昼休みになると、菜々ちゃんから屋上に呼び出された。

「こんなに暑いのに屋上に行くの?」って思ったけど、菜々ちゃんの顔がやたらと真剣だったから「これは何かあるな」って思い直してついて行った。

 屋上まで行くと予想通り真夏の日差しがえげつなくて、太陽が紫外線であたし達を焼き殺そうとしている。

 菜々ちゃんは日陰を選んで、風通しもいい場所へと移動していく。

「美織ちゃん、ちょっと相談したいことがあるの」
「うん」
「美織ちゃんって、井村君のこと、どう思ってる?」
「え? 正和君? なんで?」
「いいから。美織ちゃんにとって井村君はどんな人?」
「そりゃ、猫を拾って育ててくれた、人の良い友だち……って、そういうことじゃなくて?」

 そう返すと、菜々ちゃんは怒っているようにも安心しているようにも見える顔で口を開く。

「私、好きになっちゃったみたい」
「えっ……?」
「井村君のことが、好きになっちゃったみたいなの」

 そう言って、菜々ちゃんは顔を押さえてうずくまる。

 菜々ちゃんがそんな動きを見せるなんて、相当な勇気を絞り出さないといけなかったんだろうな。……って、問題はそこじゃない。

「そうなの……」

 きっと間抜けな顔をしているあたしは、それ以上のことを答えられなかった。

 だって、誰が誰を好きになろうが勝手だし、それに口出しが出来るわけでもない。むしろなんでわざわざこうやって自分の想いを打ち明ける機会を作ったんだろうとすら思う。

 いくらか困惑していると、菜々ちゃんがまた口を開きはじめる。

「美織ちゃん、一つお願いがあるの」
「うん」
「私が井村君に告白して、それで付き合うことになっても、フラれてしまったとしても、美織ちゃんは今までみたいに友だちでいてほしいの」
「うん、大丈夫だよ。二人が付き合っても、あたしはそれを応援するよ」
「……いいの?」

 菜々ちゃんは泣いていた。その涙の意味が、あたしには分からなかった。

「いいのって、何が?」
「私が井村君と付き合っても、いいの?」

 そう訊かれて、ちょっとだけドキっとした。まあ、正和君はカッコいいけどさ。恋人とはちょっと違うんだよね、とも思いつつ。

「……大丈夫だよ。もし気にしているなら余計な心配だよ。菜々ちゃんが好きなら、正和君にそう伝えればいい」
「ありがとう……」

 菜々ちゃんがしゃくりあげて泣きだす。

 あたしはちょっとビックリしながら、泣いている菜々ちゃんの両肩を掴む。

「大丈夫。菜々ちゃん、大丈夫だから」

 菜々ちゃんの背中をさすると、こみ上げてくるものがあったのか声を上げて泣いている。しばらく泣くと、菜々ちゃんは落ち着いてきた。

「菜々ちゃん、大丈夫そう?」
「ぅう、えっぐ、うっぐ」

 まだ泣いている。これは午後の授業に遅刻パターンかも。

「ずっと、怖かったの」
「え?」

 あたしが訊き返すと、涙を浮かべた菜々ちゃんが続ける。

「私が井村君を好きだって伝えて、美織ちゃんとの関係が壊れたらどうしようとか、これまで築き上げたものが全部無くなっちゃうのかなって思ったら、どうしようもなく怖くなったの」
「うん」
「でも、美織ちゃんは友だちでいつづけてくれた。それを思ったら我慢できなくて」

 そこまで言って、また菜々ちゃんは泣きはじめた。あたしは「あああ」って思いながら彼女を抱きしめる。

 そうか、そんなにつらい思いを抱えながら毎日を送っていたんだね。あたしには想像もつかないけど、本当に大変な思いをしていたんだろうな。

 真面目なコだっただけに、その菜々ちゃんが声を上げて泣くところを見てビックリしてしまった。菜々ちゃんでもこんな風になることがあるんだね。

 もうしばらくすると菜々ちゃんも本格的に落ち着いて、二人で今後について話し合った。

 菜々ちゃんはどこかの場面で、さっき言ったように正和君へ告白をするつもりのようだった。それで結果がどうなるかは分からないけど、あたしとしてはお似合いの二人だと思う。そういう意味ではうまくいってほしいかな。

 菜々ちゃんとしては、あたしが正和君のことを好きじゃないか確認したかっただけらしい。理由はあたしも正和君を好きだった場合、菜々ちゃんの告白であたし達の関係に亀裂が入るのを恐れたからだ。

 うん、大丈夫だよ菜々ちゃん。あたしの感覚では、まだ正和君は好きな人って感じじゃないから。そりゃ友だちではあるんだけどさ。なんていうのかな、悪ガキ仲間っていうか、そういう感じなんだよ、きっと。

 だけど、菜々ちゃんが告白に成功すれば、あの二人は付き合い始めるのか。そうなると、あたしの立ち位置っていうのは無くなってしまうのかも。そう考えると、なんか切ないな。

 まあいいや。とにかく、あたしとしては親友の恋路を応援しよう。可能な限り、全力で。

 それで何もかもがダメになりかけたら、あたしが全力で食い止める。そうすれば、また三人で仲良く出来るからね。

 よし、じゃあ親友のために一肌脱ぎますか。