音を立てないよう校舎へと入ると、身を低くしてスマホの明かりを頼りに移動する。ひどく見えづらいので本音を言えば電気でも点けたいところだが、そんなことをやれば外側の人から通報されてしまう。
肝試しの雰囲気も台無しになるので、そこはスマホの細い光を懐中電灯代わり使うことにした。
夜の学校は昼間とはまったく空気が違っていた。ホラー映画も好きでよく見ているが、それでもどこか別種の不気味さを感じる。
息をひそめ、五感を研ぎ澄ませる。どうしてか先に行った奴らの気配はない。彼らも侵入の痕跡を残すまいと努力しているのだろうか。先ほどまであったワクワク感は、知らぬ間に緊張感へとすり替わっていた。
身を低くしながら進んで行くと、遠くから「ギャー!」と声がした。健斗の声っぽかったが、恐らく和馬あたりのイタズラに引っかかったか。そうなると俺も注意しないといけない。なにせやろうと思えば5人が待ち伏せ出来るのだから。
廊下を進んで行く。絶対に通らないといけない場所は理科室だった。ここに合言葉の書いた紙が隠してあり、これを回収して屋上へ集合となっている。全員が持っている合言葉を合わせると文章になるそうだ。
理科室へ来る。周囲を見回しながら、ゆっくりと引き戸を開けていく。扉のすぐ近くには人体模型があった。体の半分が内臓とかになっているアレだ。
「夜に見ると格段にキモいな」
ひとりごちながら部屋の奥へと行き、指定されていたデスクの抽斗を引く。中に合言葉の書いた紙があった。
「ね」
紙にはその一文字だけ書いてあった。なんだよ「ね」って。これを組み合わせたら感動的な一文になるらしい。そんな気配は微塵もない気がするんだけど。
まあいいや。無事に合言葉の紙も手に入ったので、これから屋上へと向かうか。
そう思いながら振り返ると、さっきまで入口付近に置いてあったはずの人体模型が、知らぬ間にキス出来る距離にまで接近していた。
「うああああああ!」
思わずホラー映画さながらに絶叫する俺。それも仕方がない。誰だって動かないはずの人体模型が知らない間に接近していたらビビるに決まっているじゃないか。
俺は走った。全力で逃げた。真面目なのか、入って来た裏口とは逆の、屋上へと続く廊下を走っていた。昼間でもここまで全力で廊下を走ったことはない。
人体模型を上手く撒いたのか(?)、振り返るとおぞましい姿は無かった。良かった。ホラー映画だとすぐ近くに立って笑っていたりするのだから。
……でも、考えてみたら、あれは和馬あたりのイタズラなんじゃないか。そう思うと時間差で腹が立ってきた。あいつは校舎へ入る前にずいぶんとニヤニヤしていた。あいつが考えていたのがこのイタズラだったとしたら……。クソ、後でシメてやる。
ガチで怖がっていた自分が恥ずかしくなってくる。きっと明日は他の奴らにイジられるだろう。
クソ、やられたな。
苦々しい気持ちで屋上へ向かうと、反対側から靴音がした。
「ん……」
なんとなしに、仲間の足音ではない気がした。上履きだとあんな固い音は出ない。そうなると革靴を履いた男性か。音のリズムでなんとなくそう分かった。
「おいこれ、警備員か……?」
蚊の鳴くような声でひとりごちる。警備の時間は終わっているはずだったが、さっき俺が絶叫を上げたので、帰ろうとしていた警備員が気付いて戻って来た可能性がある。
「まずいぞ。見つかるじゃないか」
日頃からイタズラ坊主で知られる俺たちは先生から目をつけられている。夜の学校に忍び込んだなんてバレようものなら、後で何を言われるか分かったものじゃない。
靴音が大きくなってくる。まずいぞ――逃げよう。
俺は足音を殺しながら来た道を引き返す。他の奴らも上手くやっているのか、誰かが見つかって怒られている雰囲気も無い。
身を低くして、焦らずゆっくりと遠ざかる。だけど、足音のリズムが微妙にプレッシャーをかけてくる。
このままじゃ追い付かれる。そう思った俺は、すぐ近くの女子トイレに隠れて警備員をやり過ごすことにした。警備員が男性であれば、ここはチェックしづらいだろうからだ。無人だと分かり切っているから気休めでしかないけど。
女子トイレの扉は内外の両側から押し開けるタイプになっており、構造的に音が立ちにくい。これ幸いとトイレに入ると、扉が揺れないように手で押さえて音を消した。足音を立てないようにして、奥の個室へと進んで行く。
夜のトイレは心霊スポットのイメージが強いが、今では警備員に見つかることの方がよっぽど怖かった。
ゆっくりと個室へ入ると、便座に座って息を突く。耳を澄ませると、足音が遠ざかっていくのが分かった。良かった。ここで見つかったら色々とアウトだった気がする。
「見つかったらヤバかったな」
大人ならここでタバコでもふかすところなんだろう。まだタバコなんて吸ったこともないけど。
ともかく、肝試しを続けるにあたって、次は警備員に気を付けないといけない。さっきので警戒されている可能性もあるし、素早く終わらせよう。
そう思って俯いていた顔を上げると、俺はフリーズする。
「あなたは誰なの?」
彼女の質問に答えられず、俺は数秒間声を失う。目の前にはウチの制服を着た女子生徒の姿。だけど、細長い脚は床から離れている。
――出やがった。まさか、本当に出てくるとは。
彼女を見つけるのが主たる目的だったとはいえ、いざ本物が目の前に現れると何も出来なくなる。
「ガチか。本当に出るのか……!」
ついさっきまで、彼女はそこにいなかったのに――
どうやら俺には、見えてはいけないものが見えているらしい。
