どこから話せばいいかな。「あの子」はね、学校の前で捨てられていたの。

 部活が終わって帰ろうとすると、校門の近くからニャアニャアと声が聞こえたから、すぐに「猫がいる」って分かったの。あたしは猫好きだからさ、まっ先に声のする方を探したよね。

 それで声のする方を見ると、ダンボールにすっごく小さな子猫が捨てられていた。本当に小さな声でニャアニャア泣いていてさ、今思い出しても本当にかわいかったな。

 しばらくダンボール越しに触れあったらすぐに懐いてくれて、それは良かったんだけど別の問題が発生した。あたしんち、ペットがダメな家だったんだよね。

 秘密で飼っちゃおうかとか考えたんだけど、壁の薄いアパートだったし絶対バレるよねって思って、どうしようってなっていたところにクラスメイトが来たの。

 それで「どうしよう」って相談したら、その彼が「じゃあ俺が飼うよ」って言ってくれたんだよね。「マジで?」って思ったんだけど、「親の説得は何とかする」って言ってダンボールごと持っていった。

 正直「そんなに簡単に猫を飼う許可なんて取れるのかな?」って思ったんだけど、どちらにしてもあのままだと保健所へ行って最悪の場合殺処分になるって知っていたから、ここぞとばかりに「その子をお願いね」ってプレッシャーをかけるようなことを言っちゃった。

 それでなんと、彼は本当に親を説得して猫を飼う許可を勝ち取ったんだよね。

 あたしはそれが自分のことみたいに嬉しくて、飛び跳ねて喜んだな。

 彼の家に猫が来てから、その子と遊ぶために何度か遊びに行ったの。他にも女子の友だちはいたんだけど、何て言うか、猫を助けてもらったのもあったせいか、知らぬ間に彼のことが気になっていてね。

 ……ああ、ごめん。話がちょっと逸れたよね。

 それでしばらくは猫とも遊んで楽しかったし、今となっては幸せな時間を過ごしていたなーなんて思う。

 でも、ある日になってその子が逃げちゃったんだよね。そりゃあ、みんな大慌てでね。何しろみんなのアイドルだったからさ、あの子は。

 散々遠くまで歩いて探して、夜になっても結局見つからなくて「ああ、どうしよう」って思っていた時に、あの子は自分が捨てられた校門の辺りにいたの。

 あたしも一瞬フリーズして、時間差で「あ、いた!」って思った時、その子と目が合った。その時にね、すぐ近くからトラックが走って来たの。

 猫って轢かれる時、車のライトで動けなくなるんだよね。あの子も例外なくトラックのライトにビックリしちゃって、道路のど真ん中で固まっていた。

 気付いたらあたしの体が動いていた。この子を失いたくない。ただその一心だけで道路に飛び出していた。

 その子を手で道路から拾うと、すぐそこにトラックが来ていた。「間に合わない」って思ったあたしは咄嗟にあの子を道路の脇に投げて……その後はよく憶えていない。クラクションのプァーって音がしたのはよく憶えている。

 守らなきゃって思った。あたしが思ったのは、ただそれだけ。まあ、それで死んじゃったんだけどさ。悔いは無いよ。

 こういう話をするとさ、「猫よりも君の命の方が大事に決まってるだろ」なんていう人が出てくるもんなんだけどさ、やっぱりなんていうのかな。あたしは、どうあってもあの子を失いたくなかったんだよね。だから同じ場面であたしみたいに飛び出しちゃう人とかも結構いるんじゃないかな。

 衝撃があったのかなとか、視界がシャッターみたいに閉まったとか、後付けで色々と考えたんだけどさ、とにかく記憶が無いの。

 まあ、多分あの子は助かったと思うんだよね。願望込みだけど。

 猫を逃がしたあたしはトラックに轢かれて即死。運転手からすれば歩行者がいきなり飛び出したんだから、避けようがないよね。だから別に怨んでなんかいないよ。むしろ迷惑をかけたとさえ思ってるぐらい。

 魂になっても死んだ瞬間から外の世界が見えるわけじゃないらしくて、幸か不幸かあたしは血塗れの事故現場は見ないで済んでいた。

 だけど、ふと気付いたらあたしの葬式がやっていてね。なんかみんな泣いていて、あたしも泣いていたなあ、死んだのはあたしなんだけど。

 どうも猫を助けて死んだっていうのは誰も知らないみたいで、「自殺かも」って言っている人もいたかな。別に、死ぬ要素なんて一つも無かったんだけどね。ははっ。

 で、大変だったのはその後だよ。

 昔のコントでさ、葬式中に死んだはずの人が出てくるっていうやつがあったの。たしか、とんねるずあたりがやってたのかな。今だったら絶対やれないだろうけどね。コンプラ? って言うんでしょ? なんか、不謹慎なやつが放送出来ないってルール。

 ああ、ごめん。こんな話なんかしても分からないよね。あたしにとってですら結構前の話だからさ。

 話は逸れたけど、葬式の時から泣いているみんなに向かって「おーい、あたしはここにいるぞ」ってアピールしまくったんだけどさ、誰一人として気付いてくれないんだよね。

 イヤーな予感はしたんだけど、なんか制服を着てる体も透けてるし、移動はあっちこっち空中を飛び回る感じだし、死んだらこんな感じなの? って思ってた。

 みんなずーっと泣いていてね。そこまで愛されてたんだなーって思ったら悲しくなってきた。だけど、悲しんでいる場合なんかじゃなくて……。あたしがどれだけアピールしても、誰一人として気付いた素振りも見せない。

 あたしとの別れを惜しんでいるぐらいなら気付いてよって思ったんだけどさ、これが死んだってことなのかなって思ったら、受け入れることが出来なくてパニックになったの。

 結局、やめろーって叫んでもあたしの声は届かず、あたしの体は燃やされてしまった。魂が入っていないせいか、遺体はなんか不思議な人形に見えたかな。とにかく自分じゃないみたいだった。

 魂だけの存在になってさ、皮肉にも「あたしってこれからどうやって生きていけばいいんだろう」って思ったんだよね。もう死んでるんだけど。

 それでも諦めきれなくてさ、どうにか気付いてもらおうとして学校で物を動かしてみたり壁をバンバン叩いてみたんだけど、なんかそれも「怪奇現象が起きてる」ってみんなが怖がっちゃって……それでやめた。

 しかもね、最悪なのが、学校で昔の友だちに気付いてもらおうとしている内に、この校舎から出られなくなっちゃったんだよね。

 自分で言うのもアレなんだけどさ、結果としてあたしはこうやって地縛霊みたいになっているってわけ。

 以上、かなり大雑把だけど、あたしがこの学校にずっといる理由。

 そりゃあ、昔の友だちがどうしてるかなーって思う時だって何度もあったよ。上手くいけば同窓会か何かがあるかも、なんて思ったけど。

 そんな淡い希望も叶うこともなく、あたしはここで生きていれば息子娘世代ぐらいの子供たちを見守っているってこと。

 どう? 理解してもらえた?

 あまりにも情報量が多過ぎるかもしれないけど、あたしもヒマだからさ。分からなかったら何度でも話してあげる。