「蓮先輩。カナダのお土産です。これ飲むと頭回りますよ~」
 蛇池はなるべくチームの誰かと行動したが、大会最終日、男子トイレ前で角鹿とふたりきりにならされた。
 角鹿がメープルシロップの瓶を差し出してくる。食えない笑顔だ。昔はめそめそばかりしていたのに。
「飲まん」
「ひひ。イタリアのお土産は、直接選びます?」
 来年二月にイタリアで開催される世界ジュニア選手権には一緒に行こう、と言わんばかりだ。うっかり頷かないよう首と肩の筋肉に力を入れる。
 彼の顔を見たら、自分が間違っている気がしてきて、調子が狂う。
「今大会の俺のプレー見た上でそう言ってるのか」
 きっぱり断ればいい。なのに自分の評価を探るような台詞が出てしまい、表情が曇る。
「先輩は変わってません。大丈夫です」
 角鹿は即答した。日本ジュニア王者のままだと。
 好ましいことのはずだ。でも、なぜかそう思えなかった。
 三強も参加した大会で、新チームをベスト4に導いた。それでも「俺が正しいべ」と言えない。
 自分が思い描く「最高のスキップ」には、程遠い。どうすれば近づける?
「それとも、直接戦わないと答えを出せませんか」
「……その機会はないだろ」
 チームガクチカは来月始まる日本選手権予選で手一杯だ。ほいほい遠征もできない。WINNERSだって、素人のいるチームにかまけている暇はない。
 たった一言で、環境の変化を思い知らされる。今の自分は格落ちだ。
 しかし相棒の場所を空けていると、天才な後輩が微笑む。
 自分には任せられないといったチームには戻りたくない。では、戻る以外にどんな選択肢がある?
 じわじわ追い詰められる。一見どこにでも投げられるように見えて、ことごとく可能性を潰され、針に糸を通すようなショットしか選べないハウスみたいに。
「俺はあのチームを、……」
 このリンクで「いつかキングをぶっ倒して、新しいキングになろう」と角鹿と指切りした幼い頃の光景が、頭をよぎった。

  ◎

「帰りたい……」
「まあまあ天空」
 三位決定戦は辛勝した。
 勝って締めくくったにもかかわらず、バスターミナル行きのタクシーを待つチームガクチカはどんよりしている。三位の賞金が十五万円と、優勝したWINNERSの百万円に比べて少ないからではない。
「今帰ってるだろ」
 蛇池がスマホから目を離さないまま言う。
「あんたは東京帰らなくていいんじゃないの……?」
 不動の影の中にしゃがんで暑さをしのぐ皇が、ぼそりと返す。眼鏡のレンズにヒビが入っている。
「はあ?」
 蛇池はぎろりと睨んだ。この二人の諍いは日常茶飯事、と誰も仲裁しない。
 それがいけなかったか――それとも遅かれ早かれこうなったか。
「それ、TAKUの連絡待ってるんでしょ。ジュニアB選手権の代表メンバー、そろそろ正式発表だもん。元のチームに戻らなきゃ」
「えっ。ええ!? ジュニアBの、代表?」
 皇の暴露に、声が裏返った。
 何だそれは。聞いていない。
「世界ジュニア選手権は来年の二月開催ですが、前回の上位国以外は、十二月のB選手権で三位に入らないと出場できません」
 不動が説明してくれる。要は出場に二ステップ必要らしい。
 どちらにしても、世界ジュニアはWINNERSに任せ、蛇池は自分のチームで日本選手権優勝するのが目標のはずだ。
(日本選手権だって、来年の二月だぞ)
 実はWINNERSに復帰するもくろみだったのか?
