翌日の夜、美織さんの所へ行った。本当は昨日の晩に行きたかったが、涙がいつになっても止まらなかった上に、さすがに用事で外へ行くには時間が遅すぎた。いくらウチが放任主義の家庭とはいえ、無法地帯というわけじゃない。油断して深夜の「通学」がバレては元も子もない。だから一日我慢してから美織さんまで会いに行った。
「美織さん、来たよ」
「待ってたよ、剣心君」
俺が呼ぶと、美織さんはすぐに姿を現す。
美織さんはいつ見たって本当にかわいい。だけど、初代サノだった時代を思い出したせいか、それまでと美織さんが違う風に見えた。
「あれ? 君、何か変わった?」
美織さんも俺の変化に気付いたみたいだった。
「うん」
俺はどこか歯切れが悪く、美織さんもその変化にすぐ気付いたようだった。
「もしかして、もうこんなおばさん幽霊には会いたくなくなっちゃったとか?」
「そんなことないよ。俺はいつだって、美織さんに会えるのを楽しみにしているんだから」
「あら、なんか今日は色男だね。好きな人でも出来た?」
そう言いながらも、美織さんは楽しそうだった。いつもなら一緒に笑うところだけど、今日は違う。俺は、これから話すことを思って緊張気味だった。
「話が、あるんだ」
「うん」
美織さんは微妙な空気に気付いたのか、素直に耳を傾けた。
「今日は美織さんに色々と謝ることがある」
「謝ること?」
美織さんは不思議のそうに首をかしげた。
これから話すことには、俺自身も頭を使って話さないといけない。美織さんを呪いから助けるには、そうする必要がある気がした。
「はじめに、俺は美織さんの言っていた正和君と菜々ちゃんを知っている」
「え? マジで?」
「というか、俺の両親だ」
「……は?」
美織さんはしばらく固まった。何秒もしてから「えぇええ~!?」ってマスオさんでもしないような驚き方をした。
「マジなんだ。正直に言うと、後から気付いて言いそびれていたんだけど」
「ちょ……マジなの? うわ、なんか本当に驚いた」
「俺もこんなに驚いている幽霊を始めて見た」
そう言うと美織さんは咳払いをして、俺のことをまじまじと見る。
「言われてみれば……正和君とか、菜々ちゃんと似ている要素が色々とあるような」
俺としてはそこまで似ているとは思わなかったんだけど、美織さん的には色々と腑に落ちるところがあったらしい。
「しかし、そうか。やっぱりあの二人は……。菜々ちゃん、本当に良かったね、うんうん」
美織さんはオヤジのことが好きだったはずだが、それとこれとは別の話らしい。ずいぶんと昔の話とはいえ、彼女なりに親友であった母さんの身を案じていたのだろう。
「美織さん、ごめんよ。両親が結婚したのは当人同士の自由だろうけどさ、美織さんがオヤジのことを好きだったと知ったら、本当のことを言えなかった」
「ううん、全然気にしなくていいよ」
美織さんは屈託のない笑顔を見せた。そこには好きだった人を奪われた怨みや悔しさなどは微塵も無いように感じられた。こんな陽キャの幽霊はフィクションでも見たことがない。
「たしかにあたしは正和君のことが好きだった。だけどさ、結局言えなかったし菜々ちゃんに譲っちゃったからね。それで菜々ちゃんが彼と結ばれたんだったら、それ以上に幸せなことってないじゃない」
「そう言ってくれると助かるよ」
「それにさ、剣心君だってあたしが傷付かないように気遣ってくれたんだよね? その気持ちだけで、本当に十分」
そう言って、美織さんはその場でクルっと一回転した。イタズラ好きの妖精みたいで癒される。
でも、癒されている場合じゃない。
俺にはもっと、謝るべきことがある。
「美織さん。実は俺が謝るべきことは、それだけじゃないんだ」
そう言うと、不思議そうな顔で美織さんが首をかしげる。
今から言うことを考えると、吐き気がした。出来ればこのまま言わないでおきたい。それでも、そんな不正直なことは出来ない。
美織さんは26年もの間、ずっと悔いを引きずったまま過ごしてきた。そんな彼女に、これ以上嘘をつき続けることなんて出来ない。
だから、その一歩を踏み出すことにした。
