文集を見つけたはいい。だけど、ここからどうやって進もうか。

 手詰まりになった俺は、自室のベッドで横になりながら天井を眺めていた。

 美織さんについての情報を得るには、もうオヤジたちに直接訊くしか手が無いように思えてきた。

 卒業アルバムに載っていた先輩方を訪ねたところで、誰かがオヤジか母さんに事実確認をすれば俺たちの動きは速攻でバレてしまう。

 別に悪いことをしているわけじゃないけど、「今の段階では見つかるな」と俺の本能が言っている。そういう虫の知らせみたいなものは大抵合っている。

 今後について延々と考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「剣心、ちょっといい?」
「うん、大丈夫」

 部屋へ来たのは母さんだった。心無しに、何か嫌な予感がした。

 母さんの手元を見て、俺は凍り付く。その手には、さっきまで見ていた卒業アルバムと文集があった。

「な、何かあったの?」

 そ知らぬフリをして訊くけど、この演技じゃあ学芸会のオーディションでも落ちるだろう。自分でも分かるぐらい声が震えていた。

「ねえ剣心、あなた何か調べてる?」
「調べてるって、何を?」
「このメモに書いてあること」

 そう言って母さんは俺が書斎に置き忘れたメモを見せてくる。

 やっちまった。書斎での調べものに慣れてきたせいで、証拠を消す作業を怠っていた。

「私の同級生のこと、知っているのかな?」

 母さんが言っていたのは明らかに美織さんのことだった。

やべえ、どうしよう。なんでメモに美織さんの名前を残してしまったのだろう。それじゃあ彼女のことを調べているのがバレバレじゃないか。

「ああ、それは、ね……」

 言いながら、高速で頭を回転させる。

 学校の肝試しに行ったら美織さんその人に会ったなんて、とてもじゃないけど言えない。そんなことを言えば俺は心の病院へ連れて行かれてすべてが終わる。

「ほら、アレだよ」
「何よ。お父さんみたいなことを言って」
「学校の関係者の人でさ、加藤美織さんのことを知って人がいて……」
「うん」
「その人に頼まれて、彼女について調べているんだよね」
「ふうん。それでどうして当時の関係者じゃなくて剣心にそれを頼んだの……?」

 一瞬だけ「あ、終わった」と思ったが、火事場のバカ力の知力版なのか、思いもよらぬ言い訳が出てきた。

「その人が言うには、当事者の人に訊くにはあまりにもセンシティブな話題だから、出来たらもう少し遠い関係がいいって言われて」
「うん」
「それで、美織さんのいた学年の子供が俺だったから、たまたまその役に選ばれただけだよ」

 そこまで言うと母さんは一瞬だけ変な顔をしたが、時間差で納得したようだった。我ながらこんな嘘を一瞬で思いつくとか天才としか思えない。いずれは詐欺師か小説家にでもなってやろうか。ろくでなしのなる職業だって聞いているし。

 納得したせいか、母さんはいくらか安心した顔で口を開く。

「そうだったの。たしかに美織ちゃんは私とお父さんの同級生よ」
「やっぱり?」
「そう。本当に天使みたいで、みんなが彼女のことを好きだった」
「そうなんだ。それって、オヤジも……?」

 そう言った瞬間に母さんの表情が消える。やべえ、地雷踏んだ。

 怒られるかなと思ったけど、無表情から戻った母さんがどこか遠い目で言う。

「もしかしたらそうだったかもね」
「やっぱり実物は相当モテたの?」
「そりゃあ、もう。だって、芸能事務所からもスカウトが来てたみたいだからね」

 やはり当時にしてもあの容姿はかなり人目を引いたようだ。変な話だが、それを聞いて誇らしい気持ちになってくる。

 いや、美織さんを褒められてドヤ顔をしている場合ではない。

「母さん、知ってる範囲でいいからさ、美織さんについて教えてもらえないかな?」
「え? まあ、いいけど……」

 こうして、怪我の功名のような形で母さんの口から美織さんの思い出を聞くこととなった。