さっきから騒がしいから何なの? って思ってみてみたら、女子トイレの個室に男子が隠れていた、ちょっと、ここは女子の聖域なんだよ?
小一時間ぐらいお説経でもしてあげようか。そう思ったけど、男の子の顔は思ったより青白くなっていた。
「ねえ、君。大丈夫?」
「いや……お、おま……!」
男の子はうまく喋れないのか、震える声であたしの足元を指さす。ああ、そうか。普通の女の子は浮かないもんね。
「大丈夫だよ。君に危害なんて加えたりしないから」
「お前は……何だ?」
「さっきからお前お前って失礼だよ? あたしには美織って名前があるんですけど」
あたしが腰に手を当てて言うと、いくらか落ち着きを取り戻した男の子は恐る恐る口を開く。
「花子さんじゃないの?」
「失礼ね。あんなバケモノじゃないから」
「でも、君、浮いてるし……」
「そりゃ浮くでしょうよ。歩かなくても移動出来るのに、わざわざ地べたを歩き回る必要なんてある?」
論破された少年は黙りこくる。別に、黙らせたいわけじゃなかったんだけど。
「あの」
「うん」
「おま……美織……さんは、ここで何をやっているの?」
「何って、別にあたしの勝手でしょ?」
「夜の学校は入ったらダメなんだよ?」
「いや、君に言われたくないんですけど」
不毛な会話。なんだこれ。
「夜の学校が侵入禁止って知ってるんだったらさ、君はなんでここに来ているの?」
「それは……なんていうか、肝試しっていうか……」
それを聞いて、あたしは頭を抱える。
なんだか叫び声が聞こえるから来てみれば、イタズラの坊主の肝試しっていうオチか。あたしがここに住み着いて以来初の泥棒が入ったかなとか、ちょっとワクワクしていたんだけど。
「良かったね。『本物』の霊に会えて……」
「ええ、まあ……」
「……」
「……」
トイレに気まずい沈黙が流れる。目の前の少年は度胸が据わっているのか、さっきまでの怯え切った素振りは知らぬ間に無くなっていた。
「あ、あいつら待ってるから、早く行かなきゃ」
男の子が何かを思い出したようにハッとする。他にも誰か紛れ込んでいるんだろうか。今どきの子供は結構ヤンチャだな。
「それじゃあ、目的も達成したことだし、行けば?」
時々こうやって生きている生徒に会ってしまうこともある。ここまでしっかりと話をしたこともないけど、そういった出来事の一つ一つが知らぬ間に怪談となってこの学校に残り続けているらしかった。
でも、この少年、よく見るとなかなかの男前かも。昔好きだった人に似ているし。別れるのもちょっと惜しいけど、仕方がないか。あたし達は、本来出会わないはずなんだからね。
「あと、あたしに会ったことは皆には内緒で」
人差し指を口の前で立ててしーっとやる。あたしみたいな幽霊がやるとシュールな光景ではあるけれど。
男の子は個室を出ると、女子トイレから出て行こうとして立ち止まる。何かを言いたそうな顔で、あたしの方をじっと見ていた。
「どうしたの?」
「あの……またここに来てもいい?」
「……いいよ。あたしも、夜はすることがなくてヒマだし」
初めて見たなあ。幽霊に次のアポを取る奴。なんだかおかしくなって笑いがこみ上げてくる。
「じゃあ、なるべく早く来るよ。LINEやってる?」
「知ってるけど幽霊がスマホなんて持ってるわけないでしょ」
「そうか。そりゃそうだ」
男の子がおかしそうに笑う。スマホの存在そのものは生徒が持っているのを見たので知っている。あたしの時代はショボいケータイか、下手するとポケベルだったのにね。便利な世の中になったものだよ。
「じゃあ、また来るよ」
男の子はなんか嬉しそうな顔をしていた。かなり久しぶりに人間らしい会話をして、あたしも嬉しかった。
「待ってるよ。誰にも見つからないでね」
そう伝えると、男の子はドアに手をかける。そこであたしは、彼の名前を聞いていないことを思い出した。
「そう言えば、君の名前は何て言うの?」
「剣心」
「けんしん? 健康診断の?」
「つるぎって書いて心で剣心。るろうに剣心の」
「……そう。じゃあ、待ってるからね。剣心君」
「それじゃあ」
男の子はトイレを出て行った。
……るろうに剣心か。あたしも大好きだったな。っていうか、あの子の世代でも知ってるんだ。そうだよね。すごい作品っていうのは時代を超えるっていうか……知らぬ間にテンションがおかしくなってた。
でも、あの子、また来るとか言ってたよね?
ってことは、またここに来るってこと? まあ、そういうことだよね。
ここに来てずいぶん経つけど、長くいると不思議なことってあるもんだねー。なんか感心するわ。
あの子とは不思議な縁を感じるな。昔好きだった人に似てるし、名前もあたしの好きな漫画の登場人物だし。きっと親の世代があたしと近い年齢なんだろうな。
あーあ。あたしも生きていれば今頃あんな子供がいたのかな。そう思うと、来世があるならさっさとそっちに行きたい気もするんだけど。
他の幽霊を見つけたら、「ねえ、来世ってあるの?」って訊いてみたいところだけど、多分相手も知らないんだろうな。
……まあ、いいや。剣心君はまた来てくれるみたいだし? あたしの人生にもちょっとしたいろどりが出来たっていうか……このまま恋愛に発展しちゃったりして。って、なんか久しぶりに男子と触れあえた(?)のが嬉し過ぎてテンションがおかしくなってる。
とにかく次に会えるのが楽しみだな。剣心君は次にいつ来てくれるのかな?
