新聞記事を見た俺は、さっそく夜、美織さんに会いに行った。
いつも通りの女子トイレ。呼べばすぐに美織さんが出て来る。軽く雑談を挟んでから、気になっていた案件を話すことにした。
「美織さん、当時の新聞記事を調べてみたんだけど」
「え? あれって新聞に載ってたの?」
「一応死亡事故だからね。2社の新聞で掲載されていたよ」
「そう。どうせならもっと良い内容で載りたかったけどね」
そう言ったまま切ない顔をする美織さん。彼女のビジュアルがあれば、今でもトップアイドルグループに入れたのではないか。顔だけではないんだろうけど。
ひとまず新聞で読んだ記事をスマホの写真で保存していたので、そのまま美織さんに向かって読み上げた。聴いている間の美織さんは微妙な表情をしていた。
「聞いたら分かると思うけど、サノのことについては書いてなかった。別の新聞もね」
「うん」
「となると、世間一般の認識としては事故当時にいたサノの存在には誰も気付いていなくて、理由はともかく美織さんがトラックに突っ込んだことになってる」
「うん」
「一応確認なんだけどさ、美織さんはたしかに初代サノを助けようとして道路に飛び出したんだよね」
「そうだよ。トラックのライトで固まっていたからね。あのまま放置すれば間違いなく轢かれていた。あたしだって嫌だったし、正和君が悲しむって思ったら勝手に体が動いていた」
「そうか……」
そう言ったところで、また脳裏にビシっと電気のような感覚が走った。一回目じゃないけど、時々起こるこれは何なんだ。26年前の呪いでも働いているのだろうか。
そんなことを思っていると、ふいに美織さんが口を開く。
「あたし、もしかして自殺したって思われているのかな?」
美織さんが悲しそうな顔で俯く。
「そんなことないさ。だって、自殺する理由なんて無かったって書いてあるじゃないか」
「そうだけど、状況だけ聞いたら自殺みたいだよね」
まあ、たしかに……とは思ったが言わなかった。トラックの運転手からしても不運な事故だった。見通しが良いので、逆に油断していたのかもしれない。現場にいなかった俺には真実を知りようもないが。
と、ここでまた脳裏に電気が走る。なんだよ、こんなところで。まさか脳梗塞か何かの前兆じゃないだろうな。俺、まだ中学生なのに。
だけど、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「うっぐ。えっぐ……」
宙に浮いた美織さんは泣いていた。もしかしたら俺は伝えるべきではない事実を伝えてしまったのかもしれない。
「ゴメン、なんかいらんことを伝えてしまったかもしれない」
「ううん、いいの。ただ、なんか悲しくなっちゃって……」
美織さんは泣きながら続ける。
「あたし、ただサノを助けようとしただけなのに、誰も信じてくれないのかなって思ったら、すごく悲しくなった。あたしって、もしかしたら自殺したって思われているのかな?」
「美織さん……」
俺が見守る中、美織さんはしばらく泣いていた。
彼女はこうやって泣いていても誰にも気付かれず、26年もの時をずっと孤独のうちに過ごしてきたんだ。それを思うとやるせない気持ちになる。
「このままあたしは誰にも気付かれず、ずっと自殺したって思われたまま過ごしていくのかな?」
美織さんが涙ながらにそう言った時、彼女を守りたいと思った。そうだ、現時点で彼女を助けることが出来るのは、俺一人しかいないんだ。
「美織さん、大丈夫だ」
俺はあえて力強い感じで言葉を発する。
「俺には君が見えている。だから誰にも気付かれずに終わるなんてことは絶対にありえない。誰が何を言おうが、俺は君を信じる」
「うん」
「だから、俺を信じてくれ。絶対に君を助ける」
いつも断定的な言い方を避けてきた。それは単に自分の言葉に責任が発生するのを嫌ったものだが、今回に関しては珍しく絶対に助けると断言した。
