小学校の友達はほとんど同じ中学校へ行ったけど、そこに春崎さんの姿は見当たらなかった。
僕は女子とあまり仲良くしていなかったから、友人に聞いてみたけど、どうやら彼女は私立の中学校へ行ってしまったらしい。
この時初めて、僕は彼女の事が好きになっていたことに気が付いた。
あの時の彼女の優しさが、どれほど僕を救ったことか。
それと同時に、自分の話ばかりで、彼女の事を全く知らないことが悔やまれた。
名前と、手先が器用で優しいこと。
それくらいの情報しか、わからない。
彼女との思い出を胸にしまったまま、僕は3年間何事もなく平凡に過ごし、志望していた高校に無事合格した。
高校に入学して数日。
知り合いのほとんどいないクラスで、僕は友達が出来ずにいた。
流石に高校受験となると、それぞれ夢や目標に向かって進路を考える人が多いから、小学校の知り合いはほとんどバラバラになってしまい、クラスに知った顔は1人もいなかった。
元々自分から話しかけに行くタイプではないから、友達の作り方がわからない。
日を追うごとに教室内ではグループが出来始め、どこのグループにも入れず、内心は焦りと不安でいっぱいだった。
そんな時、先生以外から初めて声をかけられた。
「あの、青山くん…だよね?」
「…はい、そうですけど…。」
朝、教室に着くと女の子が声をかけてきた。
少し緊張した面持ちの様子で、視線を彷徨わせている。
まだ顔と名前を憶えていないけど、教室にいるし、多分クラスの子なのだろう。
うっすらと見覚えがあるような気もする。
彼女がチラチラと僕のスクールバッグの方を見ているのが気になりつつも、用件を待った。
「……え、っと…、その…、す、ストラップ…、大事にしてくれて…ありがとう。」
頬を少し赤らめながら、はにかんで彼女はお礼を言った。
……ストラップ?
彼女の視線を改めて辿ってみると僕の持っているスクールバッグの一点に注がれていた。
スクールバッグ、ストラップ…。
バッグにつけてるのって…、もしかして、タロ……?
まさか……。
「は、春崎…さん……?」
思い当たる人物は1人しかいなかった。
僕は信じられない気持ちながらも、思わず名前を口に出せば、彼女は一瞬、目を丸くしてから嬉しそうに笑った。
「あ!覚えててくれたんだ…っ!」
その笑顔が、タロの話を聞いてくれた、あの春崎さんに重なって、僕の心臓が跳ねた。
そうか、見覚えがある気がしたのは彼女の面影があったからだ。
ーーやっと、会えた…。
正直、もう会えないとさえ思っていた春崎さんが、目の前にいる。
こんな奇跡、もう二度と起きないかもしれない。
この時ばかりは顔も知らない神様に感謝した。
「…ずっと、お礼が言いたかったんだ。忘れるはずないよ…!」
「お礼?」
「あの時は…、本当にありがとう。僕、ちゃんとお礼もしないで…。」
「やだなぁ。青山くん、ありがとうってすっごく喜んでくれたじゃない。十分だよ。」
春崎さんはそう言って、「…元気になって良かった。」と、照れくさそうに横を向く。
僕からしたら、言葉だけの感謝では到底足りなかった。
というより、感謝してもしきれない。
あの時、彼女に出会っていなければ、ストラップをもらっていなかったら…。
それほど、僕はタロを失ったことが大きかった。
胸にぽっかりと開いた大きな穴を埋めてくれたのは彼女だ。
タイミング悪く予鈴がなってしまい、春崎さんは「またね」と手を振った。
僕も軽く手を振り返しつつ、脳内では両手をあげてバンザイするほど、思いがけぬ再会に舞い上がっていた。
そのおかげで、授業の内容は右から左へと流れてしまい、何も耳に残らない。
頭と胸がいっぱいだった。
今度こそ、彼女と仲良くなりたい。
そう思っていた次の休み時間、今度は先ほどのやりとりを見ていた隣の席の男子が僕に声をかけてきた。
「青山くん?」
「はい?」
眼鏡をかけた顔は真面目そうに見える男の子だったが、茶髪めいた髪は短く、ワックスでセットされたヘアスタイルをみるとチャラそうに感じる。
どちらの雰囲気も持った不思議な人だった。
「さっきの女の子、知り合いなの?」
「え、あ…、小学校の…同級生で…。」
「へぇー、漫画みたいだな。なんか青春っぽい空気だったじゃん。」
青春っぽい空気とは何だろう。
思わず僕は首を傾げつつ、何やら揶揄われそうな雰囲気に身構える。
すると男の子はおもむろにスマホを取り出した。
「わかってないねぇ~、…青山くん!ロマンスだよ!」
ズイッと目の前に見せられたスマホの画面には『ときめき♥ラブロマンス』と書いてある。
恐らくスマホゲームのタイトルだろう。
文字の周りには目が大きくキラキラした女の子たちが描かれている。
予想だにしていない展開に、僕は見慣れない画面を見つめて数回瞬きをした。
「これ…、ゲーム?」
「なにぃ!?お前『ときラブ』知らないのか…!?」
「ご、ごめん、あんまりゲームしなくて…。」
「よっし!俺がおすすめのゲームを教えてやろう!!」
「え、あ…、ありがとう。えっと…、」
「俺は冬川智明。智明でいーぜ。」
「じゃあ、……僕も、夏輝で。」
僕は内心驚いていた。
春崎さんがきっかけで、友達ができた。
また、彼女に救われたのだ。
彼女は何度、僕を救ってくれるのだろう。
…僕は再会してからも、どんどん彼女に惹かれていった。
友達になった智明は見た目通り、真面目さとチャラさを兼ね備えた男で、平たく言えば良いやつだった。
普段からノリが良く賑やかだが、相談はちゃんと真面目に受け答えしてくれる。
僕がタロと春崎さんの思い出話をすれば、智明は目を潤ませながら聞いていた。
…良いやつに違いない。
僕は智明に協力してもらいながら、春崎さんとの距離を少しずつ縮めていくことにした。
とはいえ、2人とも恋愛経験が乏しく、彼に至っては全て漫画とゲームの知識らしい。
智明は「画面の中なら嫁(彼女)が50人はいる。」と自慢気だったが、もちろん彼女らが現実の世界に出てくる術はない。
けど、彼の話を聞いているのは楽しかったし、真剣に協力をしてくれた。
僕も積極的に同じ委員会に入って接点を作ったり、男女混合の校外学習の班では、智明が春崎さんのグループをさりげなく誘ってくれたりした。
運動部には入らなかったけど、毎日軽い筋トレをして体系にも気を付け、勉強も常に平均点以上の結果をキープした。
ニキビが出始めた時も、ネットで男性用のスキンケアを調べて、とにかく嫌われないように。
彼女に少しでも好意を持たれるように努力をし続けた。
…余談だが、僕よりも付き合ってくれた智明の方が、効果が著しかった。
猫背気味だった姿勢はスラっとしたし、少し丸みがかった頬もシュッとした。
本人は気づいてないが、一部の女子から注目されていたこともあったから、内心、僕は春崎さんが取られてしまうんではないかと焦りもしたが、
「夏輝に合わせてたら間食が減ってさぁ、その分浮いた小遣いで嫁に課金できるからラッキーだぜ。」とか何とか言ってたので、僕はブレない友人に少し安堵してしまった。