 それではガクチカが成立しない。細かく足踏みする。
「そう言えばジャイレンさん、WINNERSのジャージを常に持ち歩いていますよね」
「待て待て、初耳ですけど」
 不動の援護射撃に、皇の口角が上がる。「もうちょっと」プレーすることにしたが、また怒られまくって辟易したに違いない。高価な眼鏡も壊されたようなものだし。
「運営スタッフとか他のチームの子とかが、蛇池くんは暫定お仕置き中だって噂してるねえ」
「和智さんまで?」
 確かに蛇池は大学も休学で、やめてはいない。戻ろうと思えば戻れる。和智を迎えたのは自身の代役か。辻褄が合っていく。
 肝心の蛇池は、険しい顔で黙り込んでいる。
(何とか言え)
 タクシーが一台やってきた。ふと、昨日の昼の違和感を思い出す。
 タクシーに乗り込む蛇池に、角鹿が掛けた言葉。
「もしかして。電話の返事って、チームに戻ってこいって言われてんのか?」
 追及したら、蛇池の目もとが泣きそうに歪んだ、ように見えた。
「打診は受けてる」
 それも束の間、あっさり認める。
 反射的に蛇池のリュックを掴んだ。半分開けっぱなしのファスナーから、チームガクチカの黄色ではなく、WINNERSの青いジャージが垣間見える。
 自分でも驚くくらい、血が滾った。
「隠してたのかよ。てか、なんですぐ断らないんだよ」
 蛇池はまた口を噤む。それがこちらをヒートアップさせる。
 協力を約束したのに。最初は単なる利害関係だったけれど、蛇池の夢に自分の夢を重ねたのに。自分には名前に負けない価値があると示したかったのに――。
「話違うじゃん。一年で確実に結果出すっていうから、おまえのチームに入ってやったんだけど? 背負うんじゃなかったの」
 蛇池がこちらに向き直る。その目はやはり、ペブルが削られたシートみたいに水分が多く見える。
「口出すな。メンバーは誰でもいいんだ」
 ゴツッと、重いカーリングストーンをぶつけられた気がした。
 さすが日本ジュニア王者、的確に弱点を狙ってくる。
 自分じゃなくてもいい。むしろ効率がいいと思っていたのに、「まあいいけど」とスルーできない。
 いちばん言われたくなかった、とさえ思う。
「おまえさ。素人をサードにしたの、自分の言いなりにできると思ったからだろ。それが口出してくんなって?」
「……」
「あー勝手にしろ。どうせオレはいても意味ないわ」
 低く吐き捨てる。練習を重ねたりスポンサー営業したり、時間を無駄にした。
 蛇池がまだこっちを見ているが、もう話すことはない。
 二台並んだタクシーの運転手が、「乗るの? 乗らないの?」と困っている。誰も何も言わず、自分と皇と不動、蛇池と和智に分かれる。
 皇はこういう方向に展開するとは思わなかった、でもあの人が悪いよね、と言いたげにコットンカーディガンを摘まんできた。力なく笑って流すしかできない。
(どっちが悪いかって言ったら……)
 蛇池のほうは深々と溜め息を吐き、
「和智さん、スキップとしてやつらに一言言ってやってください」
 いつだって自分が正しいときた。
「言わないよ? 自分の言葉は自分が責任を持つ。前のジュニア王者チームもそうだった」
 和智は取り合わない。もっともらしく諭すが、タクシーが走り始めるや舟を漕ぎ出すのがシルエットで見えた。練習も学業も仕事もと立て込み、面倒だったのだろう。
 北海道遠征の成果、なし。というかマイナス。
 日本選手権まで半年、ガクチカ計画折り返し。チームガクチカはぜんぜんこれでよくなかった。


 割の合わない北海道遠征から帰った週の金曜。大学のサークル部室に顔を出した。
 広研の学祭企画会議があるのだ。
 毎年十一月に開催される学祭には、広告代理店関係者も関心を寄せていて、有能な学生はアルバイトやインターンに声を掛けてもらえる。
 大手の内定を取って勝ち組人生に乗るのが、もともとの目標だ。見失うまい。
 チームを立て直すのは蛇池の仕事である。お望みどおり口は出さない。むしろ入れ込み過ぎていたのを反省し、学祭企画に次々手を挙げる。
(ジャイレンには愛想尽きたわ。TAKUも可愛い顔してぬけぬけ声掛けるよな。……オレもジャイレンも抜けたら三人になっちゃうのか)
 損切りすべきだ。九月の三連休に始まる、日本選手権の都予選には申し込み済みだが、成果が出るわけがない。
 なのに、学祭企画のディスカッションをしても資料をつくっていてもすっきりしないのは、なぜなのだ。
「はあ。今日は走って帰るかー」
 効率が落ちてきた夕方、作業を切り上げた。
 習慣で路地に足を向ける。
 裏門横の喫煙エリアに、いくつか人影が伸びていた。あのお高そうなセットアップとやたら長い脚は――久遠だ。
 今は会いたくない。早足で通り抜けようとする。
「……で、『最強のガクチカつくってる』なんて言い出したんだ。氷に石滑らせるニッチスキルが採用につながったら苦労しないだろう。後輩も顔引き攣らせて、可哀そうに」
 周りの広研のメンバーから笑い声が上がった。
 もしかしなくても、自分を嘲笑している?
