パパとママには「友だちの出るピアノのコンサートが夜にある」と言って、夕方ぐらいに家を出た。その後は近所のマンガ喫茶の個室で姿を隠しながら夜を待つ。

 クラシックのコンサートは夜にやることも結構ある。ただ、それに中学生が出るなんてことは無いと思うけど。いずれにしても上手く騙せたんだから問題はないよね。単に遊びに行くなんて言ったら止められるに決まっているし。

 剣心君の話を聞いて、名前も知らないかわいそうな先輩の気持ちとかを考えると、思いっきり刺さっちゃったなあ、なんて思う。

 告白しようって決めていたのに、それが外的な何かで叶わなくなるって、悔しいなんてものじゃないだろうな。わたしだったら悔し過ぎて死んじゃうかも。だからその先輩が知らない人でもすぐに助けようって思った。

 剣心君が誰かを助けようとあんなに必死になるなんて思わなかった。さすがわたしの好きな男子っていうか、惚れ直しちゃったよね。ガチで鈍感だけど。

 でも、夜の学校でしか会えない先輩ってどんな人なんだろう。考えてみたらおかしな気もするけど、そういう病気の人なのかな?

 まあ、善は急げって言うでしょ?

 分からないことをウダウダ考えるよりも、大事なのは行動することだよね。

 それに夜の校舎で剣心君と二人きりなんて、何かが起こるんじゃないかっていう期待もある。どうしよう、暗闇の中で「実はお前が好きだったんだ、花音」なんて言われたら。そして、そのまま真っ暗な校舎で唇を重ねて……その先は恥ずかしくて考えられない。

 そうね。これはたしかに絶対秘密にしないといけないよね。だって、わたしのファーストキスが懸かって……じゃなくて、二人で隠密に動かないといけないんだからね。

 ようし、気合入れていこう。当日の下着も、わたしの持っている中で一番大人っぽいデザインのやつを身に付けていこう。

 別に何も無いけど。何も無いけど、一応ね。