9月に入っても残暑は厳しく、まだまだ至る所から蝉の鳴き声が聞こえる。
夏休みが終わってからの連休、一人で再び緑山霊園に向かった。
今年は未来に、ちゃんとお参りできなかったから。
僕はもう、すべてを思い出していた。
未来が死んでしまっていたことも、それを忘れようとするかのように未来(みらい)を作ったことも。
結局、乗り越えられたと思っていた未来の死を、僕は受け入れきれてはいなかった。
だから、未来に会えるあのゲームに縋って、依存してしまった。
もう取り戻せない、あの眩しかった青い日々を、もう一度味わいたくて。
幻想でも良かった。
作り物でもいいから、未来に会いたかった。
もう一度、話をしたかった。
今度はちゃんと、本物の未来に話をしようと思う。
入口の直ぐ近くで売っていた花を買って、前回の記憶を頼りに足を進めたが、同じような景色が続くせいで迷ってしまった。
……どうしよう、智明に電話で聞いてみるか?
とはいえ、口頭で道案内するのも難しいだろうし…。
スマホを開いて電話番号を表示するものの、指は発信ボタンを押せずにいた。
画面見つめながら葛藤していると、以前も聞いたような犬の声が聞こえる。
「…あの時の…。」
そうだ、前回も聞いた声。
どことなく、懐かしく聞こえて印象に残っていた。
「こっちか……?」
なんとなく、犬の鳴き声がする方へと歩みを進める。
どうせ道がわからないし、それに、未来のお墓の近くでも聞こえた気がする。
同じ犬とは限らないし、散歩中で通りすがりの犬だったかもしれないが、闇雲に探すよりは良いだろう。
進めば進むほど犬の声が大きく聞こえてくる。
少し開けた場所に出ると、見覚えのある通路。
今度は勘を頼りに速度を上げて進んでいけば、目の前には春崎家と書かれた墓石に辿り着いた。
一瞬、墓石の隣に犬の姿が見えた気がしたが、瞬きすると蜃気楼のように消えていた。
…犬の声はもう聞こえない。
近づくと、薄汚れた見覚えのあるストラップが花の近くに置いてある。
さっきの犬、タロに似ていた…気がする。
もしかしたら、タロが僕を案内してくれたんだろうか。
僕は口元を緩めて、ビーズで出来たタロの頭を指で撫でる。
「タロ、ありがとな。」
指先に当たるのは硬いビーズのはずなのに、あの柔らかい毛並みを思い出す。
お盆は過ぎてしまったけど、もしかしたら帰ってきてくれたのかもしれない。
なんて、都合のいいことを思う。
ストラップをそのまま手にとって、鞄のサイドポケットにそっといれる。
「…来るのが遅くなって、ごめん。」
未来に語り掛けるように頭を下げる。
正確には一度来ているが、手も合わせず帰ってしまったから来てないのと一緒だろう。
連日の日差しの強さからか、草臥れてしまった花を取り除き、持ってきた新しい花に差し替える。
僕は墓石の前で静かに手を合わせた。
未来には、話したいことが沢山あった。
就活のこと、智昭のこと、柚原さんのこと、そして……未来(みらい)のこと。
口には出さないけれど、僕は1つ1つ心の中で話し始める。
ーーどのくらい、そうしていただろうか。
ひとしきり話してから、ゆっくりと息を吐く。
気がつくと、周りに人の気配はなく、来た時よりも静寂が広がっていた。
僕の話を、未来はどんな顔をして聞いていたんだろう。
顔を上げて、ゆっくりと墓石を見る。
「未来、…またね。」
もちろん未来の姿は見えないし、返事もない。
周囲に漂うお線香の残り香を胸いっぱいに吸い込み、少しずつ息を吐く。
ふわりと風で揺れる花を名残惜しげに見つめてから、踵を返した。
なんとなく、そこに未来がいてくれた気がした。