 咄嗟に門柱の陰に隠れた。聞かなければいいと頭で思う一方、耳を澄ませてしまう。
「去年の企業案件でも無駄な資料つくってたり、採用に無関係な社員と飲みに行ったりしていたな」
「久遠さんは飲み会出ないで、家でBBQでしたっけ?」
「うん。父が広告業界の知り合いを招いてね。ただ俺は少し顔出すくらいだよ」
 待て。それは親ガチャ勝利過ぎないか。
 でも、可愛がるメリットがあるのは久遠のほうなのも確かだ。この価値の差、どうしたら埋まる?
「彼のアルバイト先知ってる? 実家の銭湯」
「えーガクチカどころじゃなさ過ぎ」
 誰も庇ってくれない。
 何なら、チームガクチカの誰からも連絡が来ない。――それもそうか。
 薄暗い柱の陰で、貧乏ゆすりし始める。
 無駄なことばかりしていた現実が見えていなかった。
(てか、見ないふりしてた。オレ自身に何の価値も能力もないこと。でも、だから、これだって頑張り方がわからない)
 必死に隠していたこの弱点を蛇池にも抉られるし、今週は踏んだり蹴ったりだ。
 まあ、ガクチカに蛇池を利用していた自分には、個人の復活のためにチームを利用するななどと言う権利はなかった。
「彼は入学以来なぜか俺をライバル視しているけど、俺は彼をライバルだと思ったことはないな」
 久遠の口は止まらない。煙草一本ぶんの雑談で大きな優越感を得られ、さぞ効率がいいだろう。
 ぼんやり聞き続けるしかない。ぜんぶ図星だ。同期の中で久遠がいちばん眩しかった。自分は彼と張り合える人間だと思いたかった。
 ゴン、と不意に背中を押された。門柱にくっついているのに何だ? と振り向く。
「言い返せよ」
 真夏にもかかわらず雪肌の男に――蛇池に、睨まれている。
「え? おまえなんでここに、」
「言い返して、とっちめ()!」
 蛇池は問いに答えず、胸倉を掴んできた。鋭い目には義憤が見て取れる。
 よもや、悪口に花を咲かせる久遠に腹を立てている?
 こちらは蛇池が悪口を言われても「わかる」と共感こそすれ、「やめろ」と窘めたりしなかったのに。
 後ろめたい。というか苦しい。
「ちょ、首締まってる……首!」
 蛇池は久遠の口を塞ぐわけではない。細腕の割の怪力でこちらを締め上げる。
 言い返せないのを情けなく思っている、が正解か。チームに入れてやったのに、って?
