剣心君がまた隠し事をしている。女の勘がそう告げていた。

 もう、なんで君はそうやって心配させるのかな。せっかくわたしのことを花音って呼んでくれるようになったのに。

 やっぱり他に好きな人がいるのかな。訊きたいけど訊けない。いや、別に彼が誰と付き合おうが勝手なんだろうけどさ。でも、それはわたしが嫌。

 いずれにしても彼の隠し事が何かは把握しておかなきゃ。だって、そうでしょ? わたしに秘密なんて、絶対に許さないんだから。

 下校時に待ち伏せしていると、剣心君が一人で歩いて来る。やっぱり何か考え事でもしているのか、どこか心ここにあらずといった風にこちらへ来る。

「剣心君」

 わたしは彼の進路をふさぐように前へ出た。

「おう、なんだ高橋」
「花音って呼んでって言ったでしょう」

 反応的にそう言うと、周囲から視線が集まって顔が熱くなる。うう、恥ずかしい。

 もう、ちゃんと下の名前で呼んでくれない剣心君が悪いんだからね。

「悪かった、花音。で、何があった?」
「剣心君、最近また何か隠し事をしてるでしょ」

 わたしがそう言うと、周囲から注がれる視線がニヤニヤしたものへ変わっていく。恥ずかしいけど、そんなのに負けていられない。

「隠し事って、人聞きが悪いな」

 剣心君が頭を掻くと、他の男子から「夫婦ゲンカが始まったぞ」とからかわれて「うるせーよ」と反論していた。そうだ。わたし達は真面目な話をしているんだから。

「ここで立ち話もなんだからさ、一緒に帰りながら話さない?」
「ああ、まあ、別にいいけど」

 剣心君はいくらか戸惑い気味だったけど、ここだと話しにくいこともあるかもしれない。だから場所を変えることにした。

 並んで歩くと、どこかから「あの二人って付き合っていたっけ?」というヒソヒソ声が聞こえてくる。野次馬がうるさいなあ。別に、悪い気はしないけど。

「あのさ、こっちは俺の家じゃないんだけど」
「ちょっとぐらいいでしょ。小さなことを気にしていたらモテないよ」

 そう言って剣心君の手を引いていく。まあ、彼がモテたらそれはそれで困るんだけど。他の女子が寄って来るから。

 公園に着くと、二人で木陰のベンチに座った。「飲む?」と剣心君がコーラを買って来たのでもらった。たまにこうやって気の利くところがあるから、困る。

「で、何かあったの?」

 剣心君はいくらか怪訝な顔をしてコーラを飲みはじめる。

「剣心君が、心配なの」
「心配って、何が?」
「だって、ここ最近浮かない顔をしていることが多いし、寝れてないのかしょっちゅうカクカクやってるし」
「そうか。そりゃよく見てもらってるんだな」

 剣心君がいくらか皮肉っぽく言う。だけど、わたしはそれほど腹が立たなかった。

「そりゃあ、見てるよ。だって……」
「だって?」
「なんでもない。とにかく、君が心配なの」

 そう言うと、剣心君がもう一口コーラを飲んでから口を開きはじめる。

「なあ花音、一つ訊いてもいいか?」
「いいけど、何?」
「もしさ、好きな人が死んじゃったら、どうする?」
「えっ? 何言ってんの?」

 剣心君、たまに変な質問するよね。それとも、これは何か試されているの?

「そんなの、悲しいに決まってるじゃない」

 とりあえず剣心君が亡くなったと想定して答える。とりあえずだからね。

「だよな。残された方はどうなればいいと思うかな?」
「そりゃあ死んだ人が生き返ってくれたら最高だけどさ、実際にはそんなこと無いじゃない? そうなると……なんだろうね。わたしには分からないかも」
「そうだよな。死んだ人は生き返らないんだよな」
「ねえ、剣心君。さっきから何を言ってるの?」

 わたしを置いてきぼりにして物思いに耽る剣心君。

 どうしてそんなに突拍子もないことを言い出すのか。誰か、そういう状況にいる人とでも会ったのだろうか。

「いいか、花音。これはあくまでたとえ話だぞ」
「何よ。急にあらたまって」
「たとえば俺たちが付き合っていたとする。それでうっかり俺が死んでしまった。そうしたら、お前はどうする?」

 どうする? って、そんなの絶望に打ちひしがれるに決まってるじゃない。

 たとえ話にしても縁起が悪すぎるっていうか、現実になったら困るんだからそんなこと言わないでほしい。なんて言うと怒るもんな。剣心君、人の気持ちなんて分からないから。この間コンマ2秒。

「うん……それは、答えに困る質問だね。でも、もしわたしの方が死んじゃった側だったとしたら、剣心君には悲しみに浸らず、今を生きてほしいかな。もちろん、わたしのことは忘れないでほしいけど」
「他の誰かと結婚していたら?」
「そんなのイヤ」
「早いな」
「イヤなものはイヤだよ。だって……」
「だって?」
「もう、この話はいいじゃない。剣心君、しつこいと嫌われるよ」

 そう言うと、剣心君は苦笑いした。

 ダメだ、わたしも結構おかしなことを言っている。自己嫌悪で死にたくなる。ごまかすようにコーラを流し込んだら、ちょっと噎せた。

「まあ、とにかくさ」

 噎せたのが恥ずかしくて、わたしは動揺を隠しながら続ける。

「わたしが生きている方だったらさ、その人の分まで生きなきゃって思うかな。過去は変えられないけど、今を大事にする」
「うん」
「まあ、その前にお墓参りぐらいはするかもしれないけどさ。前の恋人に対するケジメっていうか、それをつけてから未来へ向かって行くのもいいんじゃない。だって、どうしたって過去は引きずるでしょ」
「そうか、そうだよな」

 何がそんなに刺さったのか分からないけど、わたしにとってよく分からない悩み事に一筋の光明でも差したのか、そんな顔になった。

 どうしてそれを話せないのかは知らないけど、悪いことをするような人じゃないし、何か事情があるんだろうな。そこに加われないのは悔しいけど。

「ねえ、剣心君」
「なんだ?」
「何があったかは知らないけどさ、何かあったらちゃんとわたしに頼ってよね」
「……分かったよ。ありがとう、花音」

 そう言って微笑む剣心君に一瞬ドキっとしてしまった。不覚。わたしの方がやられるなんて。

「今の話じゃないけどさ」

 言いながら、わたしはベンチを立ち上がる。剣心君の顔を見ないようにしながら、その先を続ける。

「剣心君は、いきなりわたしの前から消えたりしないでよ。そんなことをしたら、地獄の底まで追いかけ回すからね」
「……ああ、約束する。俺は死んだりしないよ」

 顔を見なくても、剣心君が微笑んでいるのが分かった。きっとその顔は直視出来ないから、背を向けていて正解だった。

 このまま後ろから抱きしめてくれたらいいのに。

 そんなことを思いながら、わたしは傾きはじめた太陽を眺めていた。