その時はるろうに剣心で好きなシーンとか語り合おう。
ああ、早く明日にならないかな。
小一時間ぐらいお説経でもしてあげようか。そう思ったけど、男の子の顔は思ったより青白くなっていた。
「ねえ、君。大丈夫?」
「いや……お、おま……!」
男の子はうまく喋れないのか、震える声であたしの足元を指さす。ああ、そうか。普通の女の子は浮かないもんね。
「大丈夫だよ。君に危害なんて加えたりしないから」
「お前は……何だ?」
「さっきからお前お前って失礼だよ? あたしには美織って名前があるんですけど」
あたしが腰に手を当てて言うと、いくらか落ち着きを取り戻した男の子は恐る恐る口を開く。
「花子さんじゃないの?」
「失礼ね。あんなバケモノじゃないから」
「でも、君、浮いてるし……」
「そりゃ浮くでしょうよ。歩かなくても移動出来るのに、わざわざ地べたを歩き回る必要なんてある?」
論破された少年は黙りこくる。別に、黙らせたいわけじゃなかったんだけど。
「あの」
「うん」
「おま……美織……さんは、ここで何をやっているの?」
「何って、別にあたしの勝手でしょ?」
「夜の学校は入ったらダメなんだよ?」
「いや、君に言われたくないんですけど」
不毛な会話。なんだこれ。
「夜の学校が侵入禁止って知ってるんだったらさ、君はなんでここに来ているの?」
「それは……なんていうか、肝試しっていうか……」
それを聞いて、あたしは頭を抱える。
なんだか叫び声が聞こえるから来てみれば、イタズラの坊主の肝試しっていうオチか。あたしがここに住み着いて以来初の泥棒が入ったかなとか、ちょっとワクワクしていたんだけど。
「良かったね。『本物』の霊に会えて……」
「ええ、まあ……」
「……」
「……」
トイレに気まずい沈黙が流れる。目の前の少年は度胸が据わっているのか、さっきまでの怯え切った素振りは知らぬ間に無くなっていた。
「あ、あいつら待ってるから、早く行かなきゃ」
男の子が何かを思い出したようにハッとする。他にも誰か紛れ込んでいるんだろうか。今どきの子供は結構ヤンチャだな。
「それじゃあ、目的も達成したことだし、行けば?」
時々こうやって生きている生徒に会ってしまうこともある。ここまでしっかりと話をしたこともないけど、そういった出来事の一つ一つが知らぬ間に怪談となってこの学校に残り続けているらしかった。
でも、この少年、よく見るとなかなかの男前かも。昔好きだった人に似ているし。別れるのもちょっと惜しいけど、仕方がないか。あたし達は、本来出会わないはずなんだからね。
「あと、あたしに会ったことは皆には内緒で」
人差し指を口の前で立ててしーっとやる。あたしみたいな幽霊がやるとシュールな光景ではあるけれど。
男の子は個室を出ると、女子トイレから出て行こうとして立ち止まる。何かを言いたそうな顔で、あたしの方をじっと見ていた。
「どうしたの?」
「あの……またここに来てもいい?」
「……いいよ。あたしも、夜はすることがなくてヒマだし」
初めて見たなあ。幽霊に次のアポを取る奴。なんだかおかしくなって笑いがこみ上げてくる。
「じゃあ、なるべく早く来るよ。LINEやってる?」
「知ってるけど幽霊がスマホなんて持ってるわけないでしょ」
「そうか。そりゃそうだ」
男の子がおかしそうに笑う。スマホの存在そのものは生徒が持っているのを見たので知っている。あたしの時代はショボいケータイか、下手するとポケベルだったのにね。便利な世の中になったものだよ。
「じゃあ、また来るよ」
男の子はなんか嬉しそうな顔をしていた。かなり久しぶりに人間らしい会話をして、あたしも嬉しかった。
「待ってるよ。誰にも見つからないでね」
そう伝えると、男の子はドアに手をかける。そこであたしは、彼の名前を聞いていないことを思い出した。
「そう言えば、君の名前は何て言うの?」
「剣心」
「けんしん? 健康診断の?」
「つるぎって書いて心で剣心。るろうに剣心の」
「……そう。じゃあ、待ってるからね。剣心君」
「それじゃあ」
男の子はトイレを出て行った。
……るろうに剣心か。あたしも大好きだったな。っていうか、あの子の世代でも知ってるんだ。そうだよね。すごい作品っていうのは時代を超えるっていうか……知らぬ間にテンションがおかしくなってた。
でも、あの子、また来るとか言ってたよね?
ってことは、またここに来るってこと? まあ、そういうことだよね。
ここに来てずいぶん経つけど、長くいると不思議なことってあるもんだねー。なんか感心するわ。
あの子とは不思議な縁を感じるな。昔好きだった人に似てるし、名前もあたしの好きな漫画の登場人物だし。きっと親の世代があたしと近い年齢なんだろうな。
あーあ。あたしも生きていれば今頃あんな子供がいたのかな。そう思うと、来世があるならさっさとそっちに行きたい気もするんだけど。
他の幽霊を見つけたら、「ねえ、来世ってあるの?」って訊いてみたいところだけど、多分相手も知らないんだろうな。
……まあ、いいや。剣心君はまた来てくれるみたいだし? あたしの人生にもちょっとしたいろどりが出来たっていうか……このまま恋愛に発展しちゃったりして。って、なんか久しぶりに男子と触れあえた(?)のが嬉し過ぎてテンションがおかしくなってる。
とにかく次に会えるのが楽しみだな。剣心君は次にいつ来てくれるのかな?
その時はるろうに剣心で好きなシーンとか語り合おう。
ああ、早く明日にならないかな。