ごく短い付き合いでしかないが、彼女が悲しむ顔はもう見たくない。彼女には、これからずっととびきりの笑顔でいてほしい。
俺の熱意が伝わったのか、美織さんはちょっとビックリした顔をしてから「ありがとう」と言った。
「なんで君はここまでしてくれるの?」
「それは……」
その質問をされた時、俺の中でずっと眠っていた想いが掘り起こされる。
俺は、あなたのことが本当に――
「美織さんにだって、幸せになる権利があるから」
そう言うと、美織さんの目が点になってから時間差で噴き出す。
「ははっ、そんなことを言ったのは君が初めてだよ」
「冗談じゃないよ。本気で美織さんのことを思って……」
「うん、分かる。だって、君はそういう人だもんね。……ありがとう」
今度は笑い過ぎて涙が出ている美織さん。つくづく幽霊らしくない人だ。笑いが落ち着いてから、美織さんはまた口を開く。
「本当にありがとう。たとえこの先どうにもならなくても、剣心君に会えて本当に良かったよ」
「……」
「君は、あたしが好きだった人に似てるかも」
そう言われた瞬間、心臓が跳ねた。
美織さんはまだ「正和君」が俺のオヤジだと知らない。伝えてもいい気はしたが、まだその時ではないと思っていた。
それを知ってか知らずか、美織さんはドキっとするタイミングで言い当ててきた。さすがと言うか、これが血の繋がりの成せるわざってやつなのかな。
「とにかく、まだ調べられることはありそうなんだ。何かあればまた報告するよ」
そう言うと、俺はさっさと帰ることにした。
さっきは啖呵を切るみたいに「君を絶対助ける」なんて言ったけど、実際に何をすればいいかはまったく分かっていない。
とはいえ、これまでもあちこちにぶつかりながら前進は出来ている気がする。諦めたら終わりだ。今では花音だって助けてくれる。きっと美織さんを助ける手立てがあるはずだ。
もう美織さんの悲しむ顔は見たくない。俺は絶対に諦めないぞ。
いつも通りの女子トイレ。呼べばすぐに美織さんが出て来る。軽く雑談を挟んでから、気になっていた案件を話すことにした。
「美織さん、当時の新聞記事を調べてみたんだけど」
「え? あれって新聞に載ってたの?」
「一応死亡事故だからね。2社の新聞で掲載されていたよ」
「そう。どうせならもっと良い内容で載りたかったけどね」
そう言ったまま切ない顔をする美織さん。彼女のビジュアルがあれば、今でもトップアイドルグループに入れたのではないか。顔だけではないんだろうけど。
ひとまず新聞で読んだ記事をスマホの写真で保存していたので、そのまま美織さんに向かって読み上げた。聴いている間の美織さんは微妙な表情をしていた。
「聞いたら分かると思うけど、サノのことについては書いてなかった。別の新聞もね」
「うん」
「となると、世間一般の認識としては事故当時にいたサノの存在には誰も気付いていなくて、理由はともかく美織さんがトラックに突っ込んだことになってる」
「うん」
「一応確認なんだけどさ、美織さんはたしかに初代サノを助けようとして道路に飛び出したんだよね」
「そうだよ。トラックのライトで固まっていたからね。あのまま放置すれば間違いなく轢かれていた。あたしだって嫌だったし、正和君が悲しむって思ったら勝手に体が動いていた」
「そうか……」
そう言ったところで、また脳裏にビシっと電気のような感覚が走った。一回目じゃないけど、時々起こるこれは何なんだ。26年前の呪いでも働いているのだろうか。
そんなことを思っていると、ふいに美織さんが口を開く。
「あたし、もしかして自殺したって思われているのかな?」
美織さんが悲しそうな顔で俯く。
「そんなことないさ。だって、自殺する理由なんて無かったって書いてあるじゃないか」
「そうだけど、状況だけ聞いたら自殺みたいだよね」
