「美織ちゃん、ちょっといいかな」

 休み時間に菜々ちゃんから声をかけられた。菜々ちゃんは何だか真剣な顔で、「何かやらかしたかな?」と独り焦る。

「うん……いいよ」

 菜々ちゃんに連れられて、あたしは校舎の屋上へと向かう。

 給水塔の周囲に人がいないことを確かめると、菜々ちゃんに「何かあったの?」と訊いてみる。

 菜々ちゃんは少しためらうそぶりを見せてから、意を決したように口を開く。

「今日ね、どうしても美織ちゃんに伝えておきたいことがあるの。卑怯なんて思われたくないし、私が私を許せるように」
「ゴメン、何の話をしているの?」

 話の脈絡がまったく分からないあたしは、率直な疑問を口にした。

 すると菜々ちゃんが溜めるように息を吸って、深呼吸してから続きを言う。

「今日ね、井村君に好きって言うから」

 菜々ちゃんがそう言った瞬間、ぼんやりとしていた意識が急にはっきりした。

 前から正和君のことが好きだとは言っていたけど、とうとう告白するんだ。予定通りのことが起こるだけなのに、あたしの方が緊張してきた。

「そうなの」

 自分で言ってから『もうちょっと気の利いた言葉とか返せないのかな』って思ったけど、そんな余裕もないほどに菜々ちゃんの圧がすごかった。おそらく、今まであたしに見せたことのない顔だった。

「いいの?」
「いいのって、何が?」
「だって、井村君がOKすれば、私が井村君の彼女になっちゃうんだよ?」
「うん、まあそうだよね。それで三人で遊ぶのが難しくなるかもしれないけど」

 あたしが答えると、菜々ちゃんは一瞬だけ「そういうことじゃないんだけどな」っていう顔をした。なんか地雷でも踏んだんだろうか。

「……まあ、いいや。美織ちゃん、一つ訊いてもいい?」
「なに?」
「私の告白が上手くいってもいかなくても、この先も友だちでいてくれる?」

 菜々ちゃんが真剣で、それでいてどこか悲しそうな目であたしを見ていた。その視線を感じて、あたしはドキっとした。

「そんなの、当たり前じゃない。菜々ちゃんはいつだってあたしの友だちだよ」
「ありがとう。それを聞いて安心した」

 そう言うと、さっきまで菜々ちゃんを包み込んでいた圧が無くなる。あまり状況は分かっていないけど、これで良かったんだと思った。

「帰り道で告白するつもりだから、美織ちゃんは上手いこと言って外してもらえるかな」
「そんなのお安い御用だよ。告白、上手くいくといいね」

 つい今しがたに変な空気が流れていたのもあり、あたしは過剰なぐらいに明るく振舞った。その一方で胸とおなかに変な圧迫感が出てきた。ああもう、告白するのは菜々ちゃんなのに、あたしの方が緊張してどうするんだよ。

「とにかく、あたしは応援しているからね。告白が上手くいったら、また三人で遊ぼう。……って、そうなったらあたしは邪魔か」
「いいの」

 憑き物が落ちたような顔で菜々ちゃんが続ける。

「美織ちゃんは私にとっても、井村君にとっても特別な存在だから」
「うん」
「だから、邪魔なんてことは絶対にない」
「ありがとう」

 菜々ちゃんに嬉しい言葉をかけられて、ちょっと感動で泣きそうになる。

「じゃあ菜々ちゃん、今日だよ。絶対に上手くいくから、絶対に告白を成功させようね!」
「うん!」

 そう言って、あたし達は教室へと戻っていった。