井村君が猫を飼いはじめた。
私はそこにいなかったけど、雨の日に学校の前に捨て猫がいて、それを美織ちゃんが見つけたらしい。
後から井村君が来て、話し合いの結果、家で猫を飼えない美織ちゃんに変わって井村君がその猫を引き取ったという話だった。なんか、優しい二人らしいエピソードだな、なんて思う。
美織ちゃんに黒猫の子どもはサノと名付けられ、日々すくすくと育っているらしい。美織ちゃんがサノに会いたがるので、井村君の家へ頻繁に行くようになった。それは私も同じで、美織ちゃんと一緒に井村君の家に行ってサノと戯れることになる。
サノちゃん、まだちっちゃくてかなりかわいい。加えて色んなものに興味津々で、猫じゃらしとかを持っていくととっても喜ぶ。だから私も帰り道で猫じゃらしの生えている場所を探す癖がつくようになった。
でも、どうしてこんなにかわいい猫を捨てたんだろう?
強いて言えば黒猫だから、縁起が悪いとでも思ったのだろうか。それでも、人間の勝手な都合でこの子が怖い思いをするのは違うと思う。
今日も井村君の部活がお休みの日だったから、美織ちゃんと一緒にサノと遊びに行った。私たちの気配を憶えているのか、玄関のドアを上げると、もうシッポを上げたサノが待っている。大抵はそれを見た美織ちゃんが「サノー」って寄っていく感じ。
美織ちゃんがしばらくサノの相手をすると、今度は私が猫じゃらしでサノと遊ぶ。やっぱり若いせいか、猫じゃらしを揺らされると狂ったみたいに飛びついていく。
それが落ち着くと、大抵は井村君のところに来てピタっと体をくっつける。撫でられるサノはとっても落ち着いていて、やっぱり飼い主が一番なのかなって一人で納得していた。
「かわいいよね」
美織ちゃんがうっとりした目で言うから、「そうだね。かわいいよね」と返す。サノは言葉の意味が分かったのか、一瞬だけ私たちを見てゴロゴロと喉を鳴らした。
「おう、そうか。気持ちいいか」
井村君がサノの喉や頭を指で撫でながら声を掛ける。
「なんか、本当の親子みたいだよね」
私は思ったままのことを口にした。井村君なら、いい父親になれる気がする。
「そうなるとママは誰なの?」
美織ちゃんに訊かれて、思わず顔が熱くなる。そんなつもりで言ったんじゃないんだけどな。だけど、一度意識してしまうと恥ずかしさがガーっと押し寄せてくる。
なんとか顔が真っ赤になる前に落ち着きを取り戻して、話を気まずい方向から逸らす。
「強いて言うなら、美織ちゃんと私、かな」
「一夫多妻制か。クズだな~井村君は」
「痛いって、やめろよ」
座ったまま美織ちゃんからヒジでグリグリやられて、今度は井村君が赤くなる。彼の膝上で寝ているサノは「何かあったの?」という顔をしていた。
「サノって私たちのこと家族だと思ってるのかな?」
私がそう言うと、井村君は「まあ、そうなんじゃないか」と答えて続ける。
「なんだかんだ、こうやって集まっていることも多いからな。俺たち全員が家族だと思われていてもおかしくはないだろうな」
「井村君がパパかー。菜々ちゃん、ごはんたくさん作ってあげないとね」
「そこは加藤が作ってくれるところじゃないのか?」
「あたし、料理はあんまり……。こういうのは適材適所っていうのがあるでしょ?」
「まあ、たしかに」
「コラ、納得すんな」
そう言って美織ちゃんが井村君をはたくと、部屋には笑いが溢れる。
なんか、幸せな時間だな。こんな時間が、ずっとずっと続いてほしい。
そんなの無理だって分かっている。それでも、井村君や美織ちゃんと笑って過ごせる時間がずっと続いたらな。
神様がいるかは知らないけど、願わくばこの幸せな時間がいつまでも続きますように。目の前の仲間たちが、いつまでも私の大好きな人のままでい続けますように。
騒がしい部屋の中で、私は密かな祈りを捧げた。
私はそこにいなかったけど、雨の日に学校の前に捨て猫がいて、それを美織ちゃんが見つけたらしい。
後から井村君が来て、話し合いの結果、家で猫を飼えない美織ちゃんに変わって井村君がその猫を引き取ったという話だった。なんか、優しい二人らしいエピソードだな、なんて思う。
美織ちゃんに黒猫の子どもはサノと名付けられ、日々すくすくと育っているらしい。美織ちゃんがサノに会いたがるので、井村君の家へ頻繁に行くようになった。それは私も同じで、美織ちゃんと一緒に井村君の家に行ってサノと戯れることになる。
サノちゃん、まだちっちゃくてかなりかわいい。加えて色んなものに興味津々で、猫じゃらしとかを持っていくととっても喜ぶ。だから私も帰り道で猫じゃらしの生えている場所を探す癖がつくようになった。
でも、どうしてこんなにかわいい猫を捨てたんだろう?
