大学には行った。
けれど、内容はあまり記憶にない。
スマホのチャット…、未来の事が気になって、何も頭に入らなかった。
明日から夏休みが始まる。
そうしたら、毎日、もっと長く未来と会えるんだ。
僕は無意識に未来に会いに学校へ向かっていた。
その存在を確かめるように。
「ー私、考えたんだけどね。」
「うん…、…何を?」
「智明くんと、ちゃんと話したほうがいいと思うよ。」
「え……?」
どうして急に、智明の名前が…?
会うなり、未来は妙なことを言い出した。
智明とのこと、話しただろうか?
…ノイズが聞こえた話しか、していないはずだけど。
そのことだろうか?
「だって、智明くんは夏輝の親友でしょ? ちゃんと、話した方がいいよ、絶対。」
親友……。
そうか。僕にとって智明は、親友だったんだ。
言われてみれば、未来以外に気兼ねなく連絡できる相手なんて、智明くらいかもしれない。
ノイズが聞こえたことも、正直に話したってきっと真剣に聞いてくれただろう。
そういえば。
昔、何かで落ち込んでいた時に、智明がずっと側にいて、励ましてくれて…。
…あれ、…なんで落ち込んでたんだっけ?
あの時、悲しいことが…あって…。
さっきも感じた、何か大事なことを忘れてる気がする。
…脳裏にかすかな記憶がよみがえり、断片的の映像が浮かぶ。
制服を着たみんなが集まって、たくさんの人が泣いていた。
……その途中で、僕も泣いてる……?
なんだ、それ。
そんな記憶、覚えにない。
思い出そうとするたびに、また頭痛が酷くなる。
記憶の中の僕は、タロのストラップを握って、何かを言っている。
そして、どこか、石の上にストラップを置いた。
…この場所、どこかで……。
「……夏輝、今日はもう帰ろう。」
「え、……未来?」
「ちょっと疲れてるみたいだし、智明くんにも連絡しなよ。……またね。」
未来は優しく、儚げに笑った。
どこか決意を込めた寂しさがチラついて、違和感を感じる。
気をつかってくれてるんだと思うと、少し情けなくて、でも嬉しくて。
複雑な気持ちを抱えながら、僕は未来と別れた。
…智明に、連絡するべきだろうか。
スマホを取り出して、静かに息を吐く。
「……あれ、ショートメール?」
今やチャットが主流な中、珍しい通知に思わず声が漏れる。
タップしてみれば、送信者には『未来のお母さん』の文字。
「……え? み、未来の……、お母さん……?」
そもそも、面識なんてほとんどない。
連絡先を交換した記憶すら曖昧だ。
話したこと、あっただろうか。
不思議に思いながら、震える手でショートメールを開く。
『毎年、譛ェ譚・の命日にお花をありがとうございます。
夏輝くんはお元気ですか?
大学4年生だと就職活動など、大変とは思いますが、頑張ってください。
今年も暑くなりそうなので、熱中症に気を付けてくださいね。』
……命日に、お花?
毎年……?
一部が智明の時と同じように文字化けされていて、一瞬体がこわばるが、何よりも内容が気になった。
メールを閉じて、過去のメールを探す。
未来のお母さんから来ているメールを片っ端から開いて確認する。
“お花、ありがとうございます”と、同じような文面が、4年前から、毎年贈られていた。
送信フォルダも確認すれば、全く身に覚えのない返信もある。
「……なんだよ、これ……。」
『一周忌』
『譛ェ譚・の命日』
『お花のお供え』
断片的な言葉が、圧倒的な質量で押し寄せてくる。
これじゃあまるで、未来が……。
いや、未来は……、
未来はあの時、とっくにーーーーーー。
理解しかけた瞬間、脳が悲鳴をあげた。
何者かに殴られたような鈍痛と、息苦しさ。
息ができない。
空気が薄い。
視界が滲んで、地面がぐらつく。
膝から力が抜けて、床に這いつくばり、苦しさに伸ばしかけた手を、僕は力なく下ろした。
(ーーもう、いいかーーーー。)
未来のいない世界を、僕は十分味わった。
まるで色の消えたようなこの世界から、もう、目を背けてもいいのかもしれない。
未来に、会いたいーー。
このまま楽になれば、もう一度未来に会えるだろうか。
僕は抗うことを諦めて、目を閉じた。
その時――。
「夏輝っ!お前、鍵あいてんぞー!」
「お、お邪魔します…。」
両親が仕事でいないため、誰もいないはずの下の階からバタバタと人が入ってきた音が聞こえる。
迷うことなく足音はこっちに向かっていた。
ガチャ、とドアがノックもなしに無遠慮に開かれる。
「っ!おい!?夏輝!? 大丈夫かっ!?」
飛び込んできたのは智明だった。
…そういえば、彼は高校生の時、よく家に遊びに来てたっけ。
僕の姿を見るなり、心配そうにしながらも冷静に状況を確認していた。
流石だな…、なんて、どこか他人事のように感心する。
話したかったけど、呼吸もままならない状態では何も伝えることが出来ない。
「…っ、…、っ、ひゅっ………っ!」
「過呼吸か……!待ってろ!」
智明は周囲を見渡すと、机の上にあったコンビニのビニール袋を掴み、空気を入れて僕の口元にあてがった。
てきぱきと対応する彼に、何故か一緒にいた柚原さんが感心したように言った。
「冬川くん、よく対応がわかるわね…。」
「アニメゲームの知識も馬鹿にならないってことだよ。」
得意げに言う彼に彼女は半分呆れながらも、どこか優しい眼差しだった。
――前にも、智明にこうして助けられたことがあった。
あれは……何年前だったんだっけ……。
泣き崩れた僕に、智明がずっと隣にいてくれて、その時もたしか、唐突に過呼吸を起こしたんだ。
さっきも見た、僕が泣いていた記憶と結びつく。
少しずつ、バラバラだったピースが脳内で埋められていく音がした。
