母さんの話を聞いた時、俺は震えていた。

「どうしたの?」

 よほどひどい顔をしていたのか、母さんが心配そうな顔で俺を覗き込む。

「いや、ちょっと疲れているだけかもしれない。今日はもう寝るよ」
「そう。体調が悪かったら学校は休むのよ」
「うん、ありがとう」

 言いしなに、俺は早歩きで書斎を後にする。下を向いているのに、母さんがあっけに取られているのが分かった。

「なんてこった。なんてこった……」

 ブツブツと呟きながら、自室へと戻る。オヤジと鉢合わせしなくて良かった。すでに俺の頬からは小川のように涙が流れている。

 部屋へ戻ると、枕に顔を押し付ける。この部屋から、嗚咽が漏れないように。声を殺して、あふれ出る感情を抑えた。

 母さんの話を聞いている最中、何度もザザっとノイズのような映像が脳裏をかすめた。最近見えるこれは何だろうと思っていたけど、まさかそれが、あの瞬間だったなんて。

 顔面を抑えているにも関わらず、声が漏れそうなくらい悲しみが溢れてきた。このまま死んでしまうのではないかという恐怖さえ沸いてくる。

 いつのまにか部屋にいたのか、ベッドの下から音もなくサノが姿を現した。こちらの様子を、おっかなびっくりで窺っている。まるで「大丈夫?」とでも尋ねるかのように。

「ごめんな」

 少し冷静になった俺がそう言うと、サノはベッドに飛び乗った。そのまま寄ってきて、体をくっつけてくる。猫なりに、気を遣ってくれているのかもしれない。

「悪かった。ビックリしたよな。ごめんな。ごめんな」

 そう言いながらも、いまだに涙と鼻水は止まらなかった。

 ようやく落ち着くと、俺はサノを抱きしめた。迷惑そうに「ニャア」と鳴いたが、それでも抱きしめずにはいられなかった。

 さっき母さんの話を聞いていた時、俺はすべてを理解した。

 そして、なぜ美織さんにこれほどまでに惹かれているのかも。

 俺が彼女と出会ったのは決して偶然ではない――それは、必然だった。

「そうだよ、ようやく思い出したよ」

 サノを抱きしめたまま、俺はひとりごちる。

「美織さんは、俺のせいで死んだんだ」