学校の近くには大きな図書館がある。ここで昔の新聞記事が保存されており、一般人でも自由に閲覧が可能となっている。

 なんで俺がここの存在を知っているかと言うと、ここにはマンガもたくさん揃っているからだ。使い方さえ知っていれば、ここは天国みたいな場所でもある。まさか女子のクラスメイトと手を繋いで来ることになるとまでは思っていなかったけど。

 それはそうとして、図書館へと着いた俺たちは過去の新聞記事を探した。

 なにせ26年前の事件だ。大体の時期は目星がついているが、正確な日付はさすがの美織さんでも覚えていなかった。

 仕方がない。図書委員の高橋も連れてきたところだし、二人がかりで当時の記事を手あたり次第に探すことにした。記事の内容を伝えた時に理由を訊かれたので、「その女子生徒が両親の知人だった可能性がある」と伝えておいた。嘘は言っていない。

 図書委員の肩書きは調べ物のスキルにはそれほど関係ないのか、ある程度時期を絞っていても該当の記事を探すのに苦労した。かなり神経を尖らせてはいたが、それでもページを間違えて複数捲ってしまったのではないかとか、見えてはいたが気付かなかったのではないかという疑いが湧いてくる。

 そう思うと既にチェックした記事を振り返りたくなるものだが、それをやりだすといつまで経っても終わらない。戻りたい誘惑に気を逸らされずに俺たちは作業を続けた。

 そうしてしばらくした頃、高橋がそれらしき記事を見つけた。

「井村君、これを見て」
「こいつか……。さすが図書委員だな」

 高橋を連れて来て良かった。他の男友だちだとバカだからきっと見つけられなかっただろう。

 俺たちはその記事に目を通した。

『中学生がトラックにはねられ死亡 夜の交通事故に疑問の声』

1999年7月15日
〇〇県〇〇市――14日深夜、同市内の県道で市立〇〇中学校2年生の加藤美織さん(当時14歳)がトラックにはねられ、搬送先の病院で死亡が確認された。警察によると、事故は午後19時30分頃に発生。現場付近に監視カメラはなく、目撃者も確認されていない。そのため詳細な状況は不明だが、トラックの運転手(42歳、男性)は「突然道路に飛び出してきた」と証言している。
加藤さんは事故当時、制服姿で現場近くを歩いていたとみられ、家族によると「友人と会う約束をしていた」とのこと。運転手は「急ブレーキをかけたが間に合わなかった」と話し、警察は業務上過失致死の疑いで捜査を進めている。
近隣住民からは「あの道路は見通しも良く、それほど事故が起こるような構造ではない」との声もあり、事故の背景に不可解な点を感じる関係者もいる。一方、学校関係者は「加藤さんは明るく真面目な生徒だった。こんな事故で亡くなるなんて信じられない」と悲しみを語った。
加藤さんの両親は取材に対し、「娘がトラックへ飛び出すなんてありえない。自殺するような悩みも無かった。何か理由があったはず」と困惑を隠せない様子だった。警察は引き続き事故原因の解明に努めている。

「これが……」

 間違いない。俺が毎晩のように会いに行っている美織さんのことだ。今さらながら、美織さんが俺の妄想に住んでいた住人でなかったことを思うと、何とも言えない気分になった。

「この人が探している人?」

 高橋が横から記事を覗き込んで言う。

「そうだ。俺はずっとこれを探していた」
「わたし達の先輩なんだね、この人」

 そう言いながら、高橋は俺が調べものをしていた理由を都合の良い方向へと解釈してくれているようだった。

 日付がはっきりしていたので他の新聞も見てみたが、事故のことが載っていたのは最初に見つけた新聞も含めて2誌だけだった。どちらも似たような記事で、サノという表記も無ければ猫を追いかけたという表記もない。

 監視カメラが設置されていなかったのもあり、初代サノは美織さん以外の誰にも見つからなかったのだろう。だから「突然道路に飛び出してきた」なんていう証言が出るわけか。

 色々と繋がってきた。

 少なくとも美織さんは嘘を言っていない。彼女の言葉は信じていいはずだ。後は彼女と協力して調査を進めていくか。

「高橋、ありがとう。君のお陰で色々と助かった」

 礼を言うと、高橋がキョトンとしていた。事情を知らないから、仕方がないか。

「何かお礼でもしようか。何がいい? とは言っても、高い物はナシで頼むけど」
「お礼なんていいよ。ただ、何て言うかな……」

 そう言うと、高橋は下目遣いでモゾモゾしはじめた。

「その、なんていうか、高橋って呼ぶの、やめてもらえるかな?」
「悪かった。高橋さん」
「違う、そうじゃないの」
「何だよ?」
「そうじゃなくて、わたしの名前は花音だから、花音って呼んでほしいなって」
「……別にいいけど、他の男子から色々言われるかもしれないぞ。あんなことがあった後だし」

 教室を出る際に「お幸せに」と野次られた記憶が蘇る。噂好きの連中からすれば、俺たちは付き合っていることにされているかもしれない。

「それでも、いいよ。剣心君なら」
「……そうか」

 ナチュラルだったから時間差で気付いたが、久しぶりに下の名前で呼ばれた。幼馴染だったのに、知らぬ間に距離が出来ていたんだな。

 テーブルの下で、花音が手を握ってくる。さすがに鈍感な俺でも花音の気持ちが分かった気がした。

 26年前か。美織さんも、生きていればこんな出来事にたくさん出会っていたのかな。