの先も乗り越えられると思った。
時折、未来が調理実習で違う班の僕にも料理をおすそ分けしてくれるけど、結構な確率で失敗をする不器用さは付き合った時と変わらなくて、僕は思わず笑みがこぼれた。
小学生の頃から手芸などはすごく上手なのに、何故だか料理は苦手なようだ。
デートの途中でペットショップに行ったとき、タロに似た犬を見かけた。
僕の家はもう犬を飼っていないけど、犬を見ると懐かしくて触れたくなる。
未来は隣で「この子、タロに似てるね。同棲でもする時は犬、飼っちゃおうか。」なんて、僕の欲しい言葉をくれる。
「未来がいいなら。」なんてちょっとカッコつけて返したけど、ずっと先の未来、彼女の隣に僕がいることが当たり前のように言ってくれて内心はすごく嬉しかった。
「あー、今日も楽しかったぁ…!」
もう数えきれないくらいの何度目かのデートの帰り。
未来は僕がクレーンゲームで取ったもちクマのぬいぐるみを大事そうに抱えながら言った。
未来と付き合って、もうすぐ五ヶ月が経つ。
これまで大きな喧嘩もなく過ごしてきた僕たちは、きっと世界で一番幸せなカップルなんじゃないか、なんて、おめでたいくらいに浮かれていた。
それほど未来との毎日が楽しくて、毎日が幸せだった。
もう少しで夏休みになる初夏の週末。
今日は1週間前から予定していたアクション映画を朝から見に行った。
映画を観終わったあと、未来が「スパイの女の人かっこよかった~!」と感激し、何やら銃を撃つ真似をしていたが、未来は運動音痴だから似合わないな、とこっそり笑う。
そもそも銃が似合うカッコイイ外国の女優さんと、お菓子が似合うような可愛い未来ではイメージに差がありすぎる。
僕が「序盤の爆破シーンで驚いて、ポップコーン3回も落としてたやつが何言ってんだよ」ってからかうと、「うるさいなー」って笑いながら、照れたように僕の腕を軽く叩いた。
夏休み中の8月には付き合って半年記念日がある。
半年が記念日になるのかよくわからないが、智明の情報だと女の子は記念日が好きらしい。
とはいえ、意にそぐわないサプライズで失敗もしたくなかったので、素直に未来に聞いたら喜んで一緒に計画を考えてくれた。
「日帰り旅行なんかもいいね。」とネットで調べながら話した。
電車やバスで行けるところは限られる。
車に乗れたら、もう少し選択肢が増えたんだろうな。
免許、早めに取ろうかな…。
ネットの検索画面に出てきた"新婚旅行"の文字にドキリとする。
ちょっと気が早いけど、きっと僕はこのまま未来と結婚するんだろうな、なんて頭の隅で考えていた。
「本当に家まで送っていかなくていいのか?」
「お父さんにはまだ夏輝のこと内緒にしてるのっ!また明日ね!」
改札口を出て数分で来てしまう分かれ道。
いつもなら未来の家まで送っていくのだが、今日は帰りが遅くなったので「家にもうお父さんが帰ってきてるから」、と断られた。
僕はいずれご両親に挨拶へ行きたいと思ってはいるが、それは日を改めた方が良いだろう。
「気を付けてな。また明日。」
この時の僕は思いもしていなかった。
彼女を送っていかなかったことを、こんなにも後悔することになるなんて。
もう二度と、未来に「また明日」と言うことが出来なくなるなんて、思いもしていなかったのだ。
帰宅をしてすぐ、未来に無事帰れたかチャットを送る。
1時間ほど連絡を待ってみたが、既読がつかない。
いつもなら返信は早い方だけど、お父さんが帰ってきてると言ってたし、もしかしたら家族で団らんしてるかもしれない。
それとも、今日は朝早かったし、お風呂に入ってもう寝てるのかも…。
そう思って、最初は気にも留めなかった。
けれど、翌朝。
いつもの待ち合わせ場所に、未来はいなかった。
チャットを再度送ってみたが連絡もなく、昨日のメッセージも未読のままだった。
(未来が寝坊?……珍しいな…。)
たしかお父さんの出勤が早いと言っていたから、朝行っても鉢合わせはしないはず…。
そう考えて、僕は未来の家へと足を向けた。
到着して様子を窺うが、家中のカーテンは閉まったままで、人の気配を感じなかった。
一応、インターホンを押してみたが、応答はない。
こんなに朝早く、何かあったのだろうか。
考えたくはないが、嫌な予感がする。
胸の奥に、言葉にできない不安がじわじわと広がっていく。
ふと時計を見ると、もう学校へ向かわないと遅刻してしまう時間だった。