「美織さん」
言ってから、周囲の空気が重くなった気がした。それでも、俺はもう止まることが出来ない。
「美織さんが死んだのは、俺のせいなんだ」
「美織さん、来たよ」
「待ってたよ、剣心君」
俺が呼ぶと、美織さんはすぐに姿を現す。
美織さんはいつ見たって本当にかわいい。だけど、初代サノだった時代を思い出したせいか、それまでと美織さんが違う風に見えた。
「あれ? 君、何か変わった?」
美織さんも俺の変化に気付いたみたいだった。
「うん」
俺はどこか歯切れが悪く、美織さんもその変化にすぐ気付いたようだった。
「もしかして、もうこんなおばさん幽霊には会いたくなくなっちゃったとか?」
「そんなことないよ。俺はいつだって、美織さんに会えるのを楽しみにしているんだから」
「あら、なんか今日は色男だね。好きな人でも出来た?」
そう言いながらも、美織さんは楽しそうだった。いつもなら一緒に笑うところだけど、今日は違う。俺は、これから話すことを思って緊張気味だった。
「話が、あるんだ」
「うん」
美織さんは微妙な空気に気付いたのか、素直に耳を傾けた。
「今日は美織さんに色々と謝ることがある」
「謝ること?」
美織さんは不思議のそうに首をかしげた。
これから話すことには、俺自身も頭を使って話さないといけない。美織さんを呪いから助けるには、そうする必要がある気がした。
「はじめに、俺は美織さんの言っていた正和君と菜々ちゃんを知っている」
「え? マジで?」
「というか、俺の両親だ」
「……は?」
美織さんはしばらく固まった。何秒もしてから「えぇええ~!?」ってマスオさんでもしないような驚き方をした。
「マジなんだ。正直に言うと、後から気付いて言いそびれていたんだけど」
「ちょ……マジなの? うわ、なんか本当に驚いた」
「俺もこんなに驚いている幽霊を始めて見た」
そう言うと美織さんは咳払いをして、俺のことをまじまじと見る。
「言われてみれば……正和君とか、菜々ちゃんと似ている要素が色々とあるような」
俺としてはそこまで似ているとは思わなかったんだけど、美織さん的には色々と腑に落ちるところがあったらしい。
「しかし、そうか。やっぱりあの二人は……。菜々ちゃん、本当に良かったね、うんうん」
美織さんはオヤジのことが好きだったはずだが、それとこれとは別の話らしい。ずいぶんと昔の話とはいえ、彼女なりに親友であった母さんの身を案じていたのだろう。
「美織さん、ごめんよ。両親が結婚したのは当人同士の自由だろうけどさ、美織さんがオヤジのことを好きだったと知ったら、本当のことを言えなかった」
「ううん、全然気にしなくていいよ」
美織さんは屈託のない笑顔を見せた。そこには好きだった人を奪われた怨みや悔しさなどは微塵も無いように感じられた。こんな陽キャの幽霊はフィクションでも見たことがない。
「たしかにあたしは正和君のことが好きだった。だけどさ、結局言えなかったし菜々ちゃんに譲っちゃったからね。それで菜々ちゃんが彼と結ばれたんだったら、それ以上に幸せなことってないじゃない」
「そう言ってくれると助かるよ」
「それにさ、剣心君だってあたしが傷付かないように気遣ってくれたんだよね? その気持ちだけで、本当に十分」
そう言って、美織さんはその場でクルっと一回転した。イタズラ好きの妖精みたいで癒される。
でも、癒されている場合じゃない。
俺にはもっと、謝るべきことがある。
「美織さん。実は俺が謝るべきことは、それだけじゃないんだ」
そう言うと、不思議そうな顔で美織さんが首をかしげる。
今から言うことを考えると、吐き気がした。出来ればこのまま言わないでおきたい。それでも、そんな不正直なことは出来ない。
美織さんは26年もの間、ずっと悔いを引きずったまま過ごしてきた。そんな彼女に、これ以上嘘をつき続けることなんて出来ない。
だから、その一歩を踏み出すことにした。
「美織さん」
言ってから、周囲の空気が重くなった気がした。それでも、俺はもう止まることが出来ない。
「美織さんが死んだのは、俺のせいなんだ」



