「落ち着いたか?」

「…ごほっ、助かった…、智明。…ありがとう。」

「ん。まぁ…、前もやったしな。」

「……前?」


僕が聞き返すと、智明は気まずそうな顔をした。
やっぱり夢なんかじゃない。
あれは僕の記憶なんだ。
僕に気を使っているのか、智明からそれ以上話すことはなかった。
…智明なら、過去を正しく知っているだろう。
たとえ、それが僕の望まない過去だったとしても、智明ならちゃんと伝えてくれるはずだ。
スマホでショートメールの画面を開き、智明の眼前に差し出した。


「智明、これ、どういうことかわかるか?」

「…っ、これ、は…。」

「未来のお母さんから、毎年来てるみたいなんだ。おかしいだろ?」


智明と柚原さんは無言で目を伏せた。


「僕は未来と毎日会ってるのに。これじゃあまるで…。」


目をそらしていた智明が、覚悟を決めたような目で僕をとらえた。
静かな、冷静な声で、僕の言葉を遮る。


「……夏輝、そろそろ、目を覚ませよ。」

「……智明?」

「お前が幸せならって、俺も少しは思っちまったけど…、やっぱりおかしいだろ、こんなの…!」

「智明、何を言って…。」

「……夏輝、未来ちゃんは死んでるんだよ…っ!!!」


遠くでキーーーン、と耳鳴りのような音が聞こえるが、ノイズは聞こえなかった。
はっきりと、智明の口から、"未来が死んでいる"と伝えられる。
受け入れたくない。
違う、あれは悪夢だったんだ。夢だったんだよ。
そうじゃなきゃ、おかしいだろ。


「…じゃあ何か、あの墓地に未来の幽霊でもいたっていうのか?」

「……あそこには、未来ちゃんのお墓があった。」

「……未来、の…?だって、あそこには何も…!」

「お前、去年まで命日にちゃんと花を供えてたんだぞ。
今年は…、様子が変だったから、俺が代わりに供えてきた。」


……僕が、花を供えてた……。
記憶はない、けれど、薄々感づいていたこと。
未来のお母さんからのメールは、それで辻褄が合う。
けど僕は、ずっと未来と会っていたし、チャットもしていた。


「これならどう?」


困惑した僕を見かねて、ずっと黙っていた柚原さんがスマホの画面を見せる。
…お墓だ。
春崎家と書かれた、墓石。
スッスッと柚原さんが親指と人差し指で一部分をアップしていく。
お花を添える場所の隣に、何かが置いてある。
みるみる拡大されていくそれは、僕が探していたタロのストラップだった。


「なんで…!?そんなところに…。」

「…お前が置いたんだよ。『未来ちゃんのこと、見守ってあげてね』って。『寂しくないように』って…。」


ーー僕が…?
ズキズキと頭が痛むが、不鮮明だった記憶の真実を前に、もう構ってなどいられなかった。
2人の話を聞かないと。
ゲームではない、この現実を見ないといけない気がした。


「思い出せよ……、未来ちゃんとの最後のデート。」

「…最後って…。さっきまで……僕は、未来と……。」

「お前が会ってるのは、…未来ちゃんに似たAIだろ。……夏輝、お前が作ったんだよ……!」


智明に投げて渡されたのは、ベッドに転がっていたゲームだった。
AI?……未来が?
ふと、脳裏に映像が浮かぶ。

ーー「また明日ね!」

いつかのデートで見た、別れ際の未来の顔。

ーー「またね。」

少し寂しげに微笑んだ、さっきの未来の顔。
どちらも“未来”なのに……、どこか、違う。
声が、表情が、記憶の中と違う。
最近の未来の声は少し…、……温度を感じない。
ーーーーいつから?

既読のついていない未来との古いチャットと、会話のかみ合わない最近の未来とのチャット。
僕と同い年なのに、いまだ高校に通い続けている未来。
時折、時が止まったように、動かなくなる未来。
僕の知ってる過去しか、記憶にない未来…。


「ぁ……、ぁあ・・・・っ」


ー「…本当は“未来(みく)”って読むんだね。」


脳裏に浮かんだ声。
そう言った彼女は、未来に似ていて、でも、未来じゃなかった。


ー「私に、“未来(みく)さん”とのお話……、もっと聞かせて?」


まるで未来(みく)の代わりになるとでもいうような、未来(みらい)の提案。
それを受け入れたのは、僕だ。
未来の死から目をそらした僕が、


「……僕が、…つくったんだ……。」


僕はヘッドセットを握りしめて、崩れる。
そんな僕を、2人は静かに見下ろしていた。