後ろ髪を引かれながらも、僕は仕方なく学校へ向かう。
例えば、おばあちゃんが危篤で家族で病院に向かってる、とか…、それなら学校にも連絡が行ってるかもしれない。
だから、お願いだから、思い出せないでくれ。
外の気温は高いのに、指先から体が冷えていくようだった。
あの日、冷たくなったタロを置いて学校へ向かった僕と、今の僕が重なった気がして、落ちつかなかった。
予鈴と同時に教室に入り、未来の姿を探すも見当たらない。
離れた席の智明と目が合い、軽く手を挙げて笑いかけてくる。
それに軽く手を挙げて返すことしか、今の僕には出来なかった。
いつもと違う様子を見てか、智明は直ぐに笑顔を消して、僕の方を真っすぐ見てくる。
すぐに先生が教室に来て、僕は点呼を取る先生の言葉を一言一句聞き逃さないよう、目を閉じて耳を澄ませた。
「橋本ー、…畠山ー。…春崎ー、ん?春崎、いないのか?誰か連絡とってるかー?」
僕の淡い希望は砕け散った。
学校にも…、連絡が来ていない。
先生の言葉に、多数の視線が僕に突き刺さる。
クラスの人なら、毎日未来と登下校している僕なら知っていると思うだろう。
けれど、彼氏である僕も知らない。
「後で親御さんに連絡してみるか。次ー…。」
その時、ブルっとスマホが震えて急いで画面を見れば、智明からのチャットだった。
一度閉じて、未来とのチャット画面を開くが、未読のまま何も変化はない。
『何かあったのか?』
智明のメッセージに、どう返せばいいかわからない。
僕だって何もわからないのだ。
『後で話す。』
とりあえずそう返して、朝のホームルームが終わるのを静かに待った。
先生が教室を出て、直ぐに智明が駆け寄ってきた。
「おい、夏輝…。大丈夫か…?移動するか?」
僕は無言のまま頷いて、席を立つ。
屋上へ続く人気のない階段で、2人腰を下ろす。
「……昨日の夜、未来と別れてから…、連絡がつかないんだ。」
ぽつりと僕は呟きながら、スマホの画面を見せた。
智明はスマホと僕を見ながら、言葉を選んでいるようだった。
「それは…、……心配だな。家庭の事情か何かか?」
「いや、…だったら学校に何かしら連絡があると思うんだ…。」
「連絡を忘れるくらい、何か急用とか…。」
「……。」
こういう時、空気が読めて頼りがいのある友人がいて、良かった。
話してるうちに、少し、落ち着いてきた気がする。
「あ。」
突然、何かを閃いたように智明が声を漏らす。
「夏輝ぃ、職員室行こうぜ…?」
「え、なんで…。」
「先生言ってたよな、"親御さんに電話する"ってーー。」
悪戯を思いついた子供のようにニヤリと笑って、智明は僕の手を引っ張って職員室へと向かう。
職員室のドアから覗けば、丁度担任の先生が電話をかけているところだった。
「失礼しまーす。」
大きすぎず、小さすぎず、絶妙な声量で智明は職員室の中へ堂々と入っていった。
僕は教室とは違う空気に緊張しながら、後ろをこそこそと着いていく。
先生の後ろについて、バレないように聞き耳を立てた。
「…はい、…また何かありましたら、ご連絡いただければと思います。…失礼いたします。」
「先生、」
「わぁあっ…!!……ふ、冬川くんと、青山くん…?」
受話器を置いたタイミングで智明が躊躇なく声を描ければ、先生は後ろにいた僕たちに見事気がつかなかったようで、驚きの声を響かせて直ぐに口をふさいだ。
他の先生にジロリと見られ、先生は「すみません…。」と、周囲にペコペコ頭を下げる。
そんな僕らの方に向き直るも、決して怒ったりすることもせず、優しく話を聞いてくれた。
「どうしたんだい、一限目始まっちゃうよ。」
「あの、春崎さんは…?」
「…ああ、今日は……、お休みみたいで。」
「未来…、春崎さんと、昨晩から連絡がつかないんです…!」
誤魔化すような笑顔で返されて、言えない何かがあるのかとは思ったが、引き下がりたくなかった。
スマホを握りしめながら訴えれば、先生は僕の顔を見て何かを納得したような顔をした。
「青山くん…、確か、春崎さんと仲が良かったよね。」
「…はい。」
「ごめんね。先生からは…、まだ詳しいことは言えないんだ。」
「そう…、ですか…。」
「明日は来れんの?」
「それもちょっと…。」
智明の追及に先生は眉を八の字にして言い淀む。
僕たちは顔を見合わせて、これ以上収穫は得られそうにないと判断した。
それから先、未来とのチャットに既読が付くことはなく、もうあの笑顔を見ることもできなかった。
