「オヤジ、加藤美織さんって知ってる?」
「ぶっ……!」
不意打ちで言われた一言で、オヤジが食べていたものを噴き出しそうになる。
「おま……その名前を、どこで……?」
オヤジは母さんを一瞬だけ見る。「私じゃない」とばかりに首を振っていた。
「いや、友だちのお父さんから聞いたんだ。俺の学校に、かつてアイドル並みの美少女がいたってさ」
ついさっき考えた作り話。ボロが出る前に美織さんの情報を引き出さないと。
色々考えた結果、やはり美織さんの情報を一番知っているのはオヤジのはず。彼女について知らない情報はそれほどないけど、二人を引き合わせる前に強引にでもワンクッションを挟む必要がある。
きっとチャンスは一度きりだ。何の前触れもなく美織さんに会わせたら、オヤジも「お化けが出た~!」って言って逃げ出してしまうかもしれない。まあ、間違ってはいないんだけどさ。
オヤジは母さんに許諾を求めるようなアイコンタクトをしてから、遠い目で俺の質問に答える。
「ああ、知ってるよ。俺の友だちだった」
「付き合ってた、とか?」
「……いや、そういうのじゃない。俺はお母さん一筋だから。な?」
そう言ってオヤジは母さんに同意を求める。母さんはものすごく複雑そうな笑みで返した。微妙な間に、俺は色んなものを感じ取った。
なんとなく、このまま美織さんの話を続けても上手くいく気がする。俺の本能がそう言っている。
「俺、そのみお……加藤さんについて知りたいんだ」
「どうしたんだ、急に」
「彼女には、生前にやり残したことがあるみたいなんだ」
そう言うと、リビングに沈黙が流れる。うわ、さすがにやり過ぎたか。考えろ、俺。何か上手い言い訳を考えるんだ。
「ほら、なんか彼女の遺品から日記が見つかったらしくてさ」
咄嗟についた嘘。もうイタズラでしたでは済まされない領域に来ている。だけど、ここでビビっている場合でもない。俺は急がないといけないんだ。
「そこに書いてあったらしいんだけどさ、みお……じゃなくて、加藤さんは誰かに告白するつもりだったらしいんだよね」
そう言うと、オヤジと母さんは目を見合わせる。うん、なんか上手くいっている感じだぞ。俺はそのまま続ける。
「だからさ、せめて彼女を想いを伝えられたらなって思ったらしくて、その同級生の息子である俺に白羽の矢が立ったってわけ」
ほとんどアドリブみたいについた嘘だけど、我ながらなかなかよく出来ている。迫真の演技を披露する自分を褒めようと思っていたら、思わぬ角度から質問が来る。
「剣心、それは誰から頼まれたんだ?」
「いや、それは……あの、あれだよ。匿名っていうか、誰にも言わないでくれって言われているから秘密なんだ。さっき言った話も、ここだけの話だから他の人には絶対に言わないでよ」
自分で言ってから、思わず安堵の溜め息をつきそうになって自重する。嘘は最後までつき通してこそ価値がある。惜しかったとしても、バレてしまえば計画そのものが台無しになる。
まあ、オヤジもその匿名の人が、まさかの美織さんその人だなんて夢にも思わないだろうけどね。
「そうか。あいつにも告白したい人がいたのか。きっと残念だったろうな」
そう言って遠い目をするオヤジ。俺と似てすごく鈍感そうだけど、さすがにその告白の相手が自分しかいないであろうことは気付いているはず。願望込みで。
そう思っていると、オヤジが質問に答えだした。
「あいつの好きだった相手は知らないが、俺もあいつに言ってやりたいことはあった。彼女が事故で亡くなって、それも叶わなくなったけどな」
「本当にアイドルみたいにかわいいコだったよね、美織ちゃん」
母さんが会話に割って入ると、オヤジが寂しそうに「ああ」と答えた。やはり、二人にとっても美織さんの喪失は大きいようだった。
「美織ちゃん」ふいに母さんが口を開く。その目は潤んでいた。
「美織ちゃんは正和君のこと、ずっと好きだったよ。私、知ってた」
「そうか」
オヤジは力なく答える。
それも仕方がないか。もし美織さんが生きていたら、母さんとは結婚していなかったかもしれないし、俺だって生まれていなかったかもしれない。
無かったことにしたい過去がある代わりに、無くしたくない今がある。それを思うと、オヤジは何も言えなかったのだろう。
「オヤジ、加藤美織さんが生きていたら何て伝えたかったの?」
「それは……やめとくよ。どっちにしても、その言葉を聞く権利があるのはあいつだけだ」
それだけ言うと、リビングには「この話はもう終わりだ」という空気が流れたので、それ以上は訊かないことにした。
オヤジももしかしたら、当時に美織さんのことが好きだったのかな。
何て言うか、仮にそうなら手放しに応援しにくいところがある。仮に当時に美織さんを好きだったとしても、母さんはそんな話は聞きたくないだろう。
どんな経緯かは知らないけど、今の両親がまったく愛情も無く結婚したはずがないわけだし。
相手が幽霊の場合、それって不倫って言うのだろうか。肉体関係は持てないけど……って、そんなことを自分の親で考えるのは嫌だ。ふざけんな。
ひとまず分かったことは、オヤジも美織さんに会えるのであれば会いたいってことなんじゃないか。それは母さんも同じだけど。
後は、それをどうするかなんだよな。
何とか方法を考えなくちゃ。俺も前世を思い出しただけに、オヤジも美織さんも、そして母さんも全員が幸せになってほしい。それは無理なのかもしれないけど、それでも俺は欲張る。
この世界に、犠牲になっていい人なんて一人だっていやしない。
