この家に来てから結構経ったな。

 前の飼い主に捨てられた時はこの世の終わりみたいに感じたけど、今のご主人さまはいい人だ。みんなでぼくをかわいがってくれる。こういうのって、やっぱり大事。

 ろくでもない飼い主に育てられた猫は、きっとろくでもない猫に育つ。だけど、今の飼い主はまともだからぼくもまともな感覚で日々を送れている。

 フローリングに寝っ転がっていると落ち着く。ここには自然の脅威も何も無いし、ただのんびりと生きているだけで褒めてもらえる。雨の中、ダンボールで鳴いていた時にはそんなことを思いもしなかった。

 本当に、ぼくを拾ってくれた正和君には感謝しかない。後はよく遊びに来てくれる女の子たちにも。彼らがいるから、今のぼくがいる。

 またすぐ遊びに来てくれないかな。猫じゃらしにパンチするの、結構好きなんだ。

 ……だけど、なんかおかしいな。

 さっきから家にまったく人の気配が無い。

 いつもは誰かしらいるものだけど、今日は一人として家にいない。ちょっと家の中を探してみよう。

 トイレの扉を引っ掻いてノックする。誰かいれば「コラ」って返事があるはずだけど、声は返ってこないし人の気配も無い。

 台所へ行っても、リビングのテーブルから物を落としても、怒って誰かがやって来る気配が無い。

 ……まさか。

 ぼくの全身に寒気が走る。

 ――ぼく、また捨てられたのかな?

 そう思うと、一気に寒気が襲ってきた。

 飼い主に学校の前で捨てられて、雨の中で不安と恐怖のうちに過ごした時間が蘇る。あんな思いはもう二度としたくない。

 ねえ、みんな。どこへ行ったの?

 ぼくを置いていかないでよ。

 そんな想いも、誰もいない空間でニャアニャアと響くばかりで届かない。くそう、みんなどこへ行ったんだ。

 捨てられた時のトラウマが蘇る。

 行かないでと叫んでも、誰もぼくを振り返ってくれない。

 あんな思いはもう二度としたくない。

 みんなを探さなきゃ。正和君でも、パパでもママでもいい。それに、もしかしたら彼らに何かがあったのかもしれない。

 そうなったら、今度はぼくが彼らを助ける番だ。

 2階の窓が僅かに開いている。手をこじ入れて隙間を作って、体をねじ込んでっと……ヨシ、出られたぞ。

 ちょっと怖いけど、みんなを探しに行かなくちゃ。

 もう自分の平和は自分で守る。何もしない日にはさようならだ。

 それじゃあみんな待っててよ。ぼくが迎えに行くから。