「クビクビうるさい」
「いいから離せ、……っはああ」
 しばらく揉み合った末、蛇池の手を振り払う。
 構内の学生に遠巻きにされている。喫煙エリアに久遠はとっくにいない。
 実は二番手だった王者と、二番手ですらなかった素人は、息を荒げて睨み合った。

 行きつけの創作居酒屋のカウンターに並んで座ったはいいが、自分のビールは泡が消えているし、蛇池のウーロン茶は満杯のままだ。
 トレーニングウェア姿の蛇池は黙りこくっている。
(そういやここ、久しぶりだな。最近いつメン飲み誘われてないや。業界にコネないならつるむ価値ないって、後輩にフェードアウトされたんだ)
 傷心を悪化させながらも、口火を切ってやった。
「で、何しに来た?」
「……と思って」
 不貞腐れた蛇池の声は小さい。賑わう店内では聞き取れない。
「なに?」
「言い過ぎたの謝ろうと思って!」
「それが謝る態度かよ! ったく」
 おちおち落ち込んでもいられない。むしろ笑えてきた。
 蛇池の言葉も、やっぱり図星だから。
「悪かった。……あんたはまだ俺に任せようとしてくれてたのに」
 と思いきや、殊勝に言い直してくる。
 まさかそれをわざわざ告げにきたのか? それはそれでばつが悪い。
「いや。オレには価値ないの、事実だし。そこそこ有名な大学のでかめのサークルに乗っかってるだけ。おまえにも乗っかってただけ。オレじゃなきゃできないことは特にない」
 枝豆の中身を取り皿に出しながらぼやいた。足は無意識に貧乏ゆすりしている。
 蛇池は神妙にしていたのが一転、不機嫌そうにウーロン茶を呷った。
「自主的に解説本読み込んで、スポンサー取りつけて、北海道までついてこようって素人はあんた以外いないだろ」
「ん? 励ましてくれてる?」
 そっぽを向かれる。正解らしい。この男は素直じゃないぶん逆張りすればいいと、だんだんわかってきた。
 枝豆の殻を見遣る。一見、身の詰まったものと見分けがつかない。でも空っぽだ。
「他にやりたいことないだけだよ。周りみんな時短だタイパだってしててオレもしてるけど、一生これでいいのかなってたまに思ったりする」
 何だか相談めいた響きになった。地元では嫌われている蛇池でも、やりたいことが明確で一直線なところが自分には眩しい。
「バッセンで内定欲しいって言ってなかったか。万年二位やめたいって」
「う、よく憶えてるな。それもさ、大手の内定取れれば勝ち組、っていうか。肩書きなかったらいちばんになれない、何もない人間ってのの裏返しだわ。もし長期インターン合格してても、役に立たなかっただろうな……」
 滑り出したストーンのように、次々吐露する。蛇池は大学もバックグラウンドもまったく違うので、却って弱みを見せられる。
 この際、ぜんぶぶつけてしまえ。
「何もないのを肩書きでほんとに埋められんのかって不安を、見て見ぬふりで生きてる。宝石の王様どころか、ただの石ころ。そんな名前負け男だよ、オレは」
 言った。言葉にしたら確定するからと、逃げてきたことを。
 本当は、価値があると認められ、必要とされたい。
 口をつけたビールが苦い。子どものときの挫折と異なり、「福富大也」として生きるのを諦めて区切りをつけることもできない。
「俺だって、カーリング取ったら何もない。というかカーリングも、氷上で四十メートル先の狙ったところに石を滑らせられます、とかいう社会でまったく役立たない特殊能力だぞ」
 蛇池は嗤いも見放しもしなかった。自虐までする。
 彼には自信満々でいてほしくて、執り成す。
「役立たないって言うなよ。結構面白いじゃん」
「最初はそう思ってなかっただろ」
 だがすぐ言葉に詰まった。否定しきれない。
 蛇池は、汗を掻いたグラスとこちらを見比べた末、再び口を開く。
「それでもあんたは人の夢を叶えようとする、お人好しだ。価値かは知らんが特徴ではあるんでないか」
「オレがお人好し?」
 驚いた。貧乏ゆすりが止まる。自分ではそんなふうに思ったことはない。
(なんだ。選手で営業でメンターしてたの、感謝されてんじゃん。へへ)
 たったそれだけで喜べるのだから、確かにお人好しかもしれない。
 目に見えない成果も出ていたようだ。ガクチカにはできないが。
 蛇池はまたそっぽを向いて枝豆を咀嚼している。
「一言多いとも言うがな。銭湯ジム、来週は開けよ」
「はいはい暇だしな。……って今日、福富湯行ってたのか?」
 銭湯ジムは不定期開催だが、金曜は五人とも都合がつきやすく、毎週全員でトレーニングしていた。
 今日は蛇池以外誰も来ず、狭く薄暗い休憩エリアで、ぽつんと待っていた……?
「俺のチームは五人だ。カーリングは一人がすべてを背負うが、一人じゃできない」
 ぬるいビールを吹き出しかける。真面目な横顔をまじまじ見る。
(蛇池がジャイレンぽくないこと言い出した!?)