トイレの個室には、青白い肌をしたショートボブの女子が浮いていた。
肝試しの雰囲気も台無しになるので、そこはスマホの細い光を懐中電灯代わり使うことにした。
夜の学校は昼間とはまったく空気が違っていた。ホラー映画も好きでよく見ているが、それでもどこか別種の不気味さを感じる。
息をひそめ、五感を研ぎ澄ませる。どうしてか先に行った奴らの気配はない。彼らも侵入の痕跡を残すまいと努力しているのだろうか。先ほどまであったワクワク感は、知らぬ間に緊張感へとすり替わっていた。
身を低くしながら進んで行くと、遠くから「ギャー!」と声がした。健斗の声っぽかったが、恐らく和馬あたりのイタズラに引っかかったか。そうなると俺も注意しないといけない。なにせやろうと思えば5人が待ち伏せ出来るのだから。
廊下を進んで行く。絶対に通らないといけない場所は理科室だった。ここに合言葉の書いた紙が隠してあり、これを回収して屋上へ集合となっている。全員が持っている合言葉を合わせると文章になるそうだ。
理科室へ来る。周囲を見回しながら、ゆっくりと引き戸を開けていく。扉のすぐ近くには人体模型があった。体の半分が内臓とかになっているアレだ。
「夜に見ると格段にキモいな」
ひとりごちながら部屋の奥へと行き、指定されていたデスクの抽斗を引く。中に合言葉の書いた紙があった。
「ね」
紙にはその一文字だけ書いてあった。なんだよ「ね」って。これを組み合わせたら感動的な一文になるらしい。そんな気配は微塵もない気がするんだけど。
まあいいや。無事に合言葉の紙も手に入ったので、これから屋上へと向かうか。
そう思いながら振り返ると、さっきまで入口付近に置いてあったはずの人体模型が、知らぬ間にキス出来る距離にまで接近していた。
「うああああああ!」
思わずホラー映画さながらに絶叫する俺。それも仕方がない。誰だって動かないはずの人体模型が知らない間に接近していたらビビるに決まっているじゃないか。
俺は走った。全力で逃げた。真面目なのか、入って来た裏口とは逆の、屋上へと続く廊下を走っていた。昼間でもここまで全力で廊下を走ったことはない。
人体模型を上手く撒いたのか(?)、振り返るとおぞましい姿は無かった。良かった。ホラー映画だとすぐ近くに立って笑っていたりするのだから。
……でも、考えてみたら、あれは和馬あたりのイタズラなんじゃないか。そう思うと時間差で腹が立ってきた。あいつは校舎へ入る前にずいぶんとニヤニヤしていた。あいつが考えていたのがこのイタズラだったとしたら……。クソ、後でシメてやる。
ガチで怖がっていた自分が恥ずかしくなってくる。きっと明日は他の奴らにイジられるだろう。
クソ、やられたな。
苦々しい気持ちで屋上へ向かうと、反対側から靴音がした。
「ん……」
なんとなしに、仲間の足音ではない気がした。上履きだとあんな固い音は出ない。そうなると革靴を履いた男性か。音のリズムでなんとなくそう分かった。
「おいこれ、警備員か……?」
蚊の鳴くような声でひとりごちる。警備の時間は終わっているはずだったが、さっき俺が絶叫を上げたので、帰ろうとしていた警備員が気付いて戻って来た可能性がある。
「まずいぞ。見つかるじゃないか」
日頃からイタズラ坊主で知られる俺たちは先生から目をつけられている。夜の学校に忍び込んだなんてバレようものなら、後で何を言われるか分かったものじゃない。
靴音が大きくなってくる。まずいぞ――逃げよう。
俺は足音を殺しながら来た道を引き返す。他の奴らも上手くやっているのか、誰かが見つかって怒られている雰囲気も無い。
身を低くして、焦らずゆっくりと遠ざかる。だけど、足音のリズムが微妙にプレッシャーをかけてくる。
このままじゃ追い付かれる。そう思った俺は、すぐ近くの女子トイレに隠れて警備員をやり過ごすことにした。警備員が男性であれば、ここはチェックしづらいだろうからだ。無人だと分かり切っているから気休めでしかないけど。
女子トイレの扉は内外の両側から押し開けるタイプになっており、構造的に音が立ちにくい。これ幸いとトイレに入ると、扉が揺れないように手で押さえて音を消した。足音を立てないようにして、奥の個室へと進んで行く。
夜のトイレは心霊スポットのイメージが強いが、今では警備員に見つかることの方がよっぽど怖かった。
ゆっくりと個室へ入ると、便座に座って息を突く。耳を澄ませると、足音が遠ざかっていくのが分かった。良かった。ここで見つかったら色々とアウトだった気がする。
「見つかったらヤバかったな」
大人ならここでタバコでもふかすところなんだろう。まだタバコなんて吸ったこともないけど。
ともかく、肝試しを続けるにあたって、次は警備員に気を付けないといけない。さっきので警戒されている可能性もあるし、素早く終わらせよう。
そう思って俯いていた顔を上げると、俺はフリーズする。
「あなたは誰なの?」
彼女の質問に答えられず、俺は数秒間声を失う。目の前にはウチの制服を着た女子生徒の姿。だけど、細長い脚は床から離れている。
――出やがった。まさか、本当に出てくるとは。
彼女を見つけるのが主たる目的だったとはいえ、いざ本物が目の前に現れると何も出来なくなる。
「ガチか。本当に出るのか……!」
ついさっきまで、彼女はそこにいなかったのに――
どうやら俺には、見えてはいけないものが見えているらしい。
トイレの個室には、青白い肌をしたショートボブの女子が浮いていた。



