「オヤジ、ちょっと話があるんだけど」

 剣心が学校のプリントらしきものを手渡してくる。

「……なんだ、これ?」

 三者面談の連絡でも来たかと思って見たら、「家族参加型レクリエーション 夜の校舎で肝試し」と書かれたプリントだった。

 夜の学校ねえ。よくやるな。他の親が生き生きとクレーム出しそうだけど。

 これも時代なんだろうか。俺が母校にいた時代には考えられない企画だけど。

「で、これが?」

 一応訊いてみると、珍しく息子が目を爛々とさせているように見えた。

「見たら分かると思うけどさ、夜の学校で肝試しなんてワクワクするだろ?」
「ああ、まあ……」

 息子の態度を見ていると、とてもノーとは言えない空気だった。

「かの……じゃなくて高橋ってクラスメイトがいてさ、そいつがどうしてもこれに参加したいって言っててさ」
「その子って、女の子?」

 俺たちの会話に菜々が割って入る。その口元はいくらか笑っているように見えた。あなたもそんな年頃になったのね――そんな風にでも言いたいみたいに。

「ああ、まあ、そうだよ」
「あ、でも高橋って……あの高橋花音ちゃん?」
「……まあ、そう。昔っからの腐れ縁でさ」

 母さんは「ふ」と軽く笑った。

 高橋花音ちゃんと剣心は幼馴染だから、親の俺たちも当然彼女の存在を知っている。

「あの子、綺麗になったわね。この前会って、昔の友だちを思い出したわ」

 菜々はなかなかリアクションに困ることを言ってくる。たしかにかわいいけど、昔の友だちっていうのは加藤のことなんだろうか。そっちの方が気になった。

「それで、花音ちゃんと付き合ってるの?」
「いや……まあ母さん、そんなのどうだっていいじゃないか。俺は肝試しがやりたいんだよ」

 息子が顔を赤くしながら反論している。まあ、これはその子が好きなんだろうな。別にいいけど。

 俺たちが仲良くやっていたのも息子ぐらいの年からだったか。あの時は加藤もいたからな。いまだに亡くなったのが信じられないけど。

「とにかくさ、この肝試しって親の参加が必須条件なんだ。どうにかならないかな?」
「うーん、そうか」

 めんどくせえなあ。それが率直な感想だ。もう肝試しで楽しめるような年でもないからな。

 そんなことを思っていると、菜々が口を開く。

「いいんじゃないの。だって、お目当ての子が参加するんでしょ?」
「いや、だから違うって……」
「いいのいいの。じゃああなた、その日の予定、空けていてね」

 結局俺の意見はまったく聞かれずに肝試しへの参加が決まった。ウチの女房は強いなあ。昔は気が弱くて、自分の意見なんて言わない女の子だったのに。

 本当に知らぬ間に時間が経っているな。加藤美織が死んでしまうなんて思わなかったし、菜々と結婚するなんて思ってもみなかった。

 剣心だって本当に俺の子なんだろうかって時々思うけど、昔の俺を見ているみたいに感じることもあるから間違いはないんだろう。本当に人生ってやつは不思議だよ。

 よし、じゃあここは一丁、肝試し企画とやらに楽しんで参加してみるか。

 言われてみれば、俺がガキだった頃にも夜の学校には行ったことが無かったな。そうだ、当時は怪奇現象が起こっていたから本当に何か出るってビビってたんだよな。

 あの時の幽霊、さすがにもういないよな?

 でも、幽霊って卒業とか無いだろうしな。それを考えたらちょっと怖くなってきたな。

 ……まあいいか。ここは父親のメンツっていうのもあるから、ハッタリだったとしてもビビらずに行こう。