 もしや、この前の「どうせオレはいても意味ない」という捨て台詞をフォローしているのか。
 価値も能力もなくても、背負わせてくれるならいる意味がある、と。
 逆に任せてあげる人がいなかったら、蛇池はスキップになれないわけだ。
 それで自分の子分――チームメイトに謝りにきた。そう思えば可愛い。ぼっち銭湯が相当効いたらしい。古い木造平屋は、物寂しい気分になりがちだ。
 自分と彼は、しょっちゅう意見がぶつかる。はっきり言って、合わない。けれど。
「しょうがないな。背負わせてやろう」
 蛇池の肩に腕を回した。くっついて互いに弾き出されないようガードし合うストーンみたいに。
 今日の、何なら四月以来のもやもやが、ダブルテイクアウト並みに霧散する。自分の弱みである「何もなさ」も、二人がかりで向き合ってみたらそこまで怖くなかった。
「大将、日本一美味い唐揚げの大盛りお願い!」
 吹っ切れて、カウンター内に声を掛ける。
 何もないなら何かつくっていけばいい。たとえば、人の夢をいくつ叶えられたかとか。
 広告は、自分以外の誰かの夢を後押しするもの、とも言える。正直、自分にない華やかさに憧れた面もあるが、向いていないとも言いきれない。
 なんてお人好し力の有効活用を考えていたら、蛇池がじっと見てきた。
「さっきのやつだろ。インターンに合格した同期のライバルって」
「ちょ、景気づけしたのに蒸し返すな」
「俺のライバルは、角鹿だ。スキップを任されるのはいつも俺でなくあいつ。どのチームも、俺に指示やショットは任せられないとさ」
 お通しのおでんのカニはんぺんを、ごくんと呑み込む。
 今度は蛇池が投げる番か。恰好悪い話を聞いてもらったぶん、彼にも気の済むまで話させてやろう。
「いつかWINNERSのスキップ任せてもらうために、ジャージ持ち歩いてんの?」
 チームメイトは素人より王者仲間のほうがいい、というならそれでも。
 だが蛇池はこれみよがしに溜め息を吐いた。
「違う。モチベーションのためだ。あのジャージ見ると、ろくたらもんでないやつらの上行ってやる、俺がスキップに相応しいって気持ちを思い出せる」
「紛らわしいなおい」
 蛇池は蛇池だった。かさばって荷物になるのに、執念がすごい。
「じゃあWINNERSには戻らない、よな」
 聞き役に回ったはずが、念を押していた。
 ガクチカのためでなく。蛇池のチームの一員でいたい、みたいだ。
(オレじゃなきゃできないこと、あったわ。ジャイアンなスキップのチームメイトでいること)
 待機席でも、楽しかった。何もできなくてもいていい、と勝手に許された気がしていた。
 だからタクシー乗り場であんなにむかついたのか。
 蛇池は即答しない。同じくカニはんぺんを口に押し込む。道民的に「偽物」と言いたげな顔で、
「メンバー集めに手こずるし、経験不足で戦略が狭まって思うようなゲーム運びできないし、トップレベルのチームに入りたいと一度も考えなかったと言えば、嘘になる」
 と白状した。
「まあ効率よくないよな」
 否定できない。一年で日本一を目指すなら、自分もそう思う。
 蛇池はほとんど空のグラスを呷り、「でも」と続ける。
「日本選手権はこのチームで出る。角鹿にもそう伝えた。だから安心して俺のチームでガクチカしてろ」
「ちょ、いつから盗み聞きしてたんだよ。意味わかってんの」
 やっぱり熱意を推してきた。背負ってくれるなら、まあいいけど。
 何せ蛇池は、すべてを背負う最高のスキップを目指して――待て。
「それはそれとして、世界ジュニア出ないの、もったいなくないか。おまえがなりたい『最高のスキップ』って、世界一ってことっしょ?」
 手振りでウーロン茶のおかわりを注文してやりつつ、おずおず尋ねる。
「はっ。まだ機会はある。五十歳でオリンピックの金メダルを獲ったスキップもいる」
 蛇池は何とも悠長だ。最短で結果を出すことに囚われていた自分とは違う……にしては、皇や不動に文句を言うし、和智にも異を唱えてばかりではないか?
