「夏輝、…おはよう。」

「………おはよ。」

「休みボケか?」

「…してないよ。」


休み明け、大学へと向かえば入口で智明とばったり会った。
あれ以降、智明にも未来の話はしていなかった。
面倒見のいい性格上、どうしてるか気になっているだろうに、僕を気遣ってか話題に触れてくることもない。
律儀な奴というか、なんというか…。
つい少し呆れたような笑みを溢しながら、智明に内心感謝していた。
なんとなく、いつもの日常を感じれて、ほっとする。
多分、それはお互い感じていて、顔を見合わせて少し笑う。
講義室へたどり着くと、後ろから声をかけられた。


「青山くん、おはよう。」

「…お、はよう、柚原さん。」

「ついでに冬川くんも。」

「俺はついでかっ!!」


僕は少し驚きながら柚原さんに挨拶を返す。
智明は「席取ってるな!」と、ちょっと拗ねたように机の方へ行ってしまった。
それにしても、2人ってそんなに仲が良かっただろうか?
不思議に思いながら柚原さんを見れば目が合ってしまい、にこりと微笑まれた。


「来て早々ごめんね、話があるの。」


そう言われて、人気の少ない方へ歩いていく彼女に着いていく。
柚原さんは歩きながら「夏休み何してた?」と当たり障りのないことを聞いてくる。
あんなことがあったのに、未来と会ってた。とは流石に言えなかった。
どう返せばいいか悩んでいると、柚原さんは急に足を止めてこちらを振り返る。


「あのね、青山くん。…私、青山くんの事が好きだったの。」

「………え…!?」

「あなたが春崎さんしか見てないのは知ってる。でも、もう5年も経ってるし、………だめかな。」

「………っ、…ごめん。」

「………うん、…やっぱり、そうよね。」


まるで答えを知っていたかのように、彼女は爽やかに笑った。
僕はまだ、未来のことが好きだ。
多分、この感情を失うことはないのだろう。


「…あの、」

「でも、……青山くんはいつまで春崎さんに囚われてるの?」

「………え。」


囚われてるなんて、そんな風に思ったことは一度もなかった。
未来を想ってるのは誰に言われた訳でもない、自分の意志だ。
それに、未来だって本当は、うじうじした僕を見ていたくないだろう。


「ち、違う。そんなこと…。」

「ないって言える?本当に?」


柚原さんのまっすぐな視線が、僕に突き刺さる。
嘘は言っていない。
それなのに、自分が間違っているような、責められている気持ちにさせられる。
上手く反論することもできなくて、僕は目をそらして頭を下げた。


「……………ごめん。」


どちらとも答えず、柚原さんの視線から、また逃げ出した。
罪悪感でいっぱいだったけど、僕にはどうすることも出来なかった。
未来を忘れて付き合うことも、未来の死を受け入れて他の人と付き合うことも、僕には出来ない。
どちらも、正しいことだと思えない。
後ろに数歩下がってから、来た道を早歩きで戻っていく。
逃げだした僕の背中に、視線は刺さらなかった。


「嘘つき。…否定するなら…、少しくらい人の気持ちも考えなさいよ……。」


視線を地面に向けたまま、青山くんが去ったのを感じて文句を吐いた。
あの時から、可愛い未来の隣に立つのが嫌いだった。
幼稚園から一緒だったけど、私は未来とは違う自分の癖毛や低い鼻、低い声、眼鏡も大嫌いだった。
だから、絶対未来とは同じものを選ばなかった。
未来が髪を伸ばすなら私はショートにするし、未来がピンクが好きなら私はブルーを選んできた。
好きな子を取られたからって一方的に突き放して、そのまま、未来はこの世を去った。
勝ち逃げされて、もう勝つことも叶わない。
謝ることも、仲直りすることも、二度と。


「だから嫌いなのよ…、未来…。」


吐き捨てるように呟いた彼女の声は誰にも届かなかった。
ーー彼女もまた、未来に囚われたひとりだったのかもしれない。