「ぶっ……!」
不意打ちで言われた一言で、オヤジが食べていたものを噴き出しそうになる。
「おま……その名前を、どこで……?」
オヤジは母さんを一瞬だけ見る。「私じゃない」とばかりに首を振っていた。
「いや、友だちのお父さんから聞いたんだ。俺の学校に、かつてアイドル並みの美少女がいたってさ」
ついさっき考えた作り話。ボロが出る前に美織さんの情報を引き出さないと。
色々考えた結果、やはり美織さんの情報を一番知っているのはオヤジのはず。彼女について知らない情報はそれほどないけど、二人を引き合わせる前に強引にでもワンクッションを挟む必要がある。
きっとチャンスは一度きりだ。何の前触れもなく美織さんに会わせたら、オヤジも「お化けが出た~!」って言って逃げ出してしまうかもしれない。まあ、間違ってはいないんだけどさ。
オヤジは母さんに許諾を求めるようなアイコンタクトをしてから、遠い目で俺の質問に答える。
「ああ、知ってるよ。俺の友だちだった」
「付き合ってた、とか?」
「……いや、そういうのじゃない。俺はお母さん一筋だから。な?」
そう言ってオヤジは母さんに同意を求める。母さんはものすごく複雑そうな笑みで返した。微妙な間に、俺は色んなものを感じ取った。
なんとなく、このまま美織さんの話を続けても上手くいく気がする。俺の本能がそう言っている。
「俺、そのみお……加藤さんについて知りたいんだ」
「どうしたんだ、急に」
「彼女には、生前にやり残したことがあるみたいなんだ」
そう言うと、リビングに沈黙が流れる。うわ、さすがにやり過ぎたか。考えろ、俺。何か上手い言い訳を考えるんだ。
「ほら、なんか彼女の遺品から日記が見つかったらしくてさ」
咄嗟についた嘘。もうイタズラでしたでは済まされない領域に来ている。だけど、ここでビビっている場合でもない。俺は急がないといけないんだ。
「そこに書いてあったらしいんだけどさ、みお……じゃなくて、加藤さんは誰かに告白するつもりだったらしいんだよね」
そう言うと、オヤジと母さんは目を見合わせる。うん、なんか上手くいっている感じだぞ。俺はそのまま続ける。
「だからさ、せめて彼女を想いを伝えられたらなって思ったらしくて、その同級生の息子である俺に白羽の矢が立ったってわけ」
ほとんどアドリブみたいについた嘘だけど、我ながらなかなかよく出来ている。迫真の演技を披露する自分を褒めようと思っていたら、思わぬ角度から質問が来る。
「剣心、それは誰から頼まれたんだ?」
「いや、それは……あの、あれだよ。匿名っていうか、誰にも言わないでくれって言われているから秘密なんだ。さっき言った話も、ここだけの話だから他の人には絶対に言わないでよ」
自分で言ってから、思わず安堵の溜め息をつきそうになって自重する。嘘は最後までつき通してこそ価値がある。惜しかったとしても、バレてしまえば計画そのものが台無しになる。
まあ、オヤジもその匿名の人が、まさかの美織さんその人だなんて夢にも思わないだろうけどね。
「そうか。あいつにも告白したい人がいたのか。きっと残念だったろうな」
そう言って遠い目をするオヤジ。俺と似てすごく鈍感そうだけど、さすがにその告白の相手が自分しかいないであろうことは気付いているはず。願望込みで。
そう思っていると、オヤジが質問に答えだした。
「あいつの好きだった相手は知らないが、俺もあいつに言ってやりたいことはあった。彼女が事故で亡くなって、それも叶わなくなったけどな」
「本当にアイドルみたいにかわいいコだったよね、美織ちゃん」
母さんが会話に割って入ると、オヤジが寂しそうに「ああ」と答えた。やはり、二人にとっても美織さんの喪失は大きいようだった。
「美織ちゃん」ふいに母さんが口を開く。その目は潤んでいた。
「美織ちゃんは正和君のこと、ずっと好きだったよ。私、知ってた」
「そうか」
オヤジは力なく答える。
それも仕方がないか。もし美織さんが生きていたら、母さんとは結婚していなかったかもしれないし、俺だって生まれていなかったかもしれない。
無かったことにしたい過去がある代わりに、無くしたくない今がある。それを思うと、オヤジは何も言えなかったのだろう。
「オヤジ、加藤美織さんが生きていたら何て伝えたかったの?」
「それは……やめとくよ。どっちにしても、その言葉を聞く権利があるのはあいつだけだ」
それだけ言うと、リビングには「この話はもう終わりだ」という空気が流れたので、それ以上は訊かないことにした。
オヤジももしかしたら、当時に美織さんのことが好きだったのかな。
何て言うか、仮にそうなら手放しに応援しにくいところがある。仮に当時に美織さんを好きだったとしても、母さんはそんな話は聞きたくないだろう。
どんな経緯かは知らないけど、今の両親がまったく愛情も無く結婚したはずがないわけだし。
相手が幽霊の場合、それって不倫って言うのだろうか。肉体関係は持てないけど……って、そんなことを自分の親で考えるのは嫌だ。ふざけんな。
ひとまず分かったことは、オヤジも美織さんに会えるのであれば会いたいってことなんじゃないか。それは母さんも同じだけど。
後は、それをどうするかなんだよな。
何とか方法を考えなくちゃ。俺も前世を思い出しただけに、オヤジも美織さんも、そして母さんも全員が幸せになってほしい。それは無理なのかもしれないけど、それでも俺は欲張る。
この世界に、犠牲になっていい人なんて一人だっていやしない。