 余裕ある五十歳の蛇池の姿は、まったく想像できない。思わず言う。
「メンバーだから口出すけどさ。今のままじゃ五十歳どころか百歳になっても夢叶わないと思うわ」
「はあ? 俺ならできるって言ってるだろ。結成四か月半で北見カップ三位だぞ」
 蛇池はたちまち煽り運転ドライバーみたいな表情をした。
 彼がチームガクチカでいてくれるならいてくれるで、別の問題が残っている。
「それだそれ。ぎゃんぎゃん言い過ぎ。特に皇には、言いたいことあってもいったん呑み込め。あれじゃやる気なくすって」
「だが……パラメータ設定の話はどうしてもしたい」
 蛇池が憮然とスマホを掲げた。高校生コンビがつくったシミュレーションゲームが表示されている。
「俺も大学で研究してたんだ。三角関数とか摩擦係数とか回転速度とか組み合わせて計算するが、実はストーンが曲がる仕組みはまだ科学的に解明しきれてない」
「えそんなことある!? 日本ではマイナーでもオリンピック競技っしょ」
「数字で量れないゲーム性があるんだ。俺も最初は『なんだべこれ』って思ったが、すぐ他の球技より面白くなった」
 蛇池は食べ物そっちのけで画面をタップし始める。よく皇を睨んでいるのではなく、話しかけたかったのか。
 こっちは手持ち無沙汰で、割り箸を弄びながら、ふと思い出す。
「最近やたらスマホ見てたのって、これ?」
 蛇池が最小限の動きで頷く。角鹿と連絡を取るためではなかった。思わせぶりめ。
「てかなんで角鹿から逃げてんの」
「逃げてない」
「避けただろ」
 この機にと詰め寄れば、蛇池は観念したようにつぶやいた。
「ついてこられたくないんだ。あと間が独特でな」
「あー、これから食うもんに対して『ラーメンさん』だっけ」
「ペブルも『氷ちゃん』って呼んでる。コーレスで氷の状況がわかるとさ」
「コール&レスポンス? アイドルか何かなの?」
 天才は天才の理で生きている。確かに巻き込まれないに越したことはない。
「ともあれ、仕組みが解明されてないんだったら、皇が正しいともおまえが正しいとも限らないよな。もうちょい聞く耳持て」
「でも」
「でもじゃない。すべて背負うってそういうことじゃないんだよ」
 彼の弱点に切り込むと、蛇池は息を呑んだ。ぎゃんぎゃん異議を唱える――と思いきや、
「……正しくなくても追い出さないなら、わかった」
 割とすんなり了承する。
 自分に足りないものを自覚して変わらないといけないと、彼もどこかで感じていたのかもしれない。それこそ和智をお手本にしたりして。
 思えば蛇池の地元で言い合ったとき、「このチームにいたい」という目をしていた。
 でも、チームを背負いながら自分を曲げてもいいのか不安で、口に出せなかったに違いない。
 何にせよ、言質を取った。
「おまえが(はじ)めたチームなのに、おまえを追い出すかっつの。曲げるところは曲げて、曲げないところは曲げるな。オレはおまえのジャイレンぶり、嫌いじゃないよ」
 したり顔で言う。
 チームガクチカ改めチームジャイレンは、自分や蛇池に限らず、それぞれ何かしら弱点がある。そのままではよくないが、互いに埋め合えば唯一無二のチームになれる気がした。
「ふん。俺の夢はおまえの夢だ」
「逆ジャイアン?」
 蛇池も請け合う。
 「乗っかる」だったのが、「乗っける」になった。
「なんか、だいぶ腹割って語り合ったな」
「あんたが『いいから話せ』って言ったんだろ」
 その「はなせ」ではなかったのだが……まあよしとしよう。世間では無駄と言われる時間からしか得られないものもある、ということで。
 お待たせ、と盛りに盛った唐揚げが供される。香ばしい匂いに誘われ、蛇池がいち早く箸を伸ばした。
「あっおま、いちばんでかいやつを!」
()っつ……!」
「え、猫舌なの?」
 寒冷アレルギーの自分とはつくづく合わない。それでも同じ夢を目指そうなんて――面白い。
(今日から半年、また頑張ろ)
 一見役立たなくても、自分にしかできないことを頑張るうちにガクチカができていたら、それでいい。