まあ、たしかに……とは思ったが言わなかった。トラックの運転手からしても不運な事故だった。見通しが良いので、逆に油断していたのかもしれない。現場にいなかった俺には真実を知りようもないが。
と、ここでまた脳裏に電気が走る。なんだよ、こんなところで。まさか脳梗塞か何かの前兆じゃないだろうな。俺、まだ中学生なのに。
だけど、そんなことを気にしている場合ではなかった。
「うっぐ。えっぐ……」
宙に浮いた美織さんは泣いていた。もしかしたら俺は伝えるべきではない事実を伝えてしまったのかもしれない。
「ゴメン、なんかいらんことを伝えてしまったかもしれない」
「ううん、いいの。ただ、なんか悲しくなっちゃって……」
美織さんは泣きながら続ける。
「あたし、ただサノを助けようとしただけなのに、誰も信じてくれないのかなって思ったら、すごく悲しくなった。あたしって、もしかしたら自殺したって思われているのかな?」
「美織さん……」
俺が見守る中、美織さんはしばらく泣いていた。
彼女はこうやって泣いていても誰にも気付かれず、26年もの時をずっと孤独のうちに過ごしてきたんだ。それを思うとやるせない気持ちになる。
「このままあたしは誰にも気付かれず、ずっと自殺したって思われたまま過ごしていくのかな?」
美織さんが涙ながらにそう言った時、彼女を守りたいと思った。そうだ、現時点で彼女を助けることが出来るのは、俺一人しかいないんだ。
「美織さん、大丈夫だ」
俺はあえて力強い感じで言葉を発する。
「俺には君が見えている。だから誰にも気付かれずに終わるなんてことは絶対にありえない。誰が何を言おうが、俺は君を信じる」
「うん」
「だから、俺を信じてくれ。絶対に君を助ける」
いつも断定的な言い方を避けてきた。それは単に自分の言葉に責任が発生するのを嫌ったものだが、今回に関しては珍しく絶対に助けると断言した。
ごく短い付き合いでしかないが、彼女が悲しむ顔はもう見たくない。彼女には、これからずっととびきりの笑顔でいてほしい。
俺の熱意が伝わったのか、美織さんはちょっとビックリした顔をしてから「ありがとう」と言った。
「なんで君はここまでしてくれるの?」
「それは……」
その質問をされた時、俺の中でずっと眠っていた想いが掘り起こされる。
俺は、あなたのことが本当に――
「美織さんにだって、幸せになる権利があるから」
そう言うと、美織さんの目が点になってから時間差で噴き出す。
「ははっ、そんなことを言ったのは君が初めてだよ」
「冗談じゃないよ。本気で美織さんのことを思って……」
「うん、分かる。だって、君はそういう人だもんね。……ありがとう」
今度は笑い過ぎて涙が出ている美織さん。つくづく幽霊らしくない人だ。笑いが落ち着いてから、美織さんはまた口を開く。
「本当にありがとう。たとえこの先どうにもならなくても、剣心君に会えて本当に良かったよ」
「……」
「君は、あたしが好きだった人に似てるかも」
そう言われた瞬間、心臓が跳ねた。
美織さんはまだ「正和君」が俺のオヤジだと知らない。伝えてもいい気はしたが、まだその時ではないと思っていた。
それを知ってか知らずか、美織さんはドキっとするタイミングで言い当ててきた。さすがと言うか、これが血の繋がりの成せるわざってやつなのかな。
「とにかく、まだ調べられることはありそうなんだ。何かあればまた報告するよ」
そう言うと、俺はさっさと帰ることにした。
さっきは啖呵を切るみたいに「君を絶対助ける」なんて言ったけど、実際に何をすればいいかはまったく分かっていない。
とはいえ、これまでもあちこちにぶつかりながら前進は出来ている気がする。諦めたら終わりだ。今では花音だって助けてくれる。きっと美織さんを助ける手立てがあるはずだ。
もう美織さんの悲しむ顔は見たくない。俺は絶対に諦めないぞ。