強いて言えば黒猫だから、縁起が悪いとでも思ったのだろうか。それでも、人間の勝手な都合でこの子が怖い思いをするのは違うと思う。
今日も井村君の部活がお休みの日だったから、美織ちゃんと一緒にサノと遊びに行った。私たちの気配を憶えているのか、玄関のドアを上げると、もうシッポを上げたサノが待っている。大抵はそれを見た美織ちゃんが「サノー」って寄っていく感じ。
美織ちゃんがしばらくサノの相手をすると、今度は私が猫じゃらしでサノと遊ぶ。やっぱり若いせいか、猫じゃらしを揺らされると狂ったみたいに飛びついていく。
それが落ち着くと、大抵は井村君のところに来てピタっと体をくっつける。撫でられるサノはとっても落ち着いていて、やっぱり飼い主が一番なのかなって一人で納得していた。
「かわいいよね」
美織ちゃんがうっとりした目で言うから、「そうだね。かわいいよね」と返す。サノは言葉の意味が分かったのか、一瞬だけ私たちを見てゴロゴロと喉を鳴らした。
「おう、そうか。気持ちいいか」
井村君がサノの喉や頭を指で撫でながら声を掛ける。
「なんか、本当の親子みたいだよね」
私は思ったままのことを口にした。井村君なら、いい父親になれる気がする。
「そうなるとママは誰なの?」
美織ちゃんに訊かれて、思わず顔が熱くなる。そんなつもりで言ったんじゃないんだけどな。だけど、一度意識してしまうと恥ずかしさがガーっと押し寄せてくる。
なんとか顔が真っ赤になる前に落ち着きを取り戻して、話を気まずい方向から逸らす。
「強いて言うなら、美織ちゃんと私、かな」
「一夫多妻制か。クズだな~井村君は」
「痛いって、やめろよ」
座ったまま美織ちゃんからヒジでグリグリやられて、今度は井村君が赤くなる。彼の膝上で寝ているサノは「何かあったの?」という顔をしていた。
「サノって私たちのこと家族だと思ってるのかな?」
私がそう言うと、井村君は「まあ、そうなんじゃないか」と答えて続ける。
「なんだかんだ、こうやって集まっていることも多いからな。俺たち全員が家族だと思われていてもおかしくはないだろうな」
「井村君がパパかー。菜々ちゃん、ごはんたくさん作ってあげないとね」
「そこは加藤が作ってくれるところじゃないのか?」
「あたし、料理はあんまり……。こういうのは適材適所っていうのがあるでしょ?」
「まあ、たしかに」
「コラ、納得すんな」
そう言って美織ちゃんが井村君をはたくと、部屋には笑いが溢れる。
なんか、幸せな時間だな。こんな時間が、ずっとずっと続いてほしい。
そんなの無理だって分かっている。それでも、井村君や美織ちゃんと笑って過ごせる時間がずっと続いたらな。
神様がいるかは知らないけど、願わくばこの幸せな時間がいつまでも続きますように。目の前の仲間たちが、いつまでも私の大好きな人のままでい続けますように。
騒がしい部屋の中で、私は密かな祈りを